第8話 レスティ領第二皇女暗殺未遂事件

「ノーム!」


 アイリスは怯えた表情でこちらを見ていた。


 こんな時にでも他人の心配ができるのか。


「リビア、頼んだ!」

「承知しました!」

「ま、待って、ノーム!」


 リビアはこちらを見て、察したかのように何も言わず従った。


 アイリスはリビアの腕の中で抵抗している。


 まだ俺が残っていると、声を張り上げて。


 だが今はこれが最善なのだ。


 俺の力を持って、被害を抑え込む。


 アイリスとリビアが部屋から出て行くことを確認しつつ、窓から外を見た。


 本来であれば手入れされた綺麗な庭と荘厳な正門があった場所、そこから黒煙が立ち込めているのが確認できる。


 そこら中に飛び散っている木片は、アイリスが乗ってきた馬車だろうか。

 

「恐らくは火属性の……」


 火属性の攻撃魔法、爆発。


 その名の通り対象を爆破する攻撃魔法だ。


 当然殺傷能力の高い魔法であるため、街中での使用を禁止されている。


 それこそ戦場でしか使われない魔法だ。


 そこから読み取れることは、脅しではない明らかな殺意。


 やはり襲撃で間違いなさそうだ。


 それに爆発が使われたとなると魔法使いもいるのだろう。


 当然ながらそれなりの用意はされていると考えるべきだろう。


「衛兵は……やられてるか」


 辺りを見渡してみると、警備をしていたであろう人達が倒れているのを確認できた。

 流石にこの位置からでは生死を確認できない。


「っ!」


 嫌な予感がし、ほぼ直感的に頭を下げる。


 途端に頭上を火の塊が通過し、後ろの壁を燃やす。


「火球……」


 火属性魔法の火球。


 一般的な攻撃魔法の一つだ。


 しかしそれはあくまで戦場の話。


 もちろん街中での使用は禁止されている。


 そんなものを屋敷に躊躇なく放ってくるとは、狙いはアイリスだけではないらしい。


 レスティ家もろともということか。


「水球」


 延焼し始めている壁に向けて小さな水をかけると同時に、ゆっくりと客間から出た。


 客間の出た先は大広間が広がっており、すぐ傍に正面玄関がある。


 敵が入ってくるとするならば、間違いなくここからだろう。


 であればここを塞ぐことで時間稼ぎができるはずだ。


「よし、砂塵操作!」


 俺は近くに飾られていた花瓶を割り、その中にあった土を操作する。


 フワフワと浮かぶ土。


 だが案の定その動きは拙く精巧の欠片もない。


 やはり慣れ親しんだ水属性魔法のようにはいかないみたいだ。


 しかし今の作業に精巧さは必要ない。


 俺は浮かべた土の塊を扉の隙間へと潜り込ませていく。


 嫌がらせ程度にしかならないかもしれないが、これで扉は開きにくくなったはず。


 念のために余った土をポケットに仕舞い込み、次なる準備を済ませるべく、俺は食堂へ急いだ。


「ノーム様! ここは危険です直ぐにお逃げを!」


 食堂にはメイドが1人、焦った様子で俺に対して声を投げかけてきた。


 しかし俺はその忠告を無視し叫ぶ。


「今すぐ水を用意してくれ! できるだけ多く」

「み、水ですか?」

「早く!」

「は、はい!」


 若干の怯えも孕みながらメイドは指示に従ってくれた。


「お水です!」


 走ってメイドが用意してくれたのは、ノームの頭ほどのサイズの容器に入った水だった。

 十分である。


「助かる」

「では、直ぐに避難を!」

「ああ」


 メイドの後ろをついていく。


 裏口から逃げようとしているようだった。


 だがそんな簡単に逃げられるとは思えない。


 第二皇女と四大貴族を襲ってくるような奴らだ。


 その辺りの計画も練っているはずである。


「どうされたのですかっ?」 


 案の定、裏口には使用人が皆焦った様子で立ち往生していた。


 すると顔を怪我したのか、布で顔を覆った一人の使用人が口にする。


「囲まれているみたいです」


 やはりそう甘くはなかった。


「ノーム様、こちらへ」


 裏口からの脱出は不可能と考えたメイドが、俺を連れて再び歩き出す。

 

「どこへ?」


 俺の質問にメイドは耳打ちする。


「地下室でございます、ロード様やアイリス殿下もそこにいらっしゃるかと」


 なるほど、確かに先ほどの場所にいたのは数人の使用人だけだった。


 アイリスや父、リビアの姿がなかったのはそういうわけか。


 流石は貴族。


 有事の際の備えもしっかりしていると。


 であればこの包囲網も意味はなさない。


 痺れを切らして、突入してくるはずだ。


 打開の隙はそこだな。


 ……いや、ちょっと待て。


「ノーム様?」


 俺は歩みを止めた。


 何故あの使用人は、この屋敷が囲まれていることを知っていた?


 あの様子からして誰かが出て行った気配はなかったし、敵方も分かりやすく姿を晒していたとは思えない。


 つまり一介の使用人からその発言がでるのはあり得ないのだ。


「くそっ!」

「ノーム様、どこへ!?」

「用事が出来た、貴方は先に地下室へ!」

「ノーム様!」

「絶対に着いてくるな!」


 俺はメイドの静止を振り切り直ぐに裏口へと戻った。


 嫌な予感しかしない。


「おや、どうしてお戻りになられたのですか?」

「……何をしている」


 裏口に立っていたのはたった一人。


 あの使用人だ。


 残りの者は皆、床に倒れておりピクリとも動かない。


「質問を質問で返すとは、やはり噂に違わない礼儀知らずのクソガキみたいですね」


 使用人が顔を上げる。

 予想通りだった。

 そこにいたのはアイリスの使用人。

 先ほどは顔を覆っていたのに加えて、服装も違っていたから気付けなかった。


「答えろ!」

「はぁ、安心してください。ただの睡眠毒ですよ」


 大きくため息をついて呆れたように言うテル。

 どういうわけか使用人を殺すつもりはないらしい。


「まあ後遺症は残るかもしれませんが」

「――砂塵操作!」


 ポケットに入れていた土をテルへと投げ、魔法を唱える。


「全く……目くらましにもなりません」


 テルは一歩も動かず土を正面で受ける。


 しかし俺の投げ飛ばした土はテルへと届かない。


 こいつ、風を身体に纏ってやがる。


「風属性魔法か」

「おや、頭の方は回るみたいですね」


 つまり正面を攻撃した火属性魔法使いとは別人。


 やはり複数人での犯行だったか。


「安心してください、私の目的はアイリス殿下とレスティ公の命だけ、彼らの居場所を教えてくれるのなら何もしません」


 なるほど、無関係の人は殺さないと。


 それなりの理念は持っているらしい。


 十中八九、反皇族派で間違いないだろう。


 彼らの理念について俺は詳しく知らない。


 だがそれで誰かの命を奪おうと言うのなら見過ごすわけにはいかない。


 俺、ノームの母が命を落としてしまったのだって、彼らのクーデターによるものだった。


 もう二度と悲劇は繰り返させない


「お前たちの要求を呑むわけがないだろ」

「残念です、貴方なら我が身可愛さに協力してくれると思ったのですが」

「ふざけるな!」


 あり得ない。


 そう思いつつも、以前の俺だったらどう返しただろう。


 そう、ロイの最期に現れたあのノームであったなら。


「やはり馬鹿ですねえ、嘘でも言えば良いものを」


 呆れた眼差しをこちらに向けてくる。


「では、貴方もこの方たちと同じように眠ってください」


 奴は余裕の笑みを浮かべながら、こちらへと近づく。


 その際にこちらに見せつけるように、懐から短剣を取り出した。


 敢えて相手を煽るような行動、趣味が悪いとしかいえない。


 だが、それは油断の表れでもあった。


「水弾」


 テルの胸めがけて指を指す。


 と同時に魔法を放った。


「っぐ、お前……何をした!」


 テルは胸を押さえてその場にうずくまる。


 俺が使った魔法、水弾。


 水球とは似て非なる魔法で、その最大の違いは速度と威力。


 現に風の鎧を纏っていたはずのテルにダメージが通っている。


 まあそれは油断、隙があったことも起因しているが。


「知らなくていい」

「この、クソガキが!」


 激昂してこちらに飛びかかろうとするテル。


 正直、この身体で近接戦闘は避けたい。


 何せ子どもの身体である上に、運動不足が祟っているのだ。


 動けないと言っても過言ではない。


 だが、今は問題ない。


 俺は落ち着いて魔法を唱えた。


「水流操作」

「がはっ!」


 苦しげに呻く声。


 しかしなおも鋭い眼光でこちらを睨みつけてきていた。


 だが血液を滞らさせたのだ、もはや気力ではどうにもならない。


「寝てろ」


 そしてテルはその場に倒れこんだ。


 血流が止まったことによる酸欠状態。


 要するにただの気絶だ。


 このまま殺すことも可能だが、情報を引き出すためにも殺すわけにもいかない。


 それに俺の体面もある。


 この歳から殺人なんて荷が重すぎる。


「何とかなったか……」


 何とか一人は仕留めることができ、俺は大きく息を吐く。


 残り何人かは知らないが、屋敷を取り囲んでいるというのは俺たちを屋敷に閉じ込めるためのデマだと考えたい所だ。


 それでも数人はいることだろう。


 となればひとまず地下室に向かおう。


 何といっても疲れたの一言に尽きる。


 魔力枯渇の気配はまだないが、体力の方が限界だ。

 

「――死ね」

「なっ――」


 一人倒して油断しきっていたのだろう。


 もしかしたら疲労のせいもあったかもしれない。


 俺は背後に近寄ってきていた敵に気が付かなかった。

 

 魔法を使う余裕もない。


 ――クソっ、こんな所でっ!


 油断と隙。


 完全に自分の責任だ。


 しかももうどうにもならない。


「ノーム様!」


 しかし突然誰かに体当たりされ、俺は床に転がった。


 慌てて目を開くと、そこには一人の人影。


 知っている顔だった。


「リビア!」


 リビアはこちらを見て優しく微笑む。


「……ノーム様、ご無事で何よりです」


 そんな彼女の背中には、一つの短剣が突き刺さっていた。

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