勇者パーティだった俺が悪役転生!? ~相討ちした仇に転生しました~

根古

第1章 レスティ公爵家編

プロローグ

 タラリと緊張の汗が頬を伝う。


 爽やかな、そしていつもと変わらない朝。


 それは突然やってきた。


「なんだよ……これ」


 眼下に広がるは、数え切れないほどの魔物、魔物、魔物。


 隙間が見えぬほどの大軍勢だ。

 

 未だ夢の中なのかと、いや、むしろ夢であってくれと思ってしまう。


 だが生憎とそれは現実だ。


 恐怖を通り越し、呆れさえ覚えてくる。


 いくら希望の勇者パーティと呼ばれる俺たちでも、こればかりはどうしようもできない。


 もしもこの事態に備えることができていれば、あるいはどうにかなったかもしれない。

 まあそれでも確実ではない。


 だと言うのにこの場にいるのは俺を含めてたった三人。

 どう考えたって無理だった。 

 

 要するに、詰みだ。


 だとすると俺達の取るべき選択は一つしかない。


「逃げよう」


 俺は重い口を開いた。


「ああ……そうだな」


 勇者アラン、聖女アリア。

 俺の頼もしい仲間、世界の希望である二人は曇った顔で頷いた。


 分かっているのだ。


 この状況はどうあがいても打開できないことを。


 それどころか逃げることさえも困難なことに。


「安心しろ、俺が注意を引き付ける」


 だから俺は最善策を提示した。

 自分が囮となることで、二人の逃げ切れる可能性が上がる策を。


「は……? 何を言っているんだロイ! そんなことしたらお前は間違いなく……っ!」


 アランは叫ぶ。

 俺の肩を強く掴み、必死の形相で訴えかけてくる。


「今すぐに逃げれば、三人でも……!」


 続けざまにアリアが声を上げた。


「二人とも……分かっているだろ」


 俺は首を振って二人を諫めた。

 アランとアリア、どちらも長い付き合いだ。

 kのような策は反対することなんて分かりきっていた。


 だが彼らは馬鹿じゃない。


 頭ではそれが最善であると理解はしているはずなのだ。


「それなら俺が……!」

「ダメだ」


 アランの提案をすぐさま拒絶する。


「お前は勇者だ、こんなところで命を落としていい存在じゃない。もちろんアリア、お前もだ」


 勇者アランと聖女アリア。

 二人はこの世界における替えのきかない伝説の存在。

 まさに世界の希望だ。

 二人のうち一人でも欠けてしまえば、人類の存続に直結するだろう。


「そんなのお前だって……っ!」


 アランの反論。

 俺は首を振る。

 生憎、俺はそんな大層な存在じゃない。

 それなりに才はあった。

 運にも恵まれた。

 だがそれだけだ。

 天命を授けられた二人には遠く及ばない。

 

「クソっ!」


 アランは憤りを吐き出した。


「そんな……っ!」


 アリアは悲しみを漏らした。


 だがこれ以上、二人からの反論はなかった。


「ごめん」


 二人に辛い選択をさせてしまったことに謝罪を告げる。


「アラン……頼んだ」


 そしてアランへ想いを託す。


「……任せろ」


 アランは憤りと悲哀の表情で頷いた。


「じゃあ……行ってくる」


 そして俺は走り出した。

 心に迷いが生じないように、決して後ろを振り向かず。



 そしてしばらく走り続け、見晴らしの良い高台へ辿り着いた。


 相変わらず魔物の軍勢はそこにある。


「よし」


 憂いは断った。

 後はきっちり役目を果たすだけだ。

 

「やるか」


 大きく息を吐き、魔物の軍勢を見据えた。


 今自分にできることは単純明快だ。


 できうる限りここで魔物の注意を引き付けること。


 ただそれだけだ。


 だが最善を取るに越したことはない。


 もっとも効果的で痛快な一手を食らわせてやろう。


 そうして俺は改めて魔物の全景を見渡した。

 

 相変わらず夢でも見ているのかと思ってしまうほどの非現実な光景だ。


 だがこれは紛れもない現実であり、現実であるならば、理由がある。


 魔物という存在は基本的に群れない。

 生物と違い、個として生きる存在だからだ。

 

 親を持たず、子も持たない。


 発生から消滅するまで、個として存在するのだ。


 それが魔物。


 だからこそこの状況はあり得ない。


 個の具現化ともいえる魔物が、群を作っているのだから。


 すなわち、何者かの手が加わっている。


 そう考えるのが自然だろう。


 というのも魔物を使役するのは珍しいことではあるが、不可能なことではない。

 実際に魔物使いという職で、活躍している者もいるくらいだ。


 だがしかしこれほどの数の魔物を使役すると言うならば話は別。


 不可能だ、と言ってもいい。


 この光景を見ていなければだが。


 となれば考えつく存在が一つ。


 ――魔王。


 人類の仇敵。

 魔物の祖ともいわれ、古より世界に災いを振りまいてきた存在。

 そして今現在、世界中に甚大な被害をもたらしている災厄そのものが魔王だった。


 まさか来ているのか、魔王が。


 未だかつて誰もその存在を視認していない。

 ただ存在するという事実がそこにあり、魔物という形で世界を絶望に染め上げてきた。

 魔王という存在。

 伝説によれば、歴代勇者と聖女のみがそれと対峙し、打ち勝ってきたという。


 そんな伝説の存在が今、ここに。


「つくづく大物に縁があるな俺は」


 自分の運命に苦笑しつつ、大きく息を吐き魔力を込めた。

 

「……水よせり上がれ、水柱すいちゅう!」


 地に手をつき丁寧に魔法を詠唱する。

 前方の地面が裂け、間欠泉のように水が噴き出す。

 辺りにはその水が雨のよう降り注いだ。


「もっと高く!」


 更に魔力を込め、上空へ噴き出す水の威力を強めた。

 上へ上へと水の柱が上がっていく。


 まだだ、まだ足りない。


 魔物の一部が異変に気付いたように辺りを見渡し始めた。


 奴らは知能こそ低いが、魔力感知には長けている。

 俺の存在に気付くのも時間の問題だろう。


 時間との勝負だ。

 水の柱が上がりきるのが先か、魔物が俺を見つけるのが先か。


「はあああああああ!」


 気合の雄たけびを上げる。

 魔法と感情は比例関係にあるというのが最近の論調だ。

 もっともその雄たけびに合理的思考は含まれていない。

 だがそれが幸いしたのか、目的の高さまで水柱が上がりきった。


 なんとか間に合ったようだ。


「よしっ、氷結!」


 すかさず噴き出している水に向かって、氷結の魔法を唱えた。

 今まで雨のように降り注いでいた水が突如として凍り、辺りに降り注ぎ始める。

 もちろんただの氷ではない。

 先端を尖らせた、殺傷性のある氷弾だ。


 辺りに鋭利な刃物となった氷の塊が、降り注ぐ。

 木々に、大地に、そして魔物に。


 容赦なく氷の刃はそれらを突き刺していった。 


 痛みに叫ぶ魔物の悲鳴。

 当たり所が悪い魔物はそのまま絶命しているものもいた。

 だが残念なことに、魔物という異形は痛覚などでは止まらない。

 体を傷だらけにしながらも、歩みを止めることはなかった。


「気味が悪い」


 悪態を吐きつつ、次なる魔法の準備を始める。

 

 手を上へ。

 水柱をそのまま持ち上げるように。


 水流操作、と言われる基礎の魔法だ。

 俺の得意とする魔法は水と氷。

 氷属性は水属性の派生だから、実質水属性魔法しか使えない魔法師だ。


 世の中には複数の属性を使える魔法師がいる。

 だが俺には水属性魔法の才能しかなかった。


 だからこそ極めた。

 ただひたすらに水属性魔法のみを。

 氷属性魔法を使えるようになったのだって、その努力の成果だ。

 勇者パーティに選ばれた理由も幼馴染としてのコネだけじゃない。


 俺の魔法によって膨大な水の塊が天に浮く。


 大型の水生動物が一頭入るくらいの大きさだ。


「はああ!」


 そしてそのまま両手を押し込めるように魔力を力を込めた。


 それと同時に天に浮く水が次第に萎んでいく。

 

 否、中心へと圧縮されていった。


「ここで……氷結」


 半分以下ほどにまで縮んだ水の塊。

 その表面が俺の魔法によって凍り始める。


「はぁはぁはぁ」


 ここまでかなりの魔力を使ってしまった。


 だが準備はできた。


「くらえ!」


 一気に腕を前に押し出す。


 天に浮く氷で囲まれた球が魔物の方へ落ちていく。


 そして魔物を巻き込みながら地面に衝突すると同時に。


 俺は姿勢を低くした。


 直後、破裂音が響き渡る。


 そして同時に衝突音と魔物の叫び声が響き渡った。


 ゆっくりと俺は身体を起こす。


「……成功か」


 見れば、あの球が落ちた所を中心にして、木々が、地面が、魔物が無残な姿となっていた。


 水流操作によって圧縮した水を一気に解き放つという単純な魔法。

 氷で周りを覆ったのは殺傷力を上げるためだが、かなり効果はあったようだ。


 正直目を覆いたくなるほど悲惨な光景である。


「まあそれでも……」


 俺は未だに群がる魔物に辟易とした。

 あそこまで大規模な魔法を二回も使ったのに、まだまだ魔物はいるのだ。

 やはり二人を逃がしたのは正解だった。

 こればかりは質でどうにかなるものではない。


 正直魔力は残り少ない。

 

 大がかりな魔法は次で最後だろう。


「いくぞ……!」 


 魔物たちに手を向け、魔力を込める。

 唱えるは先ほどと同じ水流操作。


 だが効果は全く違う。


 唐突にガクッと多くの魔物たちの歩みが止まった。

 もちろん痛みによるものじゃない。

 俺の魔法によるものだ。

 水流操作。

 単に水を操る魔法。


 そしてその水というのは生物の体内を流れている血液も含まれる。


「弾けろ」


 直後、全身から赤い霧のようなものを吹きだしながら魔物たちが倒れこんだ。


 一体、また一体と不気味に弾けていく。


 何の予兆もなく突然と対象を死に至らしめるこの魔法。

 初めてこの魔法を披露した時、アランからは毒のようだと称され、アリア含めその他関係者たちからはドン引きされた俺オリジナルの魔法だ。

 原理は簡単で、先ほど使った大規模魔法によって自分の支配下にある水を相手の体内に打ち込み、対象の血液を操る。

 そしてそのままその血液を操作し爆発させた、ただそれだけのことである。


 二回もの大規模魔法はこのためでもあった。


 掠るだけでもアウトなのだから効果は絶大だろう。


「まあ、これでも足りないよな」


 血の霧で赤く靄がかかっている中、動く影はあった。

 一連の攻撃でかなりの魔物は殲滅できた。

 英雄級の働きと言っても過言ではないだろう。

 

 だがまだまだ魔物の数は衰えていないようだった。


「ここからだな」


 大きく息を吐く。

 しばらく休憩したいところだが、時間も魔物も待ってくれない。


 直ぐにでも進行を続けて、俺のところまで来てしまうだろう。

 きっと俺の存在にも気付いているはずなのだから。 


 腰に携えていた剣を抜く。


 ただ生憎と俺にはもう魔力はほとんど残っていなかった。


 あそこまでの大規模魔法を使ったのだから当然ともいえる。


 賢者と呼ばれた男ならばもう少しやれたのかもしれないが、俺にはできない。


 魔法師としてはここまでだ。


 だがこう見えても勇者アランと修行してきた身。

 少しくらいは足掻いて見せる。


「おらああああ!」


 そして俺は魔物の軍勢へと向かっていった。

 

 刺し、斬り、蹴り。

 魔法を駆使して近接戦闘の技術を補い、向かってくる魔物たちを次々と倒していった。


 一体、また一体と。


 無差別に襲い掛かってくる魔物たちを仕留める。


 幸い、俺一人で何とかなるレベルの魔物しかこの場にはいないようだった。

 

「はぁはぁはぁ」


 だが体力には限界がある。

 戦は数がものをいうとはよく言ったものだ。

 

 だが俺は勝つためにここにいるんじゃない。


「氷柱庭園!」


 地に手をつき、精いっぱい魔力を流し込む。

 最後の足搔きとして見せつけてやろう。

 直後、地面からいくつもの氷の棘が突き出し、魔物たちを串刺しにしていく。


「はああああああああああ!」


 魔力を最後の一滴まで、余さず流し込む。

 いくつもの棘が地面を覆いつくし、一体、また一体と魔物たちを突き刺していった。

 広がる悲鳴とむせ返るような血の匂い。

 顔を上げれば、見渡す限りの氷の棘とそれに突き刺さって動けなくなった魔物たちの群れが広がっていた。


「はぁはぁはぁ、流石に、もう限界か……」


 息切れ、動機、めまい。

 どれも魔力枯渇の症状だ。

 久々に体感したが、やはり辛い。

 

 もう十分時間は稼いだ。

 俺にしては上々な戦果ではないだろうか。


 魔力枯渇の影響か、自嘲的になる自分に嫌気がさす。


「……だれ、だ?」


 ふと、そんな俺の視界に人影が映り込んだ。


「お勤めご苦労様、魔法師ロイ」

「そ、その声は……!」


 聞き覚えのある声。

 見覚えのある風貌。

 忘れるわけもない。

 今まで幾度となく俺たち勇者パーティの邪魔をしてきた男。


「ノーム・レスティ……っ!」


 その人物はディーネル帝国公爵家嫡男、ノーム・レスティ。

 逆恨みか、腹いせか、趣味嗜好か、理由は分からないが何度も何度も俺たち勇者パーティの邪魔をしてきた嫌味な男だ。


 しかしなぜ彼がこんな場所にいるのか。


 瞬時に悪い予感が駆け巡る。

 大群を用意していた理由に加え、もう一つ感じていた違和感。

 それは俺たち勇者パーティがピンポイントで襲撃を受けた理由だ。

 しかしこの男を前にして全てが繋がった。


 俺たちの居場所が魔王軍に筒抜けだったら。

 そしてその情報を漏らした、売ったのがこの男ノーム・レスティだったとしたら。


 この事態の全てに納得いく。


「正気かノーム! 私怨で世界を滅ぼす気か!」


 ノームに怒鳴り声をあげる。

 しかしノームは一切表情を変えず、こちらに手を向けてきた。

 間違いなく魔法を放とうとしている。


「くっ! 氷塊!」


 魔力を絞り出してノームへ魔法を放つ。

 その瞬間、激しいめまいが起き、地に顔をぶつける。


「げほっ、はぁはぁ」


 もはやその魔法がノームに当たったのか、当たらなかったのかさえ確認することもできない。


「さらばだロイ」


 そんなノームの声を最後に聞き届け、魔法師ロイ・フィンガルはその生涯を終えた。

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