終・終・終編

心に、ぽっかりと穴が空いたようだった。


壁に背を付けて、ベッドに腰を下ろす。意味も無く虚空を見つめる。視界がボヤけているが、拭う事すらしたく無かった。


思えば、僕と有李との間の歯車が狂ったのは、いや、のは、やはり1年前のあの日なのだろう。


彼に告白されたあの日。忘れもしない、学校の帰り道。いつもと変わらず僕が彼を揶揄って、彼が不平不満を僕に言う。その流れの中で、彼の地に足付かない様子は簡単に感じ取れた。


彼が何をするのか、何を為そうとしているのか。


全て分かっていた。僕も同じ気持ちだったから。


心臓が爆発するんじゃないかと思うほどに強く、そして早く鼓動していた。


その多くは彼への深い愛情から来るものだった。しかし、何処かでも混じっていることも分かっていた。


この、僕が。


クール一辺倒で生きてきた、この僕が。


有李の彼女に、なる……?


この後すぐにされるであろう告白を想像すると、顔から火が出そうなほどに恥ずかしくなった。


僕には時間が必要だった。


これもまた恥ずかしさからか、今まで子供扱いし、揶揄ってきた彼のになる覚悟が。


これがいけなかったんだ。僕は下らないプライドを捨てて、彼の女になる事をすぐさま受け入れなければならなかった。


でなければ、からかい好きな僕の性格が暴走することも無かった。


彼は僕からの返事を待っている間、浮足立った心があからさまに態度に出ていた。


彼自身強がって何もないように振る舞っているけれど、私と目が合うとあからさまに逸らしたり、どうにか告白の返事を聞こうと話をそれ方面に傾けようとしたり。


彼は思わずと言ったように僕への愛情を言外に伝えてきた。


そんな彼が愛しくて。


そして。



だから。



この快楽をリンゴの搾りかすのようになるまで堪能し尽くしてから事を動かせば良い。本気で、そう思っていた。


そして。


彼に拒絶された。そのショックが大きすぎて、1位以外取った事がなかったテストはボロボロに終わった。


冷静になった今、僕は自らの快楽の為に彼の気持ちを蔑ろにしていた事に気がついた。


僕は、彼に関しては冷静でクールな女であり続ける事が出来なかった。


「……僕、最低だ」


同情の余地無し。その烙印を押されるに違いない。きっと、そうでなければならない。


拭う事をしない涙が、服まで染みてきた。


顔はもう、ぐちゃぐちゃだった。




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体中の水分が無くなると思うぐらいに泣いた後、動くことを拒否する体に鞭を打って湯船に浸かることにした。


涙と鼻水で汚れた服を脱ぎ、顔を洗った事で、思考も少しクリアになってきた。


彼に大嫌いと言われた。


それを思い出すたびに、胸が苦しくなって呼吸を忘れてしまう。


僕の涙腺は懲りずに大量の涙を流そうとするが、ぐっと堪える。


これからどうすれば良いのだろうか。


彼に諦めずにアタックする?


ダメだ。きっと逆効果になる。


彼を諦めて、誰か別の男を好きになる?


寒気がした。これ以降このような考えが頭によぎる事はないだろう。


一生独り身で生きて行く?


きっと、これが1番可能性が高い未来になるだろう。彼は別の女と結婚して、僕は彼を想い続けながら死んでいく。


いやだ。


いやだいやだいやだ。


本当にいやだ。やばい、吐きそうだ。彼の隣に僕じゃない別の女がいるなんて、耐えられない。



でも。



「どうすれば、いいの……?」


泣かない。泣かない。諦めない。


だけど、八方塞がりだ。


頭を抱えて俯いて───








「………」


見えたのは、僕の肢体。クールな自分に似合わなくて嫌いだった自分の大きな胸とお尻。これが事も分かってた。


「………これしか、ない」


彼と一緒になるのなら、僕は自分の身体だって彼に捧げる事ができる。


方針は決まった。


自分の火照った顔を手を仰いで冷まそうと試みる。しかし、顔は熱くなるばかりだった。


私は、彼の女どころではなく、にされるんだ。


ドキドキして、死んじゃいそうだ。


冷静にならないと。


深呼吸を何度もするが、効果はない。冷水のシャワーを浴びて、やっと落ち着く事が出来た。


呼吸を整えて、改めて冷静になった後、もう一度考える。


きっと、今何か彼にアクションを起こしても、きっと逆効果だろう。


だから、彼が私に向ける悪感情を、が解きほぐしてくれるのを待つしかない。


悪意を人に向け続けるのは酷くエネルギーを消耗する。だから、エネルギー切れを待つ。


きっと、それは1か月、2か月とかいう次元じゃなく、年単位になる。


あぁ、ダメだ。心が折れそうだ。


でも、これは私が自ら選んでしまった道。だから、乗り越えるしかない。


きっと、その間は僕の腕に刻まれたが僕達を繋げてくれる。


「……本当に、自己中だな。僕は」


思わず自嘲する。分かっている。分かっているんだ。自分の往生際の悪さも。滑稽さも。


でも、その上で諦めきれないんだ。


「……大好き」


虚空に向かって、言ってみた。









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