宇宙船をもらった男、もらったのは☆だった!?3、航宙軍訓練生

山口遊子

第1話 脱出訓練

[まえがき]

アギラカナ艦長山田圭一とマリアの娘、山田明日香のVRによるシミュエーション訓練です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 私の名前は、山田明日香。アギラカナ航宙軍訓練生だ。アギラカナでは日本の名前は多くなったが、珍しく日本名を持っている。アギラカナ流での表記はアスカ・ヤマダ『テ』(注1)となるのかもしれないが、ヤマダテと父と母の前で言ったら、お母さんは工場ではないと、父に怒られてしまった。明日香の名前の由来は地球にほんに住む私の叔母、父の母親の違う妹が女の子の名前なら『明日香』しかないと言い張ったのでこの名になったのだそうだ。


 それはそれとして、今日の私の訓練内容は、VRシミュレーターを使った戦闘艦からの緊急脱出訓練だ。こういったシミュレーターを使った訓練の場合、訓練中の思考なども記録され評価される。



 訓練前の教官からの説明では、今回の訓練結果が私を含めた候補生たちの全訓練修了後の配属先の決定に大きく影響するという。どのような評価をされようが、訓練結果は結果だし、なるようにしかならない。


 先のことは考えず、さっそくシミュレーターの中に入り、訓練を始めるとしよう。



 シミュレーターは内部にリクライニングシートとヘルメットが置いてあるただの箱だ。中に入り扉をしめてシートに横たわるような感じで座わる。ヘルメットはシミュレーション用の物のため、当然バイザーなどついていない。ヘルメットを装着すると目の前は何も見えなくなるのだが、間を置かず私の脳とシミュレーターが接続されたようで頭の奥の方から『状況開始』をいう音声が聞こえてたあと、状況説明が頭の中に流れてきた。

 

 雷撃戦隊旗艦S2級巡洋艦LC-0XXXは、麾下のP2級駆逐艦6隻を率いとある星系に進出するも、待ち伏せしていた敵宇宙艦隊の集中攻撃により撃破されてしまう。LC-0XXXは中央指令室を破壊され戦隊司令を兼ねる艦長以下の艦の首脳部も壊滅。副長の詰める第2指令室も同時に破壊されてしまっている。このため管理AIが艦の指揮を一時的にとっている。私はLC-0XXXのU-12区画担当として乗り組んでいる。星系内の惑星は、敵が基地を置く可住惑星がただ一つ存在するという設定だ。


 その状況説明のあと、すぐに意識が薄れていった。



「本艦の管理AIより退艦命令が発出されました。この命令は全ての命令に優先されます。本艦の生命維持機構は全て停止しています。乗組員は各区画に割り当てられた脱出ポッド射出デッキに急いでください。本艦の管理AIより退艦命令が発出されました。この命令は全ての命令に優先されます。本艦の生命維持機構は全て停止しています。乗組員は各区画に割り当てられた至急脱出ポッド射出デッキに急いでください。……」


 へルメットのスピーカーが先ほどから同じ文言を繰り返している。管理AIからの命令ということは、この艦の艦長以下首脳部は退艦命令を出さずに任務遂行不能ぜんめつ状態になっていると考えるべきだろう。どういう状態であれ、自分のできること、目先のことに集中しなくてはならない。


「本艦の自爆機構が起動しました。5分後に本艦は自爆します。乗組員は各区画に割り当てられた脱出ポッド射出デッキにお急ぎください。本艦の自爆機構が起動しました。5分後に本艦は自爆します。乗組員は各区画に割り当てられた脱出ポッド射出デッキにお急ぎください。……」


 へルメットのスピーカーの文言が変わったと思えば今度はこれか。


 すでに艦内の照明は落ちている。もちろん通路内の照明も落ちているので、明かりはヘルメットの白色ビームライトと両肩の小型赤色ビーコンだけだ。戦闘服のチェッカーを見ると周囲の気圧はゼロで急速に艦内温度は低下している。艦内温度が低下しているということは、戦闘開始前艦内に空気があり、それが漏れてしまったということだろう。


 数年前に改訂された戦闘マニュアルでは、戦闘発生前に艦内空気を空気タンクに戻して艦内を真空状態にしておかなければならないはずだが、そういった戦闘前の準備も不十分だったようだ。管理AIがそういった処置を怠るわけはないので、訓練用にワザと艦内空気を抜かなかった設定・・なのだろう。


 考察はこれくらいにして、急いで射出デッキに向かわなければ、余裕時間がどんどん失われてしまう。


 20メートルごとにある隔壁はロックされないまま半開きになっていたので、簡単に通り抜けできた。


 通路を急いでいると、脱出ポッドの射出によるものか艦内での何かの爆発によるものかは分からないが、足元から大きな振動が幾度も伝わってくる。


 順調に進むことができればここから2分で脱出ポッドの射出デッキに到達できるはずだ。射出シーケンスに20秒、爆発の影響範囲からの脱出に10秒。十分余裕はある。焦る必要はない。落ち着け。


 重力制御装置が停止している今、問題は戦闘服の靴底のマグネットがどうも不調で、足が通路の床を滑ってしまう。天井と壁に取り付けられた手すりを使って移動した方が良さそうだ。


 無重力状態での体の動かし方は実技訓練でみっちりやったが、こういう状況で訓練の成果がそのまま生かせるかは難しいところだ。今のところうまくいっているようで、平衡感覚が狂うこともなく、思った位置に移動することができている。





 隔壁を何個かすり抜けた。目の前の隔壁の先が脱出ポッドの射出デッキだ。運悪くここだけ隔壁が閉まっていた。隔壁手前の壁に取り付けられた操作ボードに解除キーを打ち込み、隔壁を手動開閉モードに変更する。これで10秒使った。


 隔壁のハンドルを押し下げて向こうに押せば隔壁は開く。ハンドルに両手をかけて一気に押し下げたはずが、逆に自分の体が浮き上がってしまった。


「……。本艦の自爆機構が起動しました。3分後に本艦は自爆します。……、本艦自爆まであと170秒、……」


 秒読みが始まってしまった。焦っても仕方ないがやはり焦ってしまう。今度は天井に足をつけて、ハンドルを力一杯押し上げた。


 鈍い音がしてハンドルは動いてくれた。これでロックは解除されたので隔壁を押し開こうとしたのだが隔壁はびくともしない。


「本艦自爆まであと160秒、……」


 ヘルメットの中で冷汗が流れてきた。どうして隔壁が動かない?


 もしかして、射出デッキ内に空気があるのか? もしそうなら、隔壁1平方センチ当たり1キロの力がかかっている。1平方メートルだと、10トンだ。人力で隔壁を開くことは到底できない。


 もう一度、操作ボードに向かい、解除キーを再入力し、何か有効なモードはないかボードに表示される文字を確認する。


「本艦自爆まであと150秒、……」


 焦るな焦るな、まだ時間は十分ある。


 操作ボードに表示された文字を見ていくと、一番下に、『隔壁爆破』とあった。


 これだ!


 ただ、一気に隔壁がなくなり脱出デッキ内の空気がこちらに噴出した場合、相当危険だ。戦闘中の艦内には固定されていない可動物は基本的には無いはずだが、今となっては信用できない。隔壁爆破は時限式のハズだから何かが直接飛んでこない位置まで下がっていよう。


 隔壁爆破の文字にタッチたところ、案の定、起爆時間設定画面が現れた、パネルを操作して起爆時間を10秒後にセットし、その時間でできる限り後方の壁際に退避した。


 一瞬閃光が走り隔壁がこちら側に開いた。蝶番は爆破されなかったようで、隔壁がこちらに吹き飛んではこなかった。あれが吹き飛んで来たらこの狭い通路での回避は難しく衝突されれば行動不能になった可能性も高い。一気に噴出した空気の中にも運よく危険物は紛れ込んでいなかったようで何とか無傷で隔壁を潜り抜けることができた。


「本艦自爆まであと120秒、……」


 ここまで来れば安心だ。後は脱出ポッドに乗り込んで脱出するだけだ。


 状況設定では、この区画の乗組員の数は16名だったが、敵弾を至近に受け、多くの者が戦死している。そういう想定になっていることが記憶として植え付けられているようだ。


「本艦自爆まであと100秒、……」


 脱出ポッドは4人乗りだ。このデッキ内には二基の脱出ポッドが置かれている。脱出ポッドが必要となる状態で乗組員の50パーセントが行動不能となっている計算のようだ。


 手前のポッドのハッチを開こうと、ハンドルに手をかけたがびくともしない。ハッチ脇のモニターが赤く点滅していた。何かの異常だ。


 すぐに隣の脱出ポッドのハッチまで移動した。隣りの脱出ポッドのハッチは簡単に開けることができた。


 脱出ポッドはハッチの開閉で事故が起こらないよう周囲の気圧に応じて内部の気圧調整を行うので、今現在は真空になっているはずだ。すぐにポッドに乗り込み、ハッチを締めて、真ん中の座席に座りシートベルトをしっかり締める。目の前の横向きになった赤いレバーをいったん縦になるよう90度回してぐっと押し込み、射出シーケンスを開始した。


 状況説明では、麾下の駆逐艦の状況は分からないが、旗艦が撃破された以上無事ではないだろう。そう考えると、脱出ポッドの射出には成功したものの、いくら脱出ポッドがステルスモードであっても敵艦に捕まる可能性もあれば、撃ち落される可能性もある。多少燃料を兼ねる推進剤を消費するが回避モードは乱数としておいた。その上、重力探知を回避するため重力制御装置も停止している。射出時の衝撃はあるが、マニュアル上では陸戦隊ほど体を鍛えていない航宙軍訓練生の肉体でも耐えられる。ということになっている。


 脱出ポッドに収まったおかげか、自爆のカウントダウンがヘルメットから聞こえてこなくなったことはありがたい。


 その代りに、脱出ポッドの射出までの時間を読み上げる機械音が聞こえてきた。


「脱出ポッド、射出まで18秒、17、16、……」


 両足を踏ん張って射出に備える。



「射出まで、10、9、……、2、1」


 ガクンとシートに押し付けられた。


 状況終了にならず、まだ私が生きているところをみると、無事私の乗る脱出ポッドは射出に成功したようだ。


 射出後、室内気圧と温度を通常に戻すため操作盤を操作した。最初は音がしなかったが、ポッド内の内部気圧が0.3気圧を過ぎるあたりからシューという音が聞こえ始めそのうちに内部気圧が1気圧、内部温度も通常温度なった。




 無事に敵宇宙艦の目を潜り抜けたとしても、脱出ポッドの行き先は、最終的にはこの星系唯一の惑星とするほかない。その惑星は可住惑星だが敵の基地がある。


 戦死扱いの状況終了は分かるが、それ以外での状況終了はどの時点なのか今のところ不明だ。今回の訓練ではその辺りが示されていなかったので、かなりの期間状況が終了しない可能性が高い。先行きの展望はかなり暗い。いや、真っ暗と言っていい。




[説明]

注1:『テ』

アギラカナにおけるバイオノイドの個人名は、固有名である第1名の後に、製造工場名を付けた第2名からなる。バイオノイド製造工場名は全て語尾が『テ』となっている。アギラカナでは近年バイオノイド同士の婚姻による出生数も増加してきており、第2名の意味合いが変化しつつある。なお、バイオノイド同士が婚姻した場合、婚姻した二人の名前は変わらないが、出生した子どもについての第2名は両親が話し合って決めている。今のところ日本名が流行はやりだが、ヤマダだけは使われていない。



[あとがき]

某サイトでの『宇宙船をもらった男、もらったのは星だった!?』のPVが400万PVを達成したことを感謝して『もらったのは☆だった3』を書きました。全8話の予定です。

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