突撃将 劉復亨

 怒号と矢の応酬が麁原の北で繰り広げられる。


 山頂に集まっていた武官たちも持ち場について防戦をしている。


 三翼軍は川を挟んだ別の山に立て籠もり、共闘は無理そうだ。


 そして相手はこの麁原を包囲しようと画策している。


 王某おう ぼうはそれを見抜いた。


「このままでは包囲されますが、どうするのですか?」


「んっふっふ、あと少ししたら潮が満ちて干潟の通行ができなくなります。そうしたらこの山の東側に突撃をかけて騎兵を殲滅しましょう」


「――!? 一体何時から考えていたのですか!!」


「んん~、それを考えるのも武官の仕事ですよ――」


 そう言いながらもクドゥンは答える。


 土地が山と川と谷で分断されているのなら、小領主か小王による統治が一般的だろう、と。


 そのような小勢力が一カ所に集まるには兵站が問題となる、と。


 海は我々が制し、街道を破壊すればこちらが有利になる、と。


 最初の数騎の装備から弓矢戦が主体だとおおよそ見当がつく、と。


 さらに、独断で軍事行動をするということはその性質は極めて王に近い、と。


「ですので上屋抽梯じょうおくちゅうてい、この砂浜に誘い込んで<島国>の諸王を一通り殲滅しようと思っただけですよ」


「……っはは」と乾いた笑いがでる。


 王某おう ぼうは最初からこの上陸作戦に疑問を持っていた。


 それは目的が伏せられていたからだ。


 クドゥン曰く未知の敵が相手だから具体的な目的は曖昧にしてあると言う。


 言葉を選んで言うのなら、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処できるようにした、といった所だろう。


 だが目の前の大男はこの麁原山の山頂に腰かけた時に、この曖昧な作戦を包囲殲滅と解いたのだ。


 これが天下の大将軍か。


 王某おう ぼうはいまだはるか遠くの存在だと認識した。


「……しかし、その認識も間違っていました。彼らは王ですらない、もっと連帯感のある異常な集団ですね」


 数千から数万人分の重装甲にどれほどの鉄と製鉄所が必要になるか。


 その万を越す兵士全員を弓兵にするために百万の矢というのがどれほどの量になるのか。


 その軍勢を戦場に運ぶために何十万の馬が必要になるか。


 重装弓騎兵の集中運用、それは国家の財政が傾くほどの出費になる。



 狂気だ、狂気に身をゆだねなければ破綻が目に見えている重装弓騎兵という到達点に達せるはずがない。


 一体どれほどの時と費用をそれだけに費やしているのか。


 大将軍クドゥンは内心冷や汗をかいていた。


「あなた、あれに勝てると思いますか?」


「……むり、でしょう。アレは我らが主力である騎兵を狩ることに特化した兵科といえます。平原ならいざ知れずこのような特殊な地形がどこまでも続く土地ではアレには勝てません」


「ほほほ、本当に正直ですね。まったく何なんですか彼らは? まるで私たちを倒すために生まれたかのようじゃないですか! 本当に本当に素晴らしい!」



 それから、潮が満ちる少し前になって事態が動き出す。


「騎兵が南へ移動しています! それから徐々に歩兵も下がっています!」


「どうやらこちらの意図が読まれたようですね。残念ですが元々打つ手がないのでこのままにらみ合いで終わりとしましょう」


 だがその時、一人の武将が持ち場を離れて山頂にやってくる。


「これはどういうことだ! 今こそ好機なのになぜ動かぬ!!」


劉復亨りゅう ふくこう将軍!」


 やってきたのは腰まで髭を伸ばしている重装騎兵の武官だ。


 名は劉復亨りゅう ふくこうといい、北宋の漢人だが代々皇帝に仕える武人だ。


劉復亨りゅう ふくこうさん。なぜも何も彼らは強い、だからこのまま戦いは終わりにしようというだけですよ」


「貴殿に策があるからとつまらぬ防衛戦をしていたのに、このまま奴らを取り逃がすというのか!」


「んふふ、彼らに勝つ手段がありませんからね、すでに戦いはいかに損害を少なく帰還するかという段階ですよ」


「ふざけるな! 戦果なくおめおめと帰るなど武人の恥でしかない!! 山頂から動かないなどそれでも万の兵を従える大将軍か!!」


劉復亨りゅう ふくこう! 大将軍に対して失礼にもほどがあるぞ!」と王某おう ぼうが制する。


「ふん、ならば我が精鋭百人隊だけであの干潟まで切り込んで見せよう。それで包囲出来たら貴様も兵を出すというのはどうだ」


「んふ、いいでしょう。しかしそれだけ大口を叩いて何も成果を上げられなかったら――わかってますよね」


「我は皇帝陛下から征東左副都元帥に任命された劉復亨りゅう ふくこうであるぞ! あのような東夷の蛮族に後れを取るはずがないわ!!」


 そう言って陣を出て精鋭百人と突撃を開始する。


「ん~これだから漢人は血の気が多くて、<帝国>らしさがないんですよね~」


「まったくです。一言目には辺境の蛮族と見下し、二言目には必ずや打ち勝つと騒ぎ、三言目には――」


「んっふふ、あなたも苦労してるんですね」


 クドゥンは突撃が成功したときのことを考える。


 包囲を突破しようとする最初を耐えればおおむね包囲は完成する。


 そして敵は冷静になれば浜の奥にある山、荒津山に立て籠もればいいと判断するはず。


 しかしそこには事前に伏兵を忍ばせてるので、後ろを見せた時が彼らの終わり。


「騎兵を排除すればやりようは――」


「たいへんだー! 劉復亨りゅう ふくこう将軍が矢で討たれたー!!」と伝令が言う。


「…………」「…………」


「………………さ、帰りの準備を始めますよ」


「………………あ、はい」



 午後になると南北でにらみ合いが続く小康状態となった。


 あえて少数の兵を前面に出して、大部分は麁原山の後ろに隠した。


 しかし、その実態は物資補給と見せかけて兵たちを小舟に乗せて少しずつ戦艦に乗せている。


金蝉脱殻きんせんだっかく、まさか<島国>で使うとは思いませんでした」


「いや~、本当に手ごわい相手でしたからね。あとは三翼軍の皆さんと会議をするだけですかね」


「彼らも手も足も出なかったので撤退には反対しないでしょう」


「んっふっふ、まだまだ若いですね。案外、人というのは負けてると撤退できないのですよ」


「はぁ、そういうものですか」


 王某おう ぼうは心の底から早く帰りたい、と思った。


 ――――――――――

 3回のはずが撤退会議でもう1話必要になりました。

 ちなみに少弐景資たちが矢で射った将は大将軍流将公と捕虜の証言から分かっています。

 通説では<帝国>側の史料と合わせると劉復亨だと推定されています。

 ここは通説通りですね。


 上屋抽梯じょうおくちゅうてい――屋上に誘い込んで、いわゆる梯子を外して降りられないようにする計略。飛び降りたら大けがをするように仕向ける。

 金蝉脱殻きんせんだっかく――蝉の抜け殻みたいに主力をこっそり撤退させる計略。

 史実の一夜で撤退を再現するには兵法三十六計をいろいろ駆使しないと無理と思いました。

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