文永の役 打ち合い

 <帝国>には軽騎兵と重騎兵がいる。


 この二つの兵科は運用思想の違いから装備が全く異なっている。


 軽騎兵は主に弓を武器として使う。


 それは軽快に移動して一方的に矢で攻撃し、決して接近しない。


 機動力を確保するために重い鎧は着ない。


 つまるところ敵の矢が当たらなければ問題ないのだ。


 対して重騎兵は鉄の鎧を身に纏い、さらに馬も馬鎧を用いる。


 徹底的に鉄で身をまとったうえで鎚矛つちほこという金属の塊――鈍器で走りながら殴りつける。


 接近戦の専門集団になる。


 しかしこれほどまでに装備面では違いがあるが、実は似ているところもある。


 それは兵士一人一人の金銭的な価値がとてつもなく高価な事だ。


 軽騎兵は弓の専門家という時点で高い練度が必要になる。


 それこそ日に何度も弓の練習が必要なぐらいだ。


 重騎兵はその装備――鉄そのものが非常に高価になる。


 薄片鎧――欧州ではラメラ―アーマーとよばれる、それは鉄の板を糸や金属で繋いでいき鎧状にした物だ。


 そしてこれは<島国>の大鎧とほぼ同等の甲冑である。


 高い防御力を誇るがそれでも戦場に投入するのは敵が弱った時だけになる。


 なぜなら石弓がこの鎧を貫くために常に改良されているからだ。


 つまり弱らせる軽騎兵と止めを刺す重騎兵が<帝国>における騎兵の運用法になる。






 牛飼いの少年はその日、麁原の北部に矢を運んでいた。


 しかし、事態は急変して皆がこぞって南へと動き始めた。


 それに従い少年も麁原山の東側から南へと向かう。



 その時、銅鑼が鳴った。



 少年は音の鳴る方を見る。


 <帝国>の軽騎兵たちが坂を下りまっすぐやってくる。


 彼らは垣楯の陣に矢を放つ。


 反撃はない。


 包囲するように垣楯を並べたせいですき間が多くできていた。


 そこへ突然の大移動。


 弓兵たちの矢が少なかった。


 軽騎兵が至近距離から矢を放つ。


 武器を持たない楯持ちが射抜かれて垣楯線が崩壊した。


 逃げる楯持ちたち。


 少年は恐怖のあまり、その光景が非常にゆっくりに見えた。


 一部の弓兵たちが反撃のために弓を構える。


 しかし、そこには軽騎兵はいない。


 すでに転進して山に戻っていた。


「ハァーー!!」と長髭の大男が怒声をあげる。


 軽騎兵の代わりに重騎兵十騎ほどが穴の開いた前線に流れ込んできた。


 その重騎兵に弓を放つ。


 金属と金属がぶつかり合い火花が散る。


 かすっただけだ。


 手に持った鎚矛を掲げる。


 そして去り際に弓兵の頭に叩きつける。


 牛飼には頭が吹き飛んで宙に舞ったように見えた。


 もしかしたら兜だけかもしれない、遠い、分からない。


 けど、次は自分の番だ。


 そう思った、その時――。


 一騎の騎兵が目の前に颯爽と現れた。


 その騎兵は足に怪我をしている気がした。


 得物である太刀を抜いて重騎兵の真っただ中に駆ける。


 「五郎さん?」


 牛飼がそう思った時には後ろ姿が小さくなる。


 重騎兵同士の打ち合いだ。


 太刀とは馬上で駆け抜けながら切ることを想定している。


 だからこそ反りが強く、長大な物になる。


 太刀と鎚矛、一見得物の長さから太刀が有利に見える。


 しかし太刀による斬るという動作は懐に飛び込むぐらいまで接近しないとできない。


 すると先端に金属の刃を展開させた鎚矛という武器とぶつかり合い、確実に吹き飛ばされる。


 例え切り込めたとしても分厚い鉄に食い込んで太刀を手放してしまう。


 だから単騎駆けをした武士は少しだけ距離を取り、切っ先が当たるようにする。


 馬上での太刀はすれ違いざまに切っ先を打ち込む打撃物として使うのだ。


 得物の差を利用して長髭の大男の頭部を狙うように打ち込む。


 だが、大男はその太刀を狙うように鎚矛を振り落とす。


 その瞬間に火花が散った。


 そのまますれ違う二騎。


 武士はそのまま後ろの重騎兵にも打ち込むが決定打にはならなかった。


 歩兵が武器を持って前に出るが、補佐に入った軽騎兵に射抜かれていく。


 <帝国>の重騎兵たちは勝利を確信した。


 楯では重騎兵は止められない。


 弓では重騎兵は止められない。


 槍、太刀でも重騎兵は止められない。


 一度出撃した重装騎兵を止めることは不可能だった。





 たった一つの兵科を除いて――。





 少年の目には別の光景が映っていた。


 味方の騎兵たちの本隊。


 煌びやかな装いの大鎧をまとった騎兵たち。


 その蹄は大地を踏み、躍動する。


 日の大将、少弐影資率いる「重装弓騎兵」がすれ違うように縦列突撃をする姿だ。


 彼らの得物は長弓。


 鈍器や刃物、薙刀よりもはるかに長い射程の武器。


 <帝国>重装騎兵は最初の一騎に目を奪われて、視野が狭くなっていた。


 重装弓騎兵たちがすれ違いざまに討つ。


 薄片鎧と矢がぶつかり合い無数の火花がほとばしる。


 一方的な騎射で<帝国>重騎兵を撃退した。


「グオオオォォ!!」


 長髭の大男が叫ぶ――矢が刺さったのだ。


 突撃してきた<帝国>歩兵たちは敵武将を担いで麁原へと撤退した。


 少年は思う。


 これが戦場、これが武士、住む世界の違う男たちの世界。


 少年は武士たちの姿に憧れた。





 その後は戦線を建て直して東側に垣楯の三重の層ができていた。


 麁原山の北部――百道原からの撤退は成功した。


「あ、五郎さん」


「おお、牛飼いの少年か、無事だったか」


「五郎さんもかっこよかったですよ」


「うーん、拙者は何もしてないぞ」


 少し考え込んでから、そう言いう五郎。


「あれ? そうなんですか」


 あれは見間違いだったのかな、と思った。


 たしかに足に怪我をしてるのに無理をしたりしないよね。


 そう思いながらもふと、五郎の腰の刀を見ると白い鞘しかなかった。


「そう言えば刀はどうしたんですか?」


「うーん、あれは折れ曲がってしまってな捨てた。これ内緒だからな」


「へ~、わかりました」


 少年はやっぱり五郎さんだと思うことにした。


 ――――――――――

 何郎かわかりませんが好き勝手動いてます。気にしてはいけない。

 それに蒙古襲来絵詞は内容の損失が多いことで有名なので、実は勲功に関係無いことはどれだけ盛っても問題なかったりする。


 そして突撃の打ち合い図。

 https://33039.mitemin.net/i575026/

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