文永の役 それぞれの戦い

 福田兼重という御家人がいる。


 肥前国の彼杵そのぎ郡福田郷から出陣して鳥飼潟まできた。


「矢がいくらでも使えるのは気持ちがいいの!」


「はい、父上!」


 彼は息子の兼光そして引き連れた郎従たちと参戦したのだった。


 彼らは縦列突撃には参加しなかった。


 なぜなら隊列に加わり参戦した場合は手柄は陣頭指揮をとった御家人のものになる可能性が高かった。


 彼らは勲功を得るために来たのであって、他の御家人を助けるために来たわけではない。


 それに縦列突撃は練度の高い戦術であり、有力御家人以外が見よう見まねで参加できるほど容易ではなかった。


 だからあえて集団ではなく単独で行動していた。


「よいな、馬を酷使できるのは日に一度だけ、勲功が得られるその時まで待つのだ」


 縦列突撃を見ながらそう言う。


「はい、父上!」


 息子を教育しながら彼らは塩田の付近で騎射をしていた。


 都甲惟親とごうこれちかの突撃が決まり、垣楯線が崩壊した。


 銅鑼の音が鳴り響き、<帝国>が百道原へと撤退していく。


「今だ! 追物射で仕留めるぞ!」


「はい、父上!」


 福田たちは単独で後退する<帝国>を追う。


 少数の御家人たちも馬を駆り続々と百道原へとなだれ込む。


 追物射と呼ばれる騎射がある。


 その名の通り騎兵が逃げ回る獲物を追って射る戦い方だ。


 それはつまり騎兵による追討戦が始まったのだった。


 鳥飼潟に布陣していた弓兵たちも垣楯戦線を解いて騎兵を追う。


 しかし馬の方が早いので福田たちが突出する。


 下がる<帝国>兵の中に弓騎兵がいた。


 混成部隊である<帝国>でもさらに目立つ弓騎兵だ。


 福田はそれが<帝国>の武将だと思った。


「騎兵だ! あれを狙うぞ!」


「はい、父上!」


 福田たちは逃げる軽騎兵に的を絞る。


 逃げる雑兵を無視して追い越し、騎兵を追い矢を放つ。


 だがその時、<帝国>騎兵達がぐるりと後ろを向いてそのまま矢を撃ち返してきた。


「なっ!?」


 一番先頭を走っていた福田兼重が格好の的となり、矢が三本刺さる。


「ち、父上ぇー!」


 功を焦った福田兼重、百道原で絶命――。


「ぶっはっーー!」


「生きておられましたか父上!」


「このような矢傷を負ってはもはや先は短い。家督は今ここでお主に譲り敵陣に突撃して首を捕るまで!!」


 そう言い残し、そのまま後退中の<帝国>歩兵に文字通りの突撃を始める。


「ち、父上ぇー!」


「若様、我らも冥土までお供して参ります!」


 そう言って郎従二騎が突撃する福田兼重についていく。


 福田兼重はそのまま撤退する歩兵集団にぶつかった。


 いや、馬が急停止したので兼重だけが宙を舞う。


「ぐわああぁぁぁぁ!!」


 叫びながら敵へ衝突する。


 ――が、大鎧の鉄塊を受け止めるような敵などいないので、ひょいっと避けられる。


 福田はその百キログラム以上の質量で地面に激突する。


 そのまま動かなくなる兼重。


 功を焦った福田兼重、百道原で絶――。


「ぶっはっーー!」


「殿、ご無事でしたか!」


 郎従たちも追いつく。


 生きていた兼重はそのまま起き上がり刀を抜く。


「首だ~、その首をよこせ!!」


 よろめきながらも起き上がりそのまま近くの<帝国>兵に襲い掛かる。


「かかってこいやー!」「しゃっー!!」


 囲まれた三人はこのまま奮戦するつもりだった。


 が、しかし<帝国>兵たちは兼重等を無視して撤退を続ける。


「待て! 逃げるな、首を分捕らせろ!!」


「殿、お気を確かに!」「とにかくこのまま連れ帰りましょう」


「放せ! 放せと言っている!!」


 腑に落ちないが郎従たちは兼重を無視して連れ帰ることにした。





 息子である兼光は父が敵陣に突っ込むまでしか見れなかった。


 その後に味方の楯持ち歩兵たちが通り過ぎて見失ったのだ。


 兼光は思う、これから福田家の当主は私。


 このような所で悲嘆にくれるわけにはいかない。


「まずは父上の雄姿を記録に残すべきだろう。我が父は矢を三本討たれ、そのまま敵大勢の中で――」


「ぶっはっーー!! 奇跡的に生還したぞ!!」


「希有にも存命…………チッ、父上! よくぞご無事で!!」


「うむ、<帝国>の奴らは我々と違って何かに操られてるような戦い方をしよる。うす気味の悪い連中じゃ」


 そう言って麁原山を見上げる。


 その山頂からは銅鑼の音が鳴り続けていた。


「とにかく一旦戻って手当てをしましょう」


「うむ、そうしよう。ところで先ほど舌打ちをしなかったか?」


「……まさかそのような事ありえません」


「そうか、ならいいのだが――それにしても首を一つも取れないとは誠に悔しい!!」


 兼光が当主になるのは当分先の事となった。


 多少の反撃はあったが戦場は百道原に移り、そこにまたも垣楯戦線が構築される。


 そしてまたしても矢戦が始まった。


 だが、今度は<島国>勢に先ほどまでの勢いがなくなった。


 麁原山に陣取る敵を囲うように布陣した影響で戦線が伸びてしまったのだ。


 そして浜に近いということは敵の矢の供給が早まったのだ。





 麁原の西側に豊後の国の日田永基ひたながもとという御家人がいる。


 彼もまた都甲惟親とごうこれちかと同じように騎馬突撃の機を伺っていた。


 鳥飼潟と違い矢戦が始まったばかりの西側では仕掛ける時が違った。


 事態が動いたのは鳥飼潟から一気に百道原へと戦線が動いた直後だった。


 ――フォン。


 鏑矢が放たれた。


「突撃ー!」


 それを聞いて日田も突撃を始める。


 そしてここでも一撃離脱によって敵を撤退に追い込んだ。


 だがこの時に日田の目に恐ろしい光景が写った。


 室見川の向こうにある愛宕山。


 そのふもとに<帝国>の別働隊がいたのだ。


「全騎聞けぇ! 愛宕山の敵を倒すぞ!」


「応ぅ!!」と皆が応える。


 日田は、あの敵がそのまま川を渡って麁原を包囲する味方に横槍を入れたら――こちらが全滅する、そう考えた。


「伝令! 愛宕山に凶賊多数ありと伝えよ!!」


 日田たちは大友に伝令を出して駆けた。


 彼ら御家人には明確な上下関係はない。


 正しいと思ったら自らの判断で行動する。


 その決断を下せるのが武士という集団だ。


 日田は馬を走らせながら考える。


 目に見える距離。


 一度馬を乗り換えてから行くべきか?


 いや、時間がない。


 馬を潰してでもアレは止めなければいけない。


 矢が少ない、敵の矢雨の中の突撃だ。


 死の恐怖と生への渇望とが混ざりながら――。


 室見川の浅いところを渡り切り――。


 ――ただ走る。





 日田率いる百騎が媛浜を進軍していた<帝国>軍に向かった。


 その軍勢は今津から上陸し、海岸沿いに東へと進撃した部隊だった。


 日田たちは矢雨が降り注ぐ中で一撃離脱の縦列突撃をした。


 そのうちの一矢が敵の武将に刺さる。


 それでも一切引かずに怒声をあげて<帝国>兵に攻撃を命じる。


 致命傷ではなかった。


 しかし、足止めは成功した。


 敵軍勢は室見川の渡河を諦めて愛宕山に布陣した。








「はやく……大殿に……報告を……」


「日田殿! 大友殿は麁原の北東に布陣しています! 今は手当てをした方が!」


「自分の死期ぐらい……わかる……、西よりきた敵に……て……」


 日田は先頭を走ったので敵の矢雨を一身に浴びていた。


 大鎧の隙間や至近距離からの一撃が深く刺さり、瀕死だった。


 麁原を迂回して進む間に味方の歩兵たちが愛宕山へと出発していた。


 その行軍を尻目に日田たちは大友と少弐が陣を張る場所へ向かう。


「日田殿、大友殿はすぐそこです」


「………………」


「日田殿? 日田殿!!」


 日田永基ひたながもと


 麁原の東北に位置する稲荷塚で忠死。


 彼らは多大な犠牲を払いながらも二軍が合流することを阻止した。


 敵の東軍は麁原に、西軍は愛宕山に陣を構築し、持久戦を始めた。





 ――――――――――

 ちなみに日田はとある大河なドラマだと「てつはう」で爆死するという日本最初の爆死扱いです。うーんこの。

 日田永基は実は生きてた説と死んでた説がある。

 福田は生きて日田は死ぬってのもアレだから、この辺は後で変えるかも。


 通説――というより日田記によると「姪ノ浜、百路原両処二於テ、一日二度ノ合戦~以下略~」と書いてあるのですが物語の都合で百道原→媛浜と順番を逆にしてます。



 両軍がどんどん増える布陣図

 https://33039.mitemin.net/i574400/

 なお五郎基準の作品なので敵の総数はこの時点では不明。

 前面に居る敵しかわかってない状況です。


 ちなみに通説では愛宕山のあの字も出てこない不思議!

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