文永の役 重装弓騎兵


 ――フォン。


 音がした。


 銅鑼の音が鳴り響く中で、たしかにあの独特の音がした。


 これは鏑矢か。


「若、今の音は――?」


 郎党たちもそれに気づいたようだ。


「ああ、鏑矢だな」


 白石「六郎」通泰みちやすは肥前国白石の御家人である。


 彼は郎党たち百騎余りの騎兵を引き連れて博多までやってきた。


 杵島郡から唐津街道を進んでここまできた。


 途中で攻撃と略奪をうけた漁村をみて、街道を逸れて防風林の中を進んでいた。


 彼は重装弓騎兵の弱さ、つまり「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」の言葉をよく知っていた。


 騎兵とは馬がやられるとたちどころに弱くなる。


 だからこそ<帝国>が待ち構えている場所ではなく、もっと確実に叩ける所を探していた。


「このまま慎重に進むぞ」


 鏑矢の音に誘われるように麁原山ではなく、その隣の鳥飼潟へと進んでいく。


 すると――。


「籐源太ぁ! しっかりしろ!!」


「ぐふっ……」


「とにかく松原の中へ避難するんだ!!」


 三井たちが松原の中へと避難をしている。


 旗指の資安が最初に馬を射られたが、幸い本人には矢が当たらなかった。


 しかし、足を止めた籐源太と三井三郎は矢を射られた。


 籐源太を担いできた資安が白石たちに気付く。


 その時、資安は自分が何をなすべきか気付いた。


 合戦の前に先懸について聞いていた。


 目の前の騎兵たちに伝えるべきこともわかっていた。


 彼は旗を持って、「さ、先懸である! これは先懸である!!」


 必死に叫んだ。


 白石はそれだけですべてを理解した。


 騎兵が突撃する時は今であると――。


「旗指まえへ! みな突撃の時だ!!」「応ぅ!」


 手勢百騎がそれに応えて、弓を握りしめる。


 旗指資安は流れ旗を掲げた。


「うおおおおぉぉ!」


 そして全力で五郎のいる所を目指して走る。


「父上、五郎を助けに行きます!」


「ああ、わかった」


 無事だった資高も馬を駆り弟と一緒に五郎の所へ向かう。


 追うように白石たちも駆ける。


 松原を抜けるとそこには陣形が乱れ、矢が尽きた歩兵三百余り。


 それと対峙する竹崎季長ただ一人がいた。


「先懸ご苦労! 白石六郎通泰、助太刀いたす!!」


「応」と五郎が返事を返す。


 突然現れた騎兵たちに<帝国>兵たちは驚く。


 矢もなければ置き楯もない。


 たちどころに撤退を始める。


「放て!」


 白石たちが放つ矢が真っすぐと突き進み鉄板を貫く。


 <島国>の弓は長く、その長さに合わせるように矢も長くなっている。


 その長さ分の重みから近距離で放てば鉄板をも貫く貫徹力を得ることができる。


「ぎゃああぁぁ!」


 鉄で覆われた<帝国>兵を射抜く。


 もっとも五郎に近づいていた兵から射抜かれていく。


 ある程度まとまっていた集団が一気に後ろへと下がっていく。


 それを追う白石勢。


 馬とは集団で行動する動物だ。


 旗指が道を見極めて、常に敵が前面か左手にいるように進む。


 先頭を追うように馬百頭が縦列をなして進む。


 それに跨る重装弓兵が前方あるいは左手の敵に対して弓を放つ。


 この時代の騎馬突撃とは正面の歩兵に対して突き進んで、人馬の質量でもって蹴散らすことではない。


 騎馬突撃とは弓で鉄板を貫ける距離まで一気に近づき、近接武器しか得物を持たない相手に対して一方的に攻撃するさまを言う。


「右だ! 右に回り込め!」


 白石の指示に従い、旗指は右へ左へ舵を取る。


 彼の任は百騎もの騎馬兵が難なく通れる道を見極めることだ。


 馬たちは旗指の動きに合わせて動くが、それに跨る人は旗指の真後ろの武将に従う。


 これこそが馬の性質を理解した騎馬武者たちの馬術だ。


 撤退する帝国兵たち。


 しかし重いヨロイを着込んでは走るのも容易ではない。


 騎兵の突撃を理解できない後方と、この場から逃げたい前方が衝突する。


 <帝国>兵が逃げ道を探して左右に分散していく。


 だがこの縦列突撃の真に怖ろしいのは逃げ惑う敵の横に張り付き、騎射をすることにある。


 全力で走る敵を後ろから追い越して、すれ違いざまに矢を放つ。


 それを百騎で行う。


 縦列突撃の後には死体しか残らない。


 しかし一部は反撃に矢を放つ。


 遠くから放物線を描く矢。


 それを武士たちの鎧兜が弾く。


 鎧兜にあたらなかった矢は母衣ほろに刺さることで馬が射られることを防ぐ。


 重装弓騎兵は単騎あるいは数騎だと脆弱である。


 しかし大勢になると弱点である馬を集団で守ることができる。


 この百騎の連なりを見た<帝国>兵たちは、そこに龍を見た。


 地を這い死を振り撒く一匹の龍。


 重装弓騎兵の群れが<帝国>を蹴散らしていく。


「突撃ぃぃ! 突撃だぁ!!」


「射抜け! 討て!!」


「左だ! 次は右に回れ!」


 重装弓騎兵は確実に敵の数を減らしていく。


 対して麁原山に布陣する<帝国>兵は動かない。


 代わりに今までと音が違う銅鑼が鳴り続ける。


 多少は反撃していた<帝国>兵たちもすぐさま撤退する。


 白石はそれを確認してから「突撃やめー!」という。


 その号令と共に白石たちも戻っていく。


 携帯していた矢が尽きたからだ。


 百の騎兵が十本放てば千の矢になり、この一度の合戦で敵を百は討ちとった。


 白石はこれ以上戦うつもりはなかった。


 馬の体力の問題だ。


 馬は一度突撃をしたのなら、丸一日は休ませなければならない。


 これが有力御家人なら千頭は馬を引き連れて、代わる代わる乗り換えて戦うことができる。


 白石にはそこまでの財力は無かった。


 それに麁原山に布陣する敵は一貫して守りを固めている。


 疲れ切った馬で突撃して倒せるほど甘くはない。


「松原に布陣する」


 視界の悪い防風林の中から奇襲して、またそこへ戻る。


 そうすることで迂闊に打って出れないようにけん制する狙いだ。


 白石たちは深追いをせずに五郎の所に向かう。


 五郎は思いのほか元気だった。


 塩田にほど近い松の木の下にいる。


 白石と目が合うと名乗りを上げた。


「拙者は肥後の国、竹崎郷の”五郎”季長という。あのままでは死ぬだけだった、重いのほか存命した。感謝する」


「拙者は肥前の国、白石の“六郎”通泰という。まさか先懸をする者がいるとは思わなかった。良ければ互いに証人になってはくれぬか?」


「ぜひ証人になりましょう。しかし敵はまだ健在、これからどう攻めるべき――いたた」


 五郎は矢が足に刺さり動けない。


 他の郎党四人も満身創痍だ。


 白石たちも矢が尽きている。


「無理をするな、それに戦の心配はしなくても大丈夫だ」


「それはどういうことだ」


「すでに戦いは我らのような少数の戦いではなくなった――」


 銅鑼の音が鳴り響く。


 最初と同じく攻撃的な銅鑼や太鼓の音だ。


 麁原山の奥の百道原から<帝国>兵の援軍が到着したのだ。


 五郎は見る――正面からだと数はわからないが三千はいそうだ。


 さきほどの十倍の軍勢だ。


 手負いで逃げ切れるか?


 そう考えていたが、どうもおかしい。


 こちらには目もくれずに鳥飼潟を渡り始めたのだ。


「なにか動きが変だ、あいつらは何を?」


 ――フォン。


 疑問の答えを聞く前に鏑矢が空を切る。


 ――フォン。 ――フォン。


 いくつもの鏑矢が音を鳴らす。


 その方角を見ると塩田の向こうに鳥飼潟が広がっている。


 そこは水たまりが薄く広がって空を映していた。


 だが、その空が徐々に黒ずんでいく。


 黒ずみが動いているのだ。


 あれは人だ。


 人々が干潟の上を歩いている。


 一列、二列、何列にもなった人の集団だ。


「<帝国>の連中が通れたんだ! この程度の潟など渡り切ってみせろ!!」


「鋭い!鋭い!応ぅ!!」


 大将の檄に応えるように声を合わせる。


 無数の歩兵が鳥飼潟を渡り始めていた。


 大将少弐率いる息の浜守備部隊、その全軍が来たのだ。



――――――――――


 まずは蒙古襲来絵詞の絵五の右側

 https://33039.mitemin.net/i573491/

 左に五郎の黒馬が倒れている。

 最初に射られた資安は旗指として走ってる。

 右側には旗指を先頭に八騎の弓騎兵が走ってる。

 ※実は絵巻には母衣は出てこない。


 次に全体像

 https://33039.mitemin.net/i573494/

 この絵の見かたは左から時系列と思われる。

 実は陣地の蒙古勢は少し斜め上の空を見てる。本当に鏑矢を見上げてたのかもしれない。

 真ん中の絵は右側と繋がってる説と五郎たち五騎だけで蹴散らした説があったりする。

 けど詞では白石が助けに入らなかったら死んでたと明記してる。

 ということで本小説ではほぼ同じ時間とした。

 その影響で五郎の黒馬が二頭いるという変な状況になってる。一分ぐらいズレてるかな。


 ちなみに百騎が縦列突撃するとこんな感じ。

 https://33039.mitemin.net/i573495/

 これでも尺の都合で五十騎しかいない。


 最後に実際に敵と会敵した時の動き。

 https://33039.mitemin.net/i573496/

 こういった感じで並走撃破を各一族が毎日繰り返すのが鎌倉の合戦だったのかもしれない。


 最初はこんなに絵や図解とか要らないと思ってました。

 けど通説が実際の戦闘についてほとんど論じていないのでこうなってしまいました。

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