文永の役 大将 少弐

 臭いだ。


 潮風に混じって何かが焼ける臭いが漂ってくる。


 それに馬たちもいきり立っている。


 真紅の甲冑に身を包む武将はこの臭いに違和感を覚えた。


 息の浜から<帝国>の船を睨むのは少弐景資しょうにかげすけ


 この地に集まる武士たちをまとめる大将軍だ。


 そして少弐氏の現当主、少弐経資つねすけの弟でもある。


 彼は<帝国>の動きがおかしいと伝令があり、それを確かめるために手勢を引き連れて息の浜に陣取った。


 息の浜は博多の町の北側にヒョウタンのように出ている出島。


 いわゆる出島のような場所があり、そこで交易品の仕分けなどをおこなう。


 ここで密入国などが無いことを確認をとり、その後は各寺や博多の商人へと降ろされる。


 そこの一番高い砂丘から湾の洋上を眺めている。


 周囲は少弐と北九州の御家人たちが集まっている。


「奴らは兵法を知らぬのか?」


 <帝国>は開戦の狼煙かのように放火している。


 揚陸作戦を成功させたいのならこれほど派手な事はしない。


 そのような行動に少弐は困惑していた。


「孫子の兵法は宋も心得ています。しかし<帝国>はそこよりも北の蛮族たち、と逃げてきた僧侶が申しておりました」


 傍らにいる野田「三郎次郎」資重すけしげがそう言った。


 彼は戦の経験が少ない少弐のために参謀を務めている――武士の中では珍しい智恵の者だ。


「その宋が手も足も出ないのが<帝国>と聞く。今のこちらの手勢はどのくらいだ?」


「ふむ、およそ騎馬が五百に徒歩二千の二千五百余ですな。仮に筑前にいる全軍が集まれば騎兵が千と歩兵が九千の全部で一万といったところでしょう」


 未だ早朝。


 集合を命じてから集まるまでに時間がかかる。


「うむ。ならば<帝国>の数はどれほどと見る」


「対馬と壱岐の島からの報告、そして眼前の大型船の数からして……多く見て四万といったところでしょう」


「そうなると城攻めの三倍を優に越してるな」と少弐がため息をつく。


「しかしそのうち一万は船の船員と輜重と思われるのでやり方次第では勝てましょう」


「それはこちらも一緒だろう。二千ほどは実際には戦えない」


 そこへ伝令が来た。


「報告です。敵が上陸して麁原山に火を放ちました!」


「本当に何をしたいんだ<帝国>の連中は?」


 少弐は動きの見えない敵に手をこまねいていた。


 しかし焦ってはいない。


 なぜなら博多を攻めるには那珂川と比恵川を突破しなければならない。


 あるいは須崎からの渡河だが、それは非現実的だ。


 それなら小舟に乗って息の浜に直接上陸するほうが理にかなっている。


 だからこそ最初に息の浜に陣を張った。


「となると持久戦に持ち込めば相手の兵糧が尽きるか」


「ほっほっほ、然り我らはただ守りに徹すれば必ずや勝てましょう」


「さらに報告です。敵の一部が赤坂山に向かっています!」


 息の浜からも見える赤坂山を見るとたしかに見慣れぬ旗が立っていた。


「しかし、数が随分と少ないな」


「そうですな、もしや本当に兵法を知らぬのかもしれませんな」


 兵力の分散は各個撃破される。


 だから本来なら一カ所に全軍を集めるものだ。


 敵が無能である方がやりやすい。


 少弐はこれなら博多を守り切ることができると思った。


「赤坂山は騎兵で登るのが難しい山だ。ここは様子見としよう」


 赤坂山はその名の通り、斜面から露出している土が赤色であることから名づけられた。


 その性質は保水性が良い粘土質の土である。


 そのため保水性がよく、踏み固まりやすい。


 それは攻めるには騎馬が活躍しにくい難所である。


「そうですな。相手の出方が分からぬ以上、ここは様子見がよろしいかと」


 少弐たちはそもそも少数の敵には注意を払っていない。


 大軍への対処を念頭において兵を動かす。


 そしてこの時までは敵の大軍は息の浜に直接上陸してくると読んでいた。


 なぜなら両サイドを川で守られた博多の町はいわば難攻不落の要衝。


 川を挟んで対峙するよりも直接ここを奪いにくると思ったからだ。


「ちょっと待った!」


 静観を決めた矢先に割って入る者がいた。




 ◆ ◆ ◆




 五郎たちは遅ればせながら息の浜に到着した。


 すでに多数の旗が風になびいている。


 そして多数の兵が息の浜に集結していた。

 

「おお! 五郎たちよ! こっちじゃ! こっちじゃ!」


 声の主は江田勢の党首、江田又太郎だった。


 彼らは先んじて息の浜に到着していた。


 五郎たちは見知った江田勢と合流した。


「五郎よ。ついに戦のときだ、よければこの兜を取り替えて目印にしないか」


「それは是非とも喜んでお受けします」


 両者は勲功を得るために来た。


 敵味方がひしめく戦場では戦いが終わった後に功績を申請するのが習わしだ。


 その際に勲功が正しい事を証明するために当事者以外の第三者が必要だった。


 この互いの兜を交換して戦場の目印にする事を「見つぐ」という。


 互いの兜を目印に戦闘では協力し合い、報告では証人になってもらう。


 このような「見つぎ、見つがれる」関係は互いが正直であり、等しく同格だからこそ成り立つ。


「それで又太郎殿、戦はいつ始まるか知っていますか?」


「いや、見ての通りそこら中で放火しながら進軍しているようだ。今は本陣の『日の大将』である少弐影資殿が軍議を開いている」


「影資殿か……後で挨拶をしておかねばならんな」と三郎が言う。


 又太郎は三井「三郎」長の烏帽子親が大将影資の父親少弐資能すけよしだと感づいた。


「うむ、それならワシも先ほど挨拶をしてきたから竹崎勢が参集したと言いに行った方が――」


 言い切る前に息の浜の陣地に動きがあった。


 騎兵約百騎あまりが突如動き出したのだ。


 旗印から五郎と同じ一族が駆け出したとわかった。


「見ろ、赤坂山に敵が陣を張ってるぞ!」


「菊池が<帝国>を倒しに出陣した!!」


 陣地内の喧騒から何が起きたのか分かった。


 五郎は郎党全員を見てすぐに菊池一門と合流しようとする。


 そこへ大将の伝令が来た。


「伝令! 日の大将少弐殿および野田資重殿から伝令!!」


 伝令の内容は赤坂山は騎馬戦に不向きな場所、だから息の浜の全軍はここにとどまること、そして博多にて敵を迎え撃つこと。


 そう言う内容だった。


 五郎は考える。


 このまま集団で行動しては勲功を上げることは難しい。


 そして、伝令を発したということは、出発した菊池一門は独断で行動したということになる。


 このまま留まると勲功が少ない、彼らを追いかければ大将少弐の心証が悪くなる。


 ではどうする?


 ふと心証が悪いと言えばムツだな、と彼女の顔が脳裏をよぎる。


 その時、彼女との一連のやり取りを思い出す。


 上から了承を得て商売をする、実際の取引は違ってもいい、後からわかりやすい物語を聞かせる。


 すぐ近くで見た商人の生き方が五郎に影響を与えていた。


「江田殿、義兄上、これより先に出た肥後の国の一門を追い駆けようと思う」


「先ほどの伝令を無視するのか!」


 二人とも驚く。


「いえ、ここは堂々と少弐殿に許可をもらいに行くべきだと思います。そこで義兄上と江田殿にご助力いただきたい」


「ふはは、我らの旗印は五郎だ。何かを決断したのなら共に駆けるまでよ」


「がっはっは、お主はクマ殺しより面白い事をしそうだな。よし、少弐殿に会いたいのなら任せるがいい」


 こうして五郎たちは大勢の中から抜け出すために大将から許可をもらいに行く。




――――――――――

この場面は蒙古襲来絵詞の最初の詞(ことば)の部分になります。

通説ではここで先駆けをしに行こうと言っているらしいです。

しかし本作では独断で先に駆けた肥後一門を追い駆けようと提案しています。

違いはそのぐらい。



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