2-10 理解と呼声




「はぁ、はぁ、はぁ」


すっかりと日が落ちた森の中を私は一人走る。


おかしい。あの場所からならすぐに着くと思って一人で来たのに一向に巨木へと辿り着かない。

それにさっきまでは整備された道を走ってた筈なのに、気づいたら進んでいた道も、到底道とは呼べるものではなくなっていた。


一体どこで道を間違ったのかな。

戻ろうにも携帯も何もない状態で自分の位置も、宿泊施設の方向も何もわからない。


あの時俊介が言っていたように買い替えれば、もしくは明日にでも取りにいけばよかった。


私は時々視野が極端に狭くなる時がある、昔からの悪い癖だ。私は走るのをやめた。走っても走っても変わらない景色に疲れたのだ。まるで、私の心みたいな景色に。


足が痛いと思い確認してみたら、案の定靴擦れを起こしていた。はぁ、もう散々だな。


「・・・俊介ぇ」


うずくまってポツリと呟いた。

あぁ、涙も出てきたよ。

なんかこれあの時みたいだな・・・


思い返すと、あの時も本当に俊介に迷惑かけたな。そして、あれから私は俊介のことが好きになったんだ。


暗い森の中に一人でいてやっぱり怖いが、あの時の事を思い出したら何故か少し安心感も湧いてくる。だって、


「・・・やっと見つけた」


後ろから、ガサガサと草をかきわける音が聞こえたと思うと、いつもの優しい笑顔をうかべた青年が立っていた。


「俊介・・・ごめんね」


やっぱりこの人は私のピンチを救ってくれるんだな。申し訳ないと思うと同時にそれがとてもとても嬉しかった。

私はぎゅっと俊介に抱きつく。


「怖かった・・・」


「怪我はないか?

 もう俺が来たから大丈夫だぞ」


「・・・ちょっと足が痛い」


「そうか。

 それならほれ、おんぶしてやるから帰ろ」


そうやっておんぶする体制をとってくれる俊介。私は ありがと と呟いてその背中に体重を預ける。


「・・・怒らないの?」


「そりゃ、叱ってやろうと思ってたが舞香の顔見たらもう既に自分で反省終わらせたって顔してたからな。なら、俺から言えることはもうないだろ。


 ま、先生あたりからは怒られるだろうから一緒に怒られようぜ。」


「・・・ばーか。」


「携帯は明日一緒に探してやるよ」


そうやってニシシと笑う俊介。


こういうところだ。悪い男だよ本当に。

全然気持ちには応えてくれないのに、言って欲しいことは必ず言ってくれる。


どれだけ頑張ってもろくに進展せずに心が疲れきったとしても、俊介の笑顔一つでもう少し頑張ろうかなと思わせられる。

きっと、私は一生この人が好きなんだろうね






それから少しの間、風で揺れる木々の音色を聴きながら私たちは無言で歩いた。


「・・・走って来たの?」


「あぁ、お前本当に足早いのな。

 みるみるうちに見えなくなったよ」


「足は大丈夫なの?」


「大丈夫だって。

 もう何年前の話だよ」


「ねぇ?」


「ん?」


「なんで助けに来てくれたの?」


「そりゃあ、妹だからな」


「ヘー。ソウデスカー。」


「なんでキレてんだよ・・・」


「二人きりの時は妹扱いしないでって言ったのにー!」


「へいへい」


「で?なんで来たの?」


「そりゃあ・・・はい、この話おわり!」


「もう!なんなのよ!

 照れないでよ!ばーか!」


「う、うるせぇよ!

 バカ言うな!」


そう言いながら二人で笑い合う。


「なぁ、舞香。」


「ん?どしたの?」


「なんで、お前は俺の事を好きになってくれたんだ?俺さ、この前舞香の事まだ理解できてなかったんだなって感じたんだよ。

 だから、よかったら聞かせて欲しい。」


「ふーん。このトップアイドル舞香ちゃんにそんな恥ずかしい事を言わせるんだぁー。」


「す、すまん。

 嫌ならいいんだ・・・」


「ふふふ。ごめんごめん。

 ちょっといじめたくなったの。

 今日、ちょうど私もあの時のこと思い出したから教えてあげるわよ」


そう言って舞香は話し始めた




*****




私がまだ斉藤舞香だった中学2年生の夏、

お母さんが再婚する事をきっかけに私に父と義兄ができる事を知った。


その時はワクワクした。どんな人が来るんだろうと。だが、そんな期待はすぐに打ち砕かれた。


一度顔合わせをしたが、なんかオドオドしてて愛想笑いしかしていなかった義兄をみて、頼りもなさそうだし、正直キモい。

てか、嫌い。こんなのがお兄ちゃんになるのかと私はへこんだ。


いざ暮らしてみれば父も母も共働きで義兄と二人でいることがとても多かった。


だが、昔から周囲の空気を読み猫をかぶるのが得意だった私にとって、清楚で優しい妹を演じる事なんて造作もない事で何事もなく過ごせた筈だった。が、


「舞香、宿題どんなのがでた?

 教えてあげようか?」


「今日はレッスンないのか?

 一緒に帰ろうぜ」


「舞香何か食べたいものあるか?

 お兄ちゃん買ってくるよ」


など、いつの日からかあいつがお兄ちゃんアピールをしてくるようになってから家が少しずつ嫌いになっていき、あいつに対する態度も少しずつ悪くなっていった。


別に私に構わなくていいのに。


「大丈夫だよ。・・・ありがとう」


確かにあいつのことが嫌いだったのもあるけど。あいつがヘラヘラしているのが一番気に入らなかったんだ。


私はこんなにも夢であるアイドルを目指して頑張っているのに、こいつはいつも家にいて遊んでばっかり。この頃は、一緒の場所にいるのも嫌だったくらいだ。


ある日、ダンススクールのコーチからアイドルグループのメンバーオーディションが行われる事を知った。


それからはそのオーディションに合格する事を目標として、レッスンをより一層がんばった。帰る時間はそれに伴い、いつもより遅くなったが私にとっては正直メリットしかなかった。


「舞香、この頃ちゃんと休めてるか?」


レッスンが終わり、

家に帰った私に義兄がそう言った。


「・・・別に関係ないでしょ」


「そんな事はないだろ。

 ほら、ご飯つくったから一緒に食べよ」


「うるさいな。ほっといてよ」


なんでこんなに優しくすんの?

私はこんなに嫌いアピールしているのに。

いっそ無視してくれた方が嬉しいのに。


思い通りにいかない義兄の言動に苛立ちを覚えた。


「それにこんな夜遅くに帰ってくると危ないだろ。今度から迎えにいくよ」


「もういいって言ってるでしょ!

 なんでわかんないの!まじキモい!」


そう怒鳴り散らして私は自室のドアをバタンと勢いよく閉めた。


そんなに優しくされたら、こんなにもあいつを拒絶している私が間違ってると真っ向から全否定されたように感じたからだ。


私にはその屈辱を許容することはできなかった。その頃にはもう、義兄に対して猫をかぶる事すらも出来なくなっていた。


その次の日も遅くまでダンススクールで練習に励んだ。そして帰ろうとした時、ダンススクールの入り口にあいつがいた。みんながいる手前、冷たくはできないと思い一緒に帰った。


「・・・なんで来たの?」


「だから昨日言ったろ?

 危ないから送るって」


「は?頼んでないんだけど」


「好きでやってるからいいの。

 話もしなくていいから」


なんなの?

俺優しいでしょアピールのつもり?


それから、義兄は毎日毎日スクールまで迎えに来た。最初のうちは私も文句を言っていたが何を言っても無駄と感じた時から、もう抵抗をする事はなくなった。


そして、一次試験の一週間前。


「ストップ!舞香、そんなんじゃ全然ダメよ。キレが全くないじゃない。」


「・・・すみません。」


「はぁ。どこか悪いの?

 ここのところ調子良くないみたいだけど。

 ちょっと早いけどもう帰りなさい。

 しっかり休んでからまた来るのよ」


「わかりました・・・」


私はスランプに陥ってしまった。

夢だったオーディションが間近に迫り極度に緊張してしまった為に、体がうまく動かなくなってしまったのだ。


今日はコーチの言った通り帰ってしっかり休もう・・・でも、あと一週間しかない。

こんなんじゃ、もう私は・・・


そうやって落ち込んで帰ろうとすると、

いつものように義兄が待っていた。


「・・・はぁ、今日もいんの?」


「そりゃあな。相変わらず夜遅いしさ」


私たちはいつも通り無言のまま帰路につく、


「・・・なぁ、なんかあったか?」


顔に出ていたのか、私の心配をしてくる義兄。今の私には反抗する気力はなかった


「べつに・・・」


「そうか。

 ならちょっとついてこいよ」


「は?疲れてるんだけど」


「まぁまぁ、ちょっとだけだからさ」


「まぁ、ちょっとだけなら・・・」


今日はあんまりしつこくされるのもきつかったから、早いところ切り上げて帰ろうと初めて義兄の提案にのった。


そして、義兄は家とは反対方向の道へと進んでいった


「ねぇ、反対方向じゃん。」


「まぁまぁ、もうすぐだから」


そういって10分くらい歩くと、丘の上の公園へとたどり着いた。そこから見える街の夜景はすごく綺麗だった。


「・・・綺麗」

 

「な、綺麗だろ?

 落ち込んだ時は夜景を見るってベタだけどさこれが案外効くもんなんだ。俺も良く落ち込んだら来るんだ。ほら、そこにブランコもあるし乗ろうぜ。乗れる?」


「の、のれるわよ!」


そう言って私たちは静かな公園で、ブランコを無言のまま揺らす。


「なぁ、なんかあったか?

 話したくなかったら別にいいけど」


義兄がそう聞いて来た。

夜景を見た時に心も開放的になったのだろうか、私は悩みを義兄へと打ち明けた。


「そうか。

 舞香夜遅くまでがんばってきたもんな。

 それだけに緊張もしちゃうよな。

 それはおかしい事じゃないと思うぞ?」


そう言われて私はカッとなった。


「は?なんであんたなんかに私の気持ちがわかんのよ!あんたなんかいっつも家でぐーたらしてるだけじゃない!そんなやつに、私の気持ちなんかわかる筈ない!」


そう私がいうと、

少し悲しそうな顔をして義兄は言った


「・・・そうだな。ごめん。

 俺一年の時バスケ部だったんだけど、試合中に怪我しちゃってさ、あんまり早く走れなくなっちゃってバスケもろくに出来ないんだ。

 

 ごめんな、確かに舞香が頑張ってるのにお兄ちゃんが家にばっかりいたらイライラもするよな。」


あまりの衝撃にしばらく喋ることができなかった。いつもヘラヘラしていたからまさかそんなことだとは・・・いや、それは言い訳か


「・・・知らなかったの。ごめんなさい。」


私は、なんて酷い事を言ったんだ。

したくても出来ないのに、なんで家にばっかりいるあんたにわかるんだなんて。


「まぁ、そう気にすんな。

 確かにバスケはできないけど、その分家事も出来る様になったし。いいお嫁さんになるかもしれないだろ〜?」


「うるさいし・・・」


そうやっておちゃらける義兄。

なんでそんな明るくできんのよ。

あれだけ嫌な態度とってきたのに。


「それにその分、俺は舞香の事を誰よりも見てきたんだ。そんな俺が舞香なら大丈夫って言ってるんだぞ?信憑性高いだろ!


 あと、視野を広くもつんだ!

 まだオーディションは山ほどあるだろ!

 このオーディションで失敗したとしても舞香はアイドルになれないことなんてない!


 舞香なら絶対にアイドルになれる!

 大丈夫、お兄ちゃんが保証してやる」


そうやって頭を撫でてくる。

あれだけ嫌がっていた義兄の、俊介のその手がその時はなぜだかとても心地よくて、つい泣いてしまった。


「まぁ、ほら。

 悩んだら俺もついててやるから、また散歩でもしようぜ。愚痴だって聞くしさ」


「うっさい、ばか」



それから一週間後、私はオーディションの一次に合格し二次、三次となり残すは最終試験のみとなった。


その頃にはもうお兄ちゃんを嫌がることも拒絶する事も無くなったが、やはりいきなり普通に接するのは無理で悪態は相変わらずついていたが、


「よっ!お疲れ様。さぁ帰るぞ」


「ねぇ、お腹すいたー。

 なんか奢ってよおにーちゃーん」


「こんな時だけ妹面すんな。

 まぁ、奢ってやるけど」


「ヘヘッ、さすがですね〜」


帰り道が楽しく感じるようにもなっていた。

いや、別に好きとかじゃないから。


奢ってくれるし、仕方なく帰ってあげてるだけだし!


だけどその頃から違和感を覚えていた。

なんか、お兄ちゃんが少し私から離れたら視線を感じるのだ。辺りを見回しても誰もいないのに。


「ほら、買って来たぞ。どっちがいい?」


「・・・じゃあこっちのアイス」


こうやって二人で帰る時には感じないのに、一人の時には感じる視線。考えすぎか・・・


そしてその2日後、兄からメールが届き少し迎えが遅れるから待っててと言われた。


言う通り、みんなが帰ったダンススクールの前で私は一人で兄が来るのを待っていた時、

事件は起こった。


「・・・舞香ちゃん」


下を向いて携帯を見ていたら、前から私を呼ぶ声がした。聞いた事もない声だった。恐る恐る前を向くと全く知らない男が立っていた。


「なんで、男と一緒にいたの?

 アイドル目指してるんだよね?

 彼氏はダメだろ」


そう言って男は私の左手を掴んだ。


「っ!何あんた!痛いって、離してよ!」


右肩にかかったカバンを男にぶつけ、かろうじて逃げる事が出来た私は走ってその場を離れた。


逃げなきゃ、逃げなきゃ・・・


私の頭はもういっぱいいっぱいで走る事以外考えれなかった。後ろを振り向いたらまだ追ってきている。どうしよ、どこに逃げよ。


その時に思い出したのは家ではなく、兄と行ったあの丘の上の公園だった。私はそこへ行き、遊具の中に身をかがめ隠れた。


しばらく隠れていたら、

ザッザッと近くで歩く音が聞こえた。


お願い、お願い、こないで・・・


そして、足音は私の隠れている遊具の前で止まった。


「やっと見つけたよ舞香ちゃん。

 ほら、一緒に帰ろうよ」


「や、やめて・・・」


その時私がとっさに助けを求めたのは


「助けて、お兄ちゃん・・・」


あれだけ嫌いだった兄だった。

すると、


「おい!お前誰だ!

 舞香に何してんだよ!」


男と私の間に走って割って入ってきたのは、

汗を大量にかいて息を切らした我が義兄 

蒼俊介だった。


「お兄ちゃんっ・・・」


「はぁ?お前だれだよ。」


「こいつの兄だよ!お前こそ誰だよ!」


そう言ったら兄は大声で


「だれかー!助けてください!

 変質者がいます!」


「っ!?」


そう叫んだ。そして、男はその声に驚いたのかそそくさとその場から走って逃げていった。


「はぁ、怖かった・・・

 大丈夫か舞香?なんにもされてないか?」


私は、泣きながら力強く兄を抱きしめた。


「こわかったよぉぉ。

 ありがとうお兄ちゃん。ありがとう…」


「お兄ちゃんなんだから当たり前だろ?

 無事でよかったよ本当に」


私たちはそのまま警察へと足を運んだ。そのストーカー犯は私たちの通報から4日後にダンススクール付近を歩いていたところ不審な人物がいるとして職質を行い、犯行を認め無事に逮捕された。


なんでも、私のダンスを見て一目惚れをしたところ兄と一緒に歩いていたのを見て、恋人と勘違いして犯行に至ったというのだ。


私はあのあと兄に聞いた。


「走ってきたけど、足は大丈夫なの?」


「あぁ、なんともないぞ。

 心配ないよ、ありがとう。」


「ねぇ。なんで私があそこにいるってわかったの?家とは反対の場所なのに」


そう言うと、兄は笑いながら


「カバンがダンススクールに放置されてて、

 何かあったのかって考えたら。舞香なら家じゃなくて公園にいくかなって思ったんだよ。そしたら案の定、舞香が俺を呼ぶ声が聞こえたんだよ。無事でよかった」


そこで私は気づいたんだ。


その時の顔の熱さや胸のドキドキは、犯人が怖かったからでも、助かって嬉しかったからでもなく。


義兄である俊介が好きだからということに。



*****



「そこからずっと私は俊介が好きなの。

 白馬の王子様みたいだったよ。

 あの時の俊介、本当に格好よかった」


「そっか・・・あの時からか。」


「うん。だから私は何があっても俊介の事が好きな自信あるよ。


 私のこと一番理解してくれるのは俊介だし。私も一番、俊介の事を理解してる。


 だから、今は絵梨花センパイと悩んでるかもしれないけど、今はそれでいいの!絶対に最後には私に振り向かせてあげるから!


 だからそんなに悩まないで。

 これは、長期戦の恋なんだから!」


「お、おい!」


そう言って俺の頬にキスをする舞香。


「それでさーさっきは言ってくれなかったけど、なんで私の場所がわかったの?」


ニヤニヤしながら聞く舞香。


「そりゃあ・・・

 舞香の俺を呼ぶ声が聞こえたからだよ」


そう言うと、次は唇にキスをして、


「へへへっ、正解!


 今日は迷惑かけて本当にごめんなさい。

 あの時もあんな態度とってごめんなさい。

 そしてまた私を助けてくれてありがとう。


 ずっとずーっと大好きだよ!俊介!」


そう言ってスリスリと俺の背に頭を擦り付ける舞香。


目の前にはやっと宿泊施設の明かりが見えて来た。やっと帰り着いたと思う反面、この温もりをまだ離したくないと思う俊介だった。




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