エピソード1:エデンの煙-6

 「あ、鶴瀬さん、いらっしゃいませ!コチラへどうぞー!」

 藍ちゃんが元気にターゲットを出迎え、事前にグラスと灰皿が容易された席へと案内する。オープンと同じ20時に、少し恥ずかしそうな顔で鶴瀬さんはやってきた。何度藍に会っても緊張してしまうらしい。


 今夜の目的は、例のタバコについての情報収集。他の予約は全て21時以降に設定してもらったので、ここからの1時間は鶴瀬さんの貸し切り状態。勿論本人は知る由もない。他の会話や、さらにカラオケが始まったりなどすれば必要な情報を聞き出せないかもしれないからだ。

しかし、お客さんに対して聞き込みの真似事、ましてや尋問のような事などあってはならない。あくまで楽しんで貰うのが店としてのメインなのだ。店長の私は静かにバックヤードで様子を見守る事にした。有瀬はまた出掛けているので、私が会話の内容を全て覚える必要がある。


 藍ちゃんは持ち前の明るさと愛嬌で、Kuのリクエスト率No.1従業員。その気になれば連日連夜この店を終日満卓にする事が出来るだろう。彼女の人気は単に顔が可愛いからだけではない。確実に男性を喜ばせる事に長けているのだ。少し気の抜けた喋り方、色気、適度な隙、相手の欲しい言葉を瞬時に判断し言葉にする頭の回転、それらが重なると男性は高い確率で虜にされる。

 さらに恐ろしい事に、虜になったお客さんは皆、藍ちゃんの前では一切の隠し事が出来なくなってしまう。時折、何とか一晩を共にしようと口説きにくる男性もいるが、そういう相手に限って交際相手が居たり既婚、さらには子持ちだったりする。その事実を隠したまま会話を進めていても、気が付けば全て洗いざらい話してしまうそうだ。

 何かを巧妙に隠そうとしても、彼女の前では通用しない。


 鶴瀬さんのファーストドリンクを作りにパントリーへやってきたので、声を掛ける。


 「頼むね、藍ちゃん」

 鶴瀬さんの平均滞在時間は2時間。さらに貸し切り状態は1時間。この間に必要な情報を全て聞き出しておいてもらわなければならない。


 「うん、任せて!」

 

小声ではあったが、同性の私でも少しドキっとするような満面の笑みを向けられる。これに嵌る男性の気持ちもわからなくはない。

その魅力、私にほんの少しでも分けてもらえないだろうか……。そうすれば、あの朴念仁にも少しは伝わるかもしれないのに。まあ伝わったところで、何の変化も無いのだが。


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 今夜は女の子のいない、落ち着いた場所で待ち合わせだった。静かで薄暗く少し不気味な雰囲気さえ漂うこの店は、警視庁時代にもよく使っていた場所。内密な話をするにはもってこいだ。

今週だけでこの男と3度も顔を合わせている。お互い勘弁して欲しいとは思っているが、用があるので仕方がない。昨日の昼間に渡した件が、たった1日で調べが付いたと連絡があったのが夕方頃。警視庁付近に来ているというのでこの店で落ち合ったのだ。


 「随分早かったな」

 

 「ええ、例のアイツが偶然似たような事件を調べていましてね。お陰でいろいろわかりましたよ」

 

 「タイミングが良かったな、それでどうだった」


 「結論からいうと、有瀬さんの言う通り薬物が混ざっていました。近年種類が増え続ける危険ドラッグの一種ですね。この手の物はいたちごっこで、どんどん類似品が出回るんでなかなか法が追い付かない。中でも今回のモノは比較的最近日本に流通し始めている”エデン”ってやつです」


 「”楽園”か、大層な名前だ」


 「作用として、初期段階では緩やかな快楽と満足感が得られるみたいです。それこそ、楽園にいるかのように」


 「皮肉だな、副作用は地獄のようなものだろうに。それで、販売ルートはわかったのか?」


 「多くはアメリカからのネット販売ですね、お香に混入されているケースが多いみたいっす。普通はそのお香をそのまま売りつけるか、薬物の成分を取り出して粉やカプセルに入れるみたいですが…今回はそれを誰かの手でタバコに混ぜて、さらに販売しているって感じですかね。まだエンドの販売方法までは把握できてないっすけど、恐らく手売りか、それに近い形かと」


 「アメリカのサイトで購入している人間の履歴などは追えないのか?」


 「勿論追っていますが、海外のサーバーを何件も経由している上に受け取り場所をコンビニ指定、場所もバラバラなので絞り込めていないのが現状ですね。恐らく仕入れから販売までをマニュアル化して裏で手を引いている奴と、売り子の役割がいるはずです」

 

 大方の予想通り。


 「なるほど、了解。ありがとな、助かった」

 裏の手引き関連は警察に任せるにしても、末端の売り子くらいは探してみるか。それに気になる点もある。わざわざ海外製品を輸入、嗜好品に偽装、さらにそれを老人に売りつける手法が見えてこない。売り子にしたって、もっと楽に売りさばける方法はあるはずだ。


だが、憶測の域は出ないものの、少なくとも川越さんの両親は薬物を摂取する目的があって購入しているわけではなさそうだ。偏見は良くないが、こんな手の込んだ仕入れ方を一般の高齢者が行えるとは到底思えない。知らぬ間に巻き込まれてしまっているだけだろう。自発的でないのであれば、あくまで”被害者”って事で話は進められるはずだ。


 悟はまだ飲みたそうにしていたが、この後にもやる事があるので先に店を出た。

思わぬスピードで貴重な情報を手に入れてくれた礼に、次回は約束通り、藍を連れて美味いものでも食わせてやるか。

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