押入れの中の怪物

青我

*はじめに*

 我が家にあった押入れは、当時どこにでもあるような普通の押し入れでした。


 今の賃貸にあるような、真っ白で清潔感のあるような押入れとは違い、どこか黄ばんでいて、誰かが所々破いた跡のある、はっきりって他所の人には見せられないような代物でした。


 夕方、薄暗くなって来たときのことでした。

 当時幼かった私は、物心ついてから初めて留守番をしたのです。



 いつもなら、家族で賑やかで、何かしら「音」で包まれている安心な空間は


 突如として無音の空間へと変わったのです。



 外はなぜかセピア色の感覚でした。

 きっと、夏日でありながら曇っていて薄暗かったのでしょう。










 だれもいない。










 部屋にも、家にも、外にも、街にも、


 だれもいない。










 たまに通るバイクの音だけが、そこが日常であるという安心感をちょっとだけくれました。



 静寂とともに、無音が耳に激しく語りかけてきました。


 不意に起きる、妙なオト。


 そのオトの先にあるのは、あの押入れでした。





 トクン… トクン…






 頼りない心臓が鳴っている。


 押入れの中―― 何かがいる――?




 胸騒ぎと、心拍数の上昇が、私の不安を大きく煽りました。



 思わずその場で小さくなりながら座り込みました。


 そのとき、気づかなければ良かったと思いましたが、見えてしまったのです。



 押入れの隙間が、少し開いている――。



 その薄暗い隙間から、ゆっくりと手が伸びて、いつでも押入れから出て来そうな何か――。




 押入れを閉めなければならない。


 でも、体は金縛りにあったように動かない――。




 私は……


 その押入れを、閉めることができませんでした。




 その時から始まったのかもしれません。


 私はこう思うのです。

 あの時、ほんの少しの勇気さえあればよかった。


 あの押入れを閉める勇気……。

 いや、むしろ押入れを開ける勇気が。


 その押入れを開くことも、閉じることもできなかったから私は今でも思うのです。



 押入れの中にいた怪物は、今でも私を隙間から覗いているのだと。





 これは、そんな恐怖心を克服できなかった、幼かった頃の主観による体験談です。


 ――押入れの中の怪物

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