魔族乱入
「騎兵隊、突撃! 人間共に悪夢を見せてやるぞ!」
ドゥファン領と並ぶ国境をなす領、ラポワリー公爵領。
土地としてはさほど広くないが教国および帝国との国境に位置し王国の要衝とされる重要な地点。
そんな領地が今、魔族の足で踏み荒らされていた。
「う、うわああああああああああああああっ!?」
人類の兵士の隊列が次々と魔族の騎兵隊――銃を持ったデュラハンとケンタウロスの混成部隊に蹂躙されていく。
騎兵隊を指揮するのはケンタウロスの指揮官、ガルバである。
ケンタウロスでありながら上半身に重装備をまとった彼は片手にソードオフショットガンを構え騎兵隊の先頭を行く。
馬の機動力で突進し槍や剣、そして銃での攻撃をしてくる騎兵隊はまさに驚異で人類は後退を余儀なくされる。
だが、魔軍後方からの曲射砲射撃が人類の撤退を許さない。
引いていく兵士達めがけて曲射砲が榴弾の雨を降らせるのである。
更に、人類後方の陣を魔族の騎竜兵で構成された空軍が攻撃する。
空軍を指揮するのはガイウェルである。四将でありドラゴニュート隊の将である彼は、空軍の副将をも淀美に任されたのだ。
「敵陣発見! 第一爆撃中隊! 急降下爆撃開始! 第三戦闘騎中隊は地上の弓兵、魔法兵を狙え!」
ガイウェルの指示により騎竜隊の一部が急降下爆撃を開始、さらに他の騎竜が地上目標を狙う。
その騎竜隊の後ろから遅れて空からやってくる部隊がある。ハーピィやガーゴイルと言った有翼の魔族達である。
有翼魔族達は後詰として運用されることが多く、今回の戦場でもそうした働きをしていた。
「キシャアアアアアアア!」
「くっ、化け物共めっ……!」
有翼魔族達の攻撃は先の騎竜兵の攻撃で陣形や主力兵をズタズタにされた公爵領兵にとっては痛烈な打撃を与えている。
魔族の圧倒的な優位。そんな戦場を一人静観している女がいた。
「ふむ……とりあえずは上の中、といったところか」
奉政である。
この戦場の指揮を取っているのは彼女であった。
「奉政様! 敵主力部隊壊滅しました! このまま進軍いたしますか?」
「そうだな。このままこの領地を落としてしまおう。……しかし、これでは研究成果の実験台には不相応だな……」
奉政は伝令のドラゴニュートにそう言うと仮面の奥で若干つまらなさそうな顔をし、すぐ後に苦笑する。
「研究成果を試せない事を残念に思うとは、私もあの狂人に当てられてきたらしい……自戒せねばな」
「奉政様……?」
「ああ、なんでもない。ではいこうか。この領地の人間共を根絶やしにするぞ。それと、先行している部隊をこの地域の魔族信奉者に接触させそれぞれの部隊を合流させろ。もちろん、最前線で戦う兵達を信奉者達にするためにな。奴らには、存分と望んでいる死を与えてやろうじゃないか」
「はっ!」
伝令兵は奉政からの指令を受けると、それを伝えるためにまた前線へと飛んでいった。
「本当は姿言葉を遠くに伝える投影魔法が戦場でも設備なしで無線のように使えるとこのように伝令に頼らなくてもいいのだがな……まあ、そこまで都合良くはまだならんか。占領地のインフラ整備も、政治の仕事か」
奉政はそう言いながら近くにとどめておいたバイコーンにまたがる。
ケンタウロスやデュラハンといった専用の馬や馬の体を持ったもの以外の魔族で陸路を行くときは、馬の代わりにバイコーンを利用することも多く、今回の戦場でも奉政は馬車ではなくバイコーンにまたがって移動していた。
「政治家達の道楽に付き合うために乗馬を覚えておいてよかった……とは言え、車が恋しいな……」
懐かしむようにバイコーンの歩みを進めさせる奉政。
その表情を冷たく凍らせながら、彼女はラポワリー領侵攻の最後の詰めに入っていくのだった。
「報告いたします! 奉政様がラポワリー領を陥落させました!」
その報告は、富皇と淀美がドゥファン領を陥落させた二日後に彼女らの耳に入ってきた。
「あら、案外時間がかかったようね」
「そりゃな、ラポワリー領は三国の境界線に接する要衝だ。当然、配備されてる兵力はあっただろうし、城も堅牢だっただろうさ。むしろこのドゥファン領が呆気なさ過ぎたんだよ。いくら魔族信奉者共が事前に荒らしてたからってさ」
「ま、それもそうね」
二人はドゥファン領の最後の防衛線であったドゥファン城の玉座の間で話していた。
玉座の間は荒れに荒れており、ひどい戦いがあったことがひと目で分かる。
すべては魔族と人間の争いの結果の姿であった。
「とにかく、これでようやく足並みを揃えられるな」
「ええ、信奉者共が時間稼ぎしてくれているとはいえ、多方面に軍を展開するにあたって足並みを揃えることに越したことはないですものね。時間稼ぎは所詮時間稼ぎ。無駄に軍を突出させればかえって時間を浪費するだけですもの」
「アタシらはいつ包囲網を作られてもおかしくないからな。奉政がやった帝国への工作も、いつまで効力を発揮し続けるか分からないし」
「あら彼女の策を信じてないの?」
「そうじゃないけど、楽観視はできないって話さ」
仮面の位置を右手でいじりながら淀美が言う。富皇はそんな彼女に笑いかける。
「そうよね、あなた達、仲がいいからこそ下手な感情を挟んだりしないものね。ちょっと妬けちゃうわぁ」
「はぁ? 何言ってんだよ……普通だよ普通。というか、あんたに嫉妬なんて感情あるのか?」
「まあひどい。私をなんだと思っているのかしら」
非常にわざとらしく拗ねた素振りを見せながら言う富皇。
淀美はそんな彼女の姿に呆れ返った様子で言う。
「人類史上最悪の殺人鬼にして、異世界の魔王、だが?」
「そう。褒め言葉として受け取っておくわね」
「ご自由に……」
ニッコリと言う富皇に苦笑しながら両手のひらを上にあげひらひらさせる淀美。
二人がそんな会話をしているときだった。
「あ、あの魔王様方……」
玉座の間に一人の男が腰を低くしながら入ってきたのだ。
その男は黒いローブで全身を覆い、フードで顔を覆っている。紛れもない魔族信奉者だった。
「ん? なんだお前」
「へへぇ……わたくしはここの魔族信徒の長をやっているものでして……その、魔王様方に折り入ってお願いが……」
「何かしら。領地にある食べ物や金目のものはすべて好きにしていいとしたけれど、他に何か?」
富皇が仮面の奥から鋭い目線でせせら笑いながら睨みつけると、男はビクリと体を震わせる。
「ひっ……! い、いえそのですね。魔族様方はこのまま侵攻なさるのですよね? そうすると、ここの統治はどうなるのかなと……統治に兵を割くよりは、我々信徒にお任せ頂かせてもらったほうがよろしいのではと……」
「ああ、つまりここの新たな領主になりたいと言うわけね、あなた」
「へへへっ……! まあその、その通りでございまして……!」
男は媚びた笑みでニヤつきながら言う。富皇はそんな男に「ふぅん……」と言いながら歩み寄る。
近づく富皇に、男は体を強張らせる。
富皇は男の目の前まで行くと、彼の肩にポンと手を置いた。
「ひっ……!」
「欲深い事を隠さない人間は、好きよ?」
「へっ……? へっ、へへへ……ありがとうございま――」
男が礼を言おうとした、その瞬間だった。
――ボウッ!!
一瞬にして紫色の炎が男の体を包み込んだのだ。
「――ぎゃああああああああああああああああああああっ!?」
男は悲鳴を上げるも、その場で転がる暇すらなく、ボロボロと灰となって崩れ落ちていった。
「でも、そういう欲深い人間に一瞬だけ夢を見せて殺すのは、もっと好きなの」
穏やかな笑みを浮かべながら言う富皇。
「おお、怖い怖い……ああはなりたくないもんだ……」
彼女の笑みを見て、淀美は冷や汗を流しながら苦笑いして言ったのだった。
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