24.英雄ニグリス


 エラッドとの戦いが終わり、数日が経過した。

 俺たちはその日、王に謁見するためにやってきていた。


 王国の威厳を象徴するであろう王の間は、それほど豪華絢爛ではなく閑散としていた。どうやら王国の王はそれほど装飾にこだわりを持っていないようだ。それでも西の大陸一と呼ばれる大国の主が座れば、荘厳とした雰囲気がありそうだと思えた。


 俺たち一行は王座の間の中央に立たされ、貴族や権力者たちに奇怪な眼差しを向けられていた。


「あれが貧民街の女帝に……エルフの奴隷だぞ」

「何よ、ジロジロ見て」

「貴様っ! ニーノ人の癖に我々貴族に対して頭が高いぞ! 斬り殺されたいのか!」

「はぁん? あたしとやろうってわけね! いいわよ、魔法ぶっ放してやるから」


「やめんか……アリサ」

「これだから貴族はムカつくのよ! む~……」

「今は抑えろ。後で魔法撃たせてやるから」


 不貞腐れるアリサの首根っこを捕まえて、連れ戻した。

 アリサだけが露骨に軽蔑の目を向けられている。差別の対象というのは、人にとっては分かりやすい悪なんだろうな。

 

 全く、貴族と喧嘩をするのは構わないが場所を考えろ。


「国王陛下が参られたぞ」


 その声に場が唐突に静まり返る。


 エラッドは支配魔法陣を宮廷に展開していたようで、王国の重鎮や幹部を始めとした人間はみな操られていた。

 エラッドが居なくなったお陰で支配下から解放され、記憶を取り戻した王が原因を究明し俺たちを見つけた。


 国王陛下、ブランク王が王座に座ると宰相や参謀役の人間たちが跪く。

 俺もそれに習おうかと腰を曲げると、ブランク王が焦った様子で話しかけて来る。


「おぉダメだ。国を救った英雄に頭を下げられては困る」

「は、はぁ……」


 周囲にいる貴族たちからは軽蔑の眼差しが送られている。

 学もなければ礼儀も知らない平民が王の前にいる。しかも、王からも目を掛けられ、これからは英雄と呼ばれる存在だ。

  

 それだけで、彼ら貴族にとっては邪魔なんだろう。


「陛下、相手は平民。頭を下げさせねば、陛下の威厳に関わるのではないでしょうか」


 近くに居た宰相が耳打ちしている。

 わざと俺たちに聞こえるような声で、だ。


 少しだけ腹が立たないこともないが、関わりたくないと思えば我慢はできた。


「我が王国を救った者たちに頭を下げさせれば、威厳だけの無能である証だぞ。宰相よ」

「で、ですが……」

「君主が信義を守り、民を慮り言行一致をしなければ国王ではない。本来、頭を下げるべきなのは我々なのだ」


 フェルスは緊張した面持ちで硬直していて、アリサは先ほどの侮辱してきた貴族を舌を出して馬鹿にしていた。

 ……敵が増えたら厄介だからやめろってのに。


「英雄ニグリス。そなたの功績を称え、貴族である大将軍の地位を授けたいと考えておる」


 貴族たちだけでなく、その場に居た全員がどよめいた声を漏らした。


「大将軍だって?」

「宰相と肩を並べる地位じゃないか……っ!」

「ブランク王国始まって以来初の平民から大将軍じゃないか!?」


 大将軍。

 貴族の最高位であり宰相や最高位貴族たちと肩を並べる地位だ。


 だが、いくら何でも急すぎる昇格だ。

 

 これを受ければ俺は一気に敵を作ることになるし、今度はこれをきっかけとした王国内での紛争に発展する可能性がある。


 今いる貴族たちを差し置いて平民が上になるなんて、腸が煮えくり返る気持ちだろうな。


「陛下。お考え直しください!」

「平民がいきなり大将軍などあってはなりません!」


 多大な反発。


 ブランク王も反発があると分かっていながら、それに値する働きを見せたと俺たちへ誠意を貫き通したいのだろう。


「……陛下、俺は大将軍の地位は要りません。今はエラッドの支配魔法陣が解除され、ようやく国としての機能を取り戻し始めた頃です。混乱の最中に新たな火種となることは避けたいと考えています」


 冗談ではない。ただでさえ、厄介事を抱えているというのにこれ以上は御免だ。


 俺は権力者や地位が欲しかったんじゃない。

 信頼できる仲間が居ればいい。


「……思慮深く、聡明な者であったか。すまない、焦ってしまったようだ。ではどうしたものか」


 ブランク王は少し考える仕草を見せた。

 褒美を取らせるにも、財宝や地位では物足りない。


 俺が望む物も分からないのだろう。

 

 であれば、俺の望むことではないにしろ聞き入れてもらえることを願うか。

 みんなが幸せになる願いだ。


「陛下。恩賞が頂けるのでしたら、いくつかお願いしたい事があります」

「そうか!」


 悩んだ素振りから解決され、ぱっと表情を明るくするブランク王。

 やはり答えが見つからなかったのだろう。


「貧民街を正式に認め、裏取引の温床である奴隷売買の廃止をお願いしたくあります」

「……貧民街に裏取引か」


 王国内でも貧民街は目の上のたんこぶであった。

 管理の行き届かない流れ者や盗賊たちが跋扈する場所だ。


 犯罪者が多いことは知っている。

 それでも変わろうとして変わった人達がいた。


 そのお陰で今の貧民街は犯罪なんてほぼ起きていないし、フローレンスのお陰で統治もされている。


 頭に来たのか、宰相が声を荒げた。


「平民風情が……王国の秩序を乱すつもりか! 王国、冒険者ギルド、聖教会の三大勢力でこの王国は均衡が保たれていると知らぬのか!!」

「黙っておれ。今は英雄ニグリスの願いを聞く場であるぞ」

「で、ですが……」


 それ以外にも騒ぎ立てる貴族たちをブランク王が一瞥すると皆は黙り込んだ。

 

「分かった。それが願いであれば聞き入れよう。裏取引の取り締まり。それとこれより貧民街を正式に認め、全面的な支援をする……そなたが貧民街の女帝か」

「なんじゃ? あぁ、感謝もせねば敬語は使わぬぞ。妾には似合わぬ」

「結構。これからも統括を任せるとしよう」

「陛下……っ! 相手は平民ですぞ……っ!」


 溜息交じりに王座へ戻るブランク王。

 貴族たちからの反発が来ることは分かっていたのだろう。


「大将軍にすることも反発し、貧民街を認めることも聞き入れられぬ臣下ばかりではないか。余は恥ずかしいぞ」

「……陛下、皆王国の安泰を願っての進言でございます」

「分かっておる。だが、これ以上の反発は反逆罪とみなし即刻打ち首と心得よ」


 フェルスが俺に耳打ちする。

 

「ニグリス様……もう一つだけ、商売特許の申し出を願ってみては如何でしょうか」

「商売特許?」

「はい……貧民街で裏取引が多発するのは商売特許を持っている人が居ないからです」

「……なるほど」


 俺はフェルスの提案を受け入れてブランク王へ商売特許を貰えないかと願い出た。

 もちろん快諾してもらい、俺は商売特許を手に入れた。


 貴族たちは眉をひそめて何も分かっていない様子だったが、俺は後から商売特許について知って、フェルスの頭の良さを知った。


 商売特許は王国内でも有数の商人しか持っておらず、その庇護下にある者のみが商売をできるという物であった。


 既に大きな商人しかいない王国では、商売特許の認識は薄れていたようだ。


 どうやらこれで、貧民街での商売は俺の庇護下である限りは合法となり、その手数料で膨大な富が手に入ると教えてもらった。




 一見すれば謙虚で人のために尽くす英雄。

 だが、商売特許の申し出の意味を理解できた一部の貴族は戦慄していた。


 英雄ニグリスは、相当に頭が切れる人間であると。


 

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