11.選び取れない者


 その日の夜。


 カツン、カツンと大貴族・エラッドの屋敷内に足音が響く。

 そうして、テラスのある部屋へやってくるとジャンヌは聖剣を抜いた。


 エラッドは分かっていたかのように、ジャンヌに拍手を向ける。


「よく来たねぇ! 素晴らしい姉妹愛だったよ。それにニグリスは強かっただろう」

「……エラッド。貴様がアルテラをあの場へ導いたな」

「……その話か。もう興味はないんだが、しなきゃダメかい?」


 辟易した様子で、エラッドはジャンヌと向かい合う。

 ジャンヌはニグリス達に嘘を付いていた。


 全ての決着を一人でつける為、単独でエラッドに挑んでいる。勝つ自信もあったが、一番は責任感があったからだ。

 自分がエラッドを狙ったから、アルテラは記憶を消され貧民街に堕とされた。

 

「まぁ、君が彼にアルテラを預けるとは、分かってはいたがね」

「どういうことだ?」

「これ、なんだと思う?」

 

 エラッドは一枚の紙をひらひらとジャンヌに見せびらかした。そこには聖教会の正式なアルテラへの死刑宣告が書いてあった。


「貴様っ! それはどういうことだ!」

「どういうこともないだろ? 君の監視下にあったからこそ、彼女は生かされていた。僕は悪くないぜ? 君が貧民街から連れ帰れなかったんだろ?」

「……っ! なぜ、そんなことを。なんの意味がある!」

「意味? 意味なんかないに決まってるだろ。しいて言えば、面白そうだからさ」

「面白い……? 人を欺き操り貶め、何が面白いんだ!」


 それでも笑みを崩さないエラッドに不快感を隠さないジャンヌ。


「君に残されている選択肢は二つだ。このままアルテラを殺し聖教会に残るか。聖教会の命令を破り、反逆者として貧民街へ行くか。ほら、君はどっちを選ぶんだ? それとも、選び取れずに死ぬかい?」


 どちらも残酷な道に間違いはない。

 聖教会が本気でアルテラを殺しに来るのなら、ジャンヌ一人では太刀打ちができない。


 少なくとも、聖剣はこの世界で七本ある。聖剣持ちが二人でも集まれば、例えニグリスと言えども負けるだろう。


「……私は、そのどちらも選ばない」

「なに?」

「この聖剣で貴様を斬り殺し、アルテラを幸せにする道を選ぶ」


 ジャンヌは覚悟を決めていた。アルテラの手の綺麗な手を見た時、ふと思っていた。

 このニグリスという男の傍に居れば、アルテラは幸せになれるんじゃないか。


 私ではできなかったことを、あの男に託してみたいと思った。


「……ふふっ馬鹿だねぇ」

「その薄ら笑いが私は気に入らなかった。あなたがどんな魔法陣を使おうが、私の聖剣はその魔法陣を切り裂く。命乞いは聞きません」

「展開(オープン)」


 蹴った足は止まらない。

 同時に室内に小さな魔法陣が無数に展開され、ジャンヌは囲まれる。


 

「聖剣の効果を僕が知らないと思っているのか?」

「それでも、対策はできないっ! 楽に死ねると思うな!」


 障害となるであろう魔法陣を二つに斬り、消滅させる。

 ジャンヌは近距離で、ニグリスへ放った力よりも遥かに強い光で聖剣を振り下ろす。


栄光アロンダイト・の剣グローリーッ!!」


 闇に光が差す。


 流石のエラッドも狼狽え────笑った。


 パラ……パラ……と、瓦礫が落ちる。


「あーあ……僕の屋敷が半壊じゃないか」

 

 困った子だ。

 あの一瞬で全力を放ったのは流石と言わざるを得ないな。

 

「だが、僕の反転魔法陣には気付かなかったみたいだね」


 咄嗟の機転、ではなくエラッドは初めから狙っていた。

 聖剣に勝つ方法は唯一、聖剣である。


 ならばその攻撃を反転させてしまえばいい。


 ジャンヌは敗北した。

 

 瓦礫に埋もれて、真っ赤な血が広がったジャンヌの前に立つ。


「君の剣じゃ、僕には届かないよ」


 血生臭さが風に乗っていき、肌寒い風が心地いい。


「殺しはしない。姉妹愛ってのはまだ役立つからね」


 カラスが夜空を飛んでいた。

 

「治癒師ニグリス。君は仲間を失ったらどんな顔をするんだろうねぇ」

 

 新しく生み出した魔法陣を見て、ニタニタと笑う。

 その魔法陣は、対ニグリス特化型魔法陣。


 が刻まれていた。


 

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