18.Sランクパーティーは堕ちる


 盗賊紛いのことをしているアゼル達に、俺は言葉を失うしかなかった。

 いくら何でも短絡的過ぎるし、考えなしなんてもんじゃない。


「お前、自分が何してるのか分かってるのか?」

「ニグリス様? あの、お知り合いですか?」

「なんだよてめぇ。一丁前に仲間居たのか? 見たところ奴隷じゃねえかよ。もう一匹は……うわっ! ニーノ人とかマジか」


 アゼルの言葉が耳に届かないほど、俺は混乱していた。

 装備を奪われただけで商人の馬車を襲うか?

 いや、おかしいだろ。


 俺はそこまでコイツらを追い詰めたつもりはない。


「装備を奪われて自棄になったのなら、返してやるからやめろ」


 せめてもの譲歩だった。

 俺だってアゼル達を苦しめたい訳じゃない。


 甘いとは分かってはいる。でも、それが俺なんだ。


 違うな。少し前の俺なら苦しめていた。

 俺は変わった。フェルス達と関わっていて変わったんだ。


「ブハハッ! 馬鹿じゃねえの!」

「どういうことだ……っ? 違うならなんで」


 装備を奪われ、ムシャクシャしてやってしまったのならまだ分かる。

 アゼルは短絡的だ。

 その周りに居るメンバーもみんなそうだ。


「なぁニグリスゴミクズ。てめぇは貧民街の女帝と仲良かったよなぁ?」


「……だから、なんだ」

「お前を俺様のパーティーに戻してやる! 嬉しいだろ? なぁ、喜べよ!」


 この状況で何を言ってるんだ。アゼル、貧民街を襲った理由やフローレンスを狙う理由が分からない。

 フェルスは全てを察したようで剣に手を据えている。アリサは半眼のまま手遊びしていた。


「それとこれは関係ないだろ。それに俺が戻ると思ってるのかよ」

「貴族になりたくねぇのかぁ? 貴族になれば地位がもらえて働かなくても暮らせる。平民どもは土地を豊かにし、それで俺達は金持ちになる。最高じゃねえか」


 アゼルは現実を知らないのか。

 土地を支配するということは、その地で暮らす人々の安全を保障しなければならないんだ。

 その責務と責任が領主には必要だ。そんなことすら知らないのか。


 それにフローレンスと仲が良いこととパーティーに戻すことに何が関係あるんだ。


「貴族に興味はない。戻って来て欲しいにしても、態度が違うだろ」

「あぁ……っ? 態度? なんだお前、もしかして俺様に土下座しろつってんのか……っ?」


 何か言えば、アゼルは剣の矛先をこちらへ向けるだろう。

 一触即発であることは言うまでもない。


「へっ、今の発言は見逃してやるよ。俺はなぁ、大貴族。宰相の右腕から貧民街の女帝を殺す依頼を受けて貧民街に行ったんだよ!」


 フローレンスを殺す!?

 コイツ、最初からそのつもりで……っ!


「ゴミ山のガキ大将やってねぇで、こっちに来いよ。今なら戻してやるぜ? 貴族になれるチャンスだ……っ! なのに、冒険者ギルドには新人殺しをバレちまうし、やってらんねえよぉな? 俺様が可哀想だと思わねえか?」

「……殺した? 仲間をか?」

「あぁ、殺した。お前だったら死ななかったのになぁ。可哀想だよなぁ。お前が抜けたせいで死んだんだからなぁ! 人殺しなんだよお前はっ!」

「ニグリス様を侮辱したなっ」


 フェルスが我慢できず一歩踏み出した。だが、俺はそれを制した。

 ダメだ、フェルスが手を下すべきではない。


 この男は、決定的に歪んでいる。

 

 感情の欠落ではない。

 

「アゼル。俺は別に、お前を恨んじゃいない」


 話し合うことはできない。俺がいくら歩み寄っても、アゼルは離れていくんだ。

 呼び起こされる記憶は、アゼルに暴言を浴びせられ、暴力を振るわれ、仲間だと信じて裏切られた。

 それを俺は反抗せず黙って聞き入れた。許せないことは多い。


「でも、仲間を殺すって言われて黙ってる訳ないだろうが」


 つい口が悪くなる。

 アリサがため息を吐いて前に出た。

 表情でこそどうでも良さそうにしているが、杖を力いっぱい握っていた。


「ねぇ、そろそろやって良いかな? 全力でぶっ放したいんだけど」


 アリサの全力であればアゼル達は一瞬で灰になる。

 でも、俺達はあくまで馬車の人たちを助けに来たんだ。アゼル達を殺しに来たんじゃない。

 アゼルのあまりの自己中さにムカついてるのか。その気持ちは分かる。


「ダメだ、殺す気か。それに馬車も近くにある。二次被害を考えろ」

「……分かったわよ、もう。じゃあ、あのアゼルっていう男と魔法使いは放置するから。他のメンバー相手していいのよね」

「頼む」

「本当はあの男を相手にしたいんだけどね。雑魚は任せて」


 アリサが相手にしようとしているのは、盾役のオーガスと聖職者のアンという二人だ。会話はあまりなく、パーティー内でも黙っていることの多い二人だった。

 

 あんまりやり過ぎるなよ、と内心で思っているとアゼルが飛び出してきた。


「俺様の言う事聞けねえのなら、死ねや!」

「ニグリス様!」


 振りかぶって来た剣を躱し、そのまま林の中へ潜っていく。

 しかし、それが狙いだった。


 分断してしまおう。あのままあそこで戦っていたら、フェルスがアゼルを殺す可能性がある。俺に膝枕してくれた時の殺気は本物だ。


 フェルスの手を汚したくない。

 ようやく、自分で歩き出したんだ。


 こんな奴を殺して、重荷になんかさせてたまるか。


 その責任は、俺が持つ。

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