13.フェルスとの夜

 

 その日の晩。

 俺は気分が悪くて早めにベッドの中へ潜った。久々にパーティーのことを思い出したからだろうか。

 強がって気にしていないふりをしていても、頭の片隅で意識してしまう。

 忘れよう。大事なのは今だ。


 しかし、寝付けないな。

 起き上がって薄暗く曇った夜空を眺める。


 せめて月が見えていれば気分が違うのに。


 コンコン……とノックが聞こえる。


「に、ニグリス様。お休みになられたでしょうか?」

「フェルスか。どうした?」


 流石にメイド姿ではなくて、パジャマを着ていた。枕を抱いていて照れ隠しなのか顔を埋めている。

 もう出逢った頃の面影はなくて、12歳だと言われなければ分からないな。


「あ、あの……一緒に寝てもよろしいでしょうか?」

 

 一緒にとは、同じベッドで?

 ま、待て馬鹿か俺は。そんな気持ちで誘ってくるはずないだろ。


 そうだ、出会った頃だって寂しいのか同じベッドで寝たいって言ってたじゃないか。

 きっと寂しいんだ。


 外見は大人に見えても、内面は12歳の少女なんだ。勝手に勘違いして暴走したら、フェルスに顔向けできなくなるぞ。


「分かった。俺は床で寝る」 

 

 いつも通りに対応すればいい。

 久々だからすっかり忘れていただけだ。


「い、いえ……一緒がいいんです……っ!」

「それは流石に恥ずかしいというか……せめて守らせて欲しいラインなんだ」

「ライン? ただの添い寝なんですけど……ダメですか?」

「だ、ダメだ」


 フェルスがそっと視線を落とす。

 落ち込まれると罪悪感が出るからやめてくれ!


「どうしてもですか?」

「命令だ」

「……分かりました」


 納得してもらえたようで何より。

 そう思っていたら、フェルスは俺の傍によって正座した。


「ではどうぞ、ニグリス様」

「え……」


 ポンポンッと太ももを叩き、催促している。

 膝枕、だと?


「私が床になりますから、ニグリス様はどうぞ床に寝てください」

「……考えたな」

「はい。自分で考え、行動に移す。ニグリス様が私に教えてくださったことです」


 俺の記憶の中に居るフェルスは、一緒の食卓に着くのですら怯えて、ハンバーグも泣きながら食べたチビの姿。

 俺が変えたのなら、責任は取るべきか。


 羞恥心を殺し、恐る恐る頭を置いた。


「……頭撫でる必要はあるか?」

「私がしたいことなのです」


 優しい声音で撫でて来る。

 ……なぜこうなった。

 

「ニグリス様の居たパーティーのお話を聞いて、とても辛くなりました」

「そうか。悪い気分にさせたのなら謝る」

「いえ! どちらかと言えば怒りを覚えました。頑張ってこられたニグリス様にあんな扱いした奴らをこの手で……す、すみません」


 尻目にフェルスを見ていた。

 一瞬だけ殺意が出たな。忠誠心が100だとここまで慕ってくれるのか。


 笑みが零れそうなのを我慢して、深く横になった。


「フェルス。奴隷の首輪、外すか?」


 唐突に提案したことに驚き、動きが止まる。

 俺は元々考えていた。


 フェルスを奴隷として扱いたくない。首輪を外したいとも考えていたが言い出す機会がなかった。


「俺が外す気になれば、その首輪は外れる」

「……えっと」


 自分から外してください、とは言いづらいのだろうな。

 でも、誰だって奴隷のままは嫌だろ。


 そう思って、首輪に手を伸ばした。


「嫌です」

「えっ」


 意外な発言だった。

 奴隷のままがいい、なんて言うとは思ってもみなかったからだ。


「これは……ニグリス様との出会いであり、繋がりです。深く繋がっていると感じられる大事な物なんです」

「そ、それだと奴隷のままだぞ?」

「ニグリス様の奴隷であれば私は満足です。外したくありません……」


 頭を掻いた。

 そこまで言われると外す訳には行かない。

 

 本人が外して欲しいと言うまで待つか。


「そんな大事な物になってるなんて知らなかった。すまん」

「い、いえ……っ! そ、それよりも眠れるまで膝枕致します!」

「いや、辛いだろ」

「しゅ、修行です!」


 そういうのなら、飽きるまで付き合ってやるか。

 すっかり嫌な気分は消えていて、前のパーティーなんかどうでも良くなっていた。

 

 肉付きのよい柔らかな太ももに、今度は安心して眠気が誘われる。

 この状況で寝るのは……フェルスの指導者として不味い気がするけど……眠い。


 


 

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