第54話 エピローグ

 夢幻亀討伐後のパレードは三日三晩続いた。

 それだけ国民達は夢幻亀の存在に絶望し、討伐されたことを喜んでいたのだろう。

 だが、俺だけは素直に喜べなかった。

 今回の一件が闇の精霊の仕業だと踏んでいるからだ。


『ファフニール、今回の一件は闇の精霊の仕業だと思う?』


 俺の頭の上で体を丸めてくつろいでいるファフニールに話しかけた。


『どうだろうな。だが、妖精の時の一件を見ると無関係とは思えん。あれだけの力は異質すぎる』

『うん。俺もそう思う』


 ルーン文字を扱うことの出来る謎の精霊。

 本当に存在するのかも怪しいところだ。

 王都にある図書館で精霊についての文献を漁ってみたが、闇の精霊の情報は何も得られなかった。

 闇の精霊については文献を漁って解決する問題ではないな。

 精霊に闇の精霊について聞いてみるのが最適だろうか。


 精霊となると……精霊魔法を使える者に会いに行く必要があるな。

 しかし、人族では精霊魔法を使える者は滅多にいない。

 それは種族的に精霊魔法の適性がないことが原因だ。

 つまり、他種族の領域に足を踏み込んでいかなければならない。

 ラスデアから近くて、最も精霊魔法に適性のある種族はエルフ族だ。

 そろそろ王都リードルフを出発して、エルフの森を目指してもいいかもしれないな。


 朝食後、部屋の机に座りながらそんなことを考えていると、扉がノックされた。


「ノア、今日もラスデア語の勉強をしよう」


 アレクシアが部屋にやってきた。

 話している言語はラスデア語。

 学び始めてから今日で丁度2週間ぐらいで結構話せるようになってきている。

 かなり上達が早いのではないだろうか。


「分かったよ。でもその前に少し話しておきたいことがあるんだ」

「なに?」

「そろそろ俺はこの街を出ようかと思うんだ」

「どうして?」

「夢幻亀を召喚したのは闇の精霊というルーン文字を扱う存在だと思っているんだ」

「ルーン文字……気になるね」

「ああ。だからそいつを倒さない限り、根本的な解決にはならないと思う。また同じような出来事が起きたとき、今回のように上手くいくとは限らないから」

「そう。ユンとお別れするのは少し寂しいけど、それなら仕方ないわ」


 アレクシアの発言を聞いて、俺は違和感を覚えた。


「……もしかしてアレクシアは俺についてくる前提だったりする?」

「うん」

「これから誘おうと思ってたんだけど、手間が省けたね」

「私はノアと一緒にいたいからどんなところでもついていくわ」

「お、それは嬉しいし心強いな。アレクシアがいれば百人力だ」


 こうして話していると本当に家族みたいだ。

 妹とかいるとこんな感じなんだろうか。


「それでまずはどこに向かうの?」

「エルフの森に向かおうと思ってる。エルフは精霊魔法が使えるから闇の精霊の手がかりを何か得られるかもしれない」

「分かった。このことはユンにも話さないとね」

「ラスデア語の勉強が終わったら工房に行こうか」

「ユンは魔導具作りに集中してるとかなり待たなきゃいけないから、今のうちに行くのが良い」

「あー、それもそうだな」


 というわけでユンの工房にやってきた。


「あら、ノアとアレクシア。こんな時間に来るなんて珍しいじゃない。どういしたの?」

「実はユンに伝えておきたいことがあってね。そろそろここを旅立とうと思うんだ」


 そう話を切り出して、ユンに闇の精霊について話をした。


「……そう。ついに旅立っていくのね。いつ出ていくの?」


 ユンは寂しそうな顔をして言った。


「特に決めてはいないけど、早い方がいいな。闇の精霊が次何をするか分からないから」


 居心地が良くて、つい長居してしまった。

 それにアレクシアにラスデア語をちゃんと覚えさせておきたかった。

 俺と一緒に来てくれなかったとき、言語が分からないと相当苦労するだろうからね。


「そうね! またあんな化物が現れたら堪ったもんじゃないわね! 旅のことは安心して! 私がノア達用の魔動四輪車を作っておいたわ!」

「俺達用?」

「ええ。ルーン文字で結構融通が利くみたいだから動作内容を省いた本体だけを作成しておいたの。ま、動かすなら勝手に動かしてっていう状態のものよ!」


 ユンは工房の隅にあった四輪車に人差し指を向けた。

 確かにユンの言う通り、現代の魔術言語よりもルーン文字の方が色々と都合がいい。

 制限が少なく、様々な条件を加えることが出来る。

 しかし、こういったものを作るのはユンの魔導具技師としてのプライドに傷がつくだろう。

 俺達のことを思ってくれているからこそ作成できる代物だ。


「本当に何から何まで世話になったな。感謝してもし切れないぐらいだ」

「ありがとう、ユン」

「う、うう……! 二人共ありがとう~! 寂しいよぉ~!」


 ユンは涙を流しながら俺達に抱き着いた。


『ぬおっ!?』


 ファフニールは咄嗟に避けるように空中へ飛んだ。


「また会いに来るさ」

「ユン、私も寂しい。一緒にいこう」

「嬉しいけど、残念ながらここを長く開けるのは出来ないわね……。色々と仕事も山積みだから……」

「そっか。じゃあ仕方ないな」

「ユン……」


 アレクシアも涙を流していた。

 俺も目頭が熱くなったけど、なんとか我慢する。

 ユンは涙を拭って、笑顔を浮かべる。


「旅立ちは早い方がいいのよね! ならもう旅立ちましょう! ……今旅立ってくれないと私も付いていっちゃいそうになるから!」

「ず、随分と急だな……」

「いいからいいから! ほら、行った行った!」


 半ば強引にユンから背中を押され、もう旅立つことに。

 ファフニールは呆れたように呟く。


『そんなに付いていきたいなら行けば良いではないか』


 きっと、それが出来たら苦労はしないのだろう。

 ユンは色んな人と繋がりがあって、俺が想像もできないほど責任のある立場なのだと思う。

 そんなユンが俺達と一緒に王都を離れるなんてことは出来ないのだろう。

 残念だが、仕方ない。


 俺は《アイテムボックス》を利用し、魔動四輪車を屋敷の外へ運ぶ。

 魔動四輪車にルーン文字を記して、動作内容を与える。

 魔石が内蔵されているため、今すぐ使うことが出来る。


「じゃあこれでお別れだな」

「そんなことないわ! また会いに来てくれるんでしょ?」

「ははっ、そうだな。必ず会いに来るよ」

「料理も美味しかったから、また食べに来ないと」

「アレクシア……それは私じゃなくて雇ってるシェフに会いに来ることになるわよ!」

「じゃあそうする」

「そうするなー! 私に会いにきなさーい!」

「はははっ!」


 アレクシアとユンも冗談で笑い合っていた。

 出会った当初よりもアレクシアの言動や表情は柔らかくなった。

 現代にかなり慣れてきた証拠だろう。


「それじゃ元気でな」

「ユン、バイバイ」

「ええ。ノアとアレクシアも元気でね!」


 そして、魔動四輪車は出発する。

 空は青く澄み渡っていて、王都に暮らす人々の音が聞こえてくる。


「あ、ノア様とアレクシア様だ!」

「なんか珍しい乗り物に乗ってるぞ!」


 そして色んな人から声をかけられるようになった。

 アルデハイム家から追い出されて、本当に色んな出来事が起きたと思う。

 まさか古代民族と仲良くなったり、英雄と呼ばれるようになったり、大金持ちになったり、父上から認めてもらったり……予想すらしていなかったことが沢山起きた。


 色んな文化に触れたい、それだけを理由に世界を旅したいと思っていたが、今は少し変わった。

 闇の精霊を倒さなければいけないし、ルーン族についても知りたいと思っている。

 きっと、これから先も俺の目的は絶えず変わっていくのだろう。


「ノア、笑ってる。楽しいの?」


 隣でアレクシアが首を傾げていた。


『どうせまたなんか考えていたのだろう』


 ファフニールにまで言われてしまった。

 ……どうやら俺は自分でも気づかないうちに笑っていたらしい。

 ちょっと変な奴だ。

 でも、それだけ未来に希望を抱いているのだろう。


「これからのことを思うとワクワクするよ」

「うん。私も楽しみ」

「よし、まず目指すはエルフの森だ。結構距離があるから長旅になるぞー」

「その間にラスデア語マスターする」

「お、良い心がけだね。暇つぶしにもなるし」

「うん。頑張る」


 だが、希望だけではないことも事実だ。


 夢幻亀の一件が闇の精霊でなければ、同等に恐ろしい奴が他にもいるということになる。


 そいつらと戦うことになれば、夢幻亀以上に強敵かもしれない。


 だけど──アレクシアとファフニールがいれば乗り越えていける。


 そんな気がしていた。

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