第42話 戦いの始まり
夕食を食べてから、
「私、ちょっと仕事があるから! 二人は気にせず、先に寝てて!」
と、ユンは言って、簡易一軒家から出て行った。
残された二人と一匹。
寝るには少し早い時間だが、戦いが始まるのは早朝。
もうベッドで横になって、身体を休めた方が良いだろう。
『ノア、明日は我も本来の姿に戻る機会があるかもしれんが、大丈夫か?』
ファフニールは俺の顔の前にパタパタと飛んで来て、言った。
『出来るだけ元の姿にはならない方が良いと思うけど……いざというときは助けてもらってもいいかな?』
『ふむ。分かったぞ。ピンチの時は本気を出してもよいのだな』
『ああ、そうしてくれると有難いよ』
ファフニールと話していると、アレクシアがこちらをジーっと見ていた。
『ノアはファフニールと話せるの?』
『あ、そういえば言ってなかったね。俺は人と話すようにファフニールと話せるんだ』
『……凄い。そんなこと普通出来ないわ。ファフニールはなんて言ってるの?』
『ピンチの時は本気を出すってさ』
『それは心強い』
『ははっ、だよね』
それから、ベッドで横になって眠りについた。
ついに戦いが始まる。
◇
早朝、地面が揺れ、ズドンという大きすぎる足音が周囲に響いた。
準備は既に出来ていて、俺とアレクシアは前線を務める冒険者達の中にいた。
結局、昨晩はユンが帰ってくることは無かった。
夜通し作業をしているようだった。
夢幻亀は間近で見るとかなりの大きさだった。
こんな化物がいるとは驚きだった。
どれだけあるだろうか。
全長で1km近くあってもおかしくない。
既に魔法師団、騎士団は戦っていた。
夢幻亀の足元、そして顔に魔法を狙っている。
だが、夢幻亀はそれを気にすることなく歩き続けている。
そして冒険者達も戦いに参加する。
前線組のリーダーはS級冒険者のガルドという人物だ。
「よし、俺達も行くぞ!」
ガルドはそう声を張り上げた。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!!!」」」」」
冒険者達もそれに続いて、雄叫びをあげ、駆け出した。
『アレクシア、地上で戦うのは得策じゃない。《空歩》は使えるか?』
『もちろん。空中で戦うの?』
『ああ、騎士団と魔法師団で夢幻亀を転倒させようと、大量の罠を準備してあるらしい。そのチャンスを逃さないように、空中で状況を伺うんだ』
『分かった』
そして、俺達は《空歩》を詠唱し、宙に浮かぶ。
ファフニールも一緒になって、空を飛んでいた。
上空から見ると、かなりの人数が夢幻亀に攻撃を仕掛けている。
だが、夢幻亀は何も気にした様子はなかった。
さて、まずは夢幻亀に話しかけてみよう。
ファフニールと話すのと同様に声をかけてみる。
『夢幻亀、目的は一体なんだ? お前はどこから来たんだ?』
……返事がない。
『アイツに魔物の言語は通じないな。もっとも会話をする気すら分からないのではないか?』
『ファフニールの言う通りだね……。どうやら戦いは避けられないようだ』
だったら、まずは夢幻亀の情報をより正確に集める。
「《生体分析》」
《生体分析》は指定した対象を生体情報を分析する魔法だ。
これによって、夢幻亀の生体情報を手に入れる。
……だが、《生体分析》を用いても夢幻亀の甲羅の成分は謎に包まれていた。
あらゆる攻撃を無効にする効果を持つ甲羅。
それだけが分かった。
しかし、甲羅に隠れた本体部分は脆いことも発覚した。
甲羅で身を守っている部分の耐久力を下げた分、甲羅で身を守れない露出した部分の耐久力を上げている。
……全く隙のない奴だな。
これらの情報をもとに、単純に考えた討伐方法は二通り。
一つは、甲羅以外の部分を狙って少しずつダメージを蓄積させる方法。
もう一つは、甲羅をどうにかして、弱点である甲羅に隠れた本体を攻撃する方法。
一つ目の討伐方法の欠点は、甲羅に隠れられたらどうしようもないことだ。
そうなっては甲羅を対策するしかなくなる。
甲羅の下にある本体部分を攻撃するには、甲羅を除去するのが最も分かりやすい手段だろう。
でも、それが一筋縄ではいかないからこそ夢幻亀の討伐は非常に難しい。
甲羅を除去する具体的な方法は何も思いつかないからだ。
ただ、甲羅を背負った状態でも攻撃をすることも可能かもしれない、と思う。
東方の国では拳法という武術がある。
拳法の中の
これは『伸筋の力』『張る力』『重心移動の力』などの力を駆使して、可能にしている。
それを魔法で応用することが出来れば、甲羅を背負ったままの夢幻亀の弱点を突けるかもしれないが、そんな古代魔法はない。
使うには即興で生み出すしかないのだ。
打つ手がなくなったら試してみる価値はあるだろうが、まだその時ではない。
『アレクシア、一度夢幻亀の頭部を狙って、攻撃を仕掛けてみよう。ただの魔法ではなく、斬撃を与えられる《風雷刃》とかなら夢幻亀にも通用するかもしれない』
《風雷刃》は雷を纏った風の波を発生させ、刃のように物を切断する魔法だ。
夢幻亀はその大きさから範囲魔法でないとまともなダメージを与えることは出来ないだろう。
『確かにやってみる価値はあるかもしれないわ』
俺とアレクシアは互いの顔を見合わせ、頷いた。
『『《風雷刃》』』
夢幻亀の首元に雷と風の一閃が同時に二つ走った。
直撃する瞬間、首を覆う紫色の魔力が結界が現れ、防がれてしまった。
『アイツ……瞬時に結界を展開したのか?』
『……いえ、あれは常時展開されているわ』
アレクシアは夢幻亀の首元に指を向けた。
指先は震えていて、この事実に驚いていることが分かった。
首元には地上からいくつもの魔法が放たれている。
直撃しても無傷に見える夢幻亀だったが、薄っすらと光る結界が見えた。
そう……皆の魔法は直撃すらしていなかったのだ。
そして、《風雷刃》を放った後、夢幻亀の目はジロリとこちらを見た。
明らかに敵と認識しているようだった。
次に、甲羅に小さい穴がいくつもあき、そこから筒のようなものが出てきた。
まるで大砲の発射口のようで、どれも斜め下、地面に向けられていた。
『魔力が溜められている……! あれはまずいぞ!』
そして、その発射口がピカっと光り、線が走った。
ズドーン、と爆発が起きた。
魔法師団、騎士団、冒険者、関係なく、前線にいた者達は爆発に包まれた。
『酷い……』
アレクシアは目の前に広がる光景に表情を歪めた。
『……そうだね。でも、現代の人間も捨てたもんじゃないよ』
光線を受けた人間側も無力ではなかった。
魔法の結界が多くの人を守っていたのだ。
そう、この場所で戦うことをわざわざ選んだのは、いくつもの準備が出来るという利点があったからだ。
夢幻亀からの最終防衛手段として、緊急用の結界の準備をしていたようだ。
ユンが夜通し作業していたのはこういった準備が関係していたのかもしれない、と俺はふと思った。
「──万物を燃やす聖なる炎よ。悪しきを燃やし尽くせ。炎の六位階・セイントボルケーノ」
爆発の中から炎が渦巻きながら、俺に向かって放たれた。
「《水の波動》」
俺は瞬時に反応し、放たれた炎を打ち消した。
……さて、どうやら敵は夢幻亀だけじゃないようだね。
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