第35話 一難去ってまた一難

「どうも」


 俺はニコッと笑って、挨拶をした。

 やっぱり笑顔は大事。

 アルデハイム家にいた頃はよく笑顔で挨拶して無視されていたから少し自信ない。


 三人も俺の挨拶に返事することなく、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。

 そして、俺が手に持っていた依頼書を覗く。


「えっなに? E級のクエストでも受けるの? マジで!?」

「うわぁ~、見るからに貧乏そうだけどやっぱり底辺冒険者なんだ~」

「かわいそ~」


 すごいバカにされていた。


『ノア、こいつらぶちのめしていいか?』


 ファフニールが三人を睨みつけながら言った。

 俺は首を横に振った。

 ファフニールは戦闘用の従魔として冒険者ギルドに登録していない。

 人前でその実力は見せないでもらいたいところだ。 


「まあ一人で活動しているので、そんなにお金には困らないですよ」

「あ? パーティ組んでる奴らを馬鹿にしてんの?」

「うわっ、見かけによらず性格悪ぅ~」

「馬鹿にしてないですよ。金銭面の心配をしてくれてたので、問題ないことを伝えただけですから」

「……てめぇ、舐めてんの?」


 三人の内の一人、金髪の男が俺の胸倉を掴んだ。

 ポケットの中に入れていたギルドカードがポロッと床に落ちた。

 普段は《アイテムボックス》の中に入れて保管しているのだが、冒険者ギルドでギルドカードを見せる機会があったときに不便だと思い、わざわざポケットに仕舞い直したのが裏目に出た。


 また一人、茶髪の男がギルドカードを拾った。


「ぷっ、ギャハハハ! おいおい、こいつの才能【翻訳】だってよ! なんで冒険者やってんだよ!」

「ハッハッハ! マジで才能が【翻訳】だわ! こりゃ底辺冒険者やってんのも納得だわ!」


 二人で俺のギルドカードを見て笑っていた。


「なんでお前みたいな雑魚があんな可愛い子と仲いいんだ? ──そうだ、ここにあの子連れて来いよ。連れてきたらお前のことは見逃してやるよ」


 そう言って金髪の男はゲスな笑みを浮かべていた。


 この状況を穏便に済ませるにはどうすればいいか。

 冷静に状況を考えてみる。

 まず、この場で三人は暴力を振るおうとしないだろう。

 ギルド職員の前で騒ぎを起こせば、目をつけられるのは明白。

 既に受付のギルド職員はこちらに視線を飛ばしているのが良い証拠だろう。

 仮にもC級冒険者なのなら、そんな愚かなことはしないはずだ。


「連れて来ないって言ったらどうします?」

「痛い目見てもらうことになるかもな」

「じゃあそっちを選びます」

「……へっ、馬鹿が。こっち来い。いくぞ、お前ら」


 俺は金髪の男に引っ張られ、冒険者ギルドの外に出た。

 ギルドカードを見て笑っていた二人も後をついてきていた。

 俺の後ろにいるのは、逃げ道を塞いでいるのだろう。


 そしてやってきた場所は冒険者ギルド近くにあった路地裏。

 人目がつかない場所で暴力を振るうには絶好の場所だ。

 一人が見張りをして、もう二人で痛めつけるという作戦かな?

 でも──


「悪いけど、君達に構っている時間はあまりないんだ──《睡眠》」

「何言ってやがるんだ! この──」


 バタン。

 殴りかかろうとした金髪の男は地面に倒れた。


「なにしやが──」


 バタン。

 もう一人の男も倒れる。

 残るは見張りをやっている男一人になった。


「ひ、ひぃっ!? ば、化物!」

「ああ、大丈夫ですよ。眠らせただけですから。手荒な真似とかあんまり好きじゃないので」

「ほ、本当か……?」


 怯えた表情が少し和らいだ。


「ええ。それから一つお願いがあるんですけど、今後俺や昨日の彼女に声をかけるのはやめてもらえますか? それとギルドカード返してもらっても良いですか?」

「も、もちろんです!」


 男はすぐにポケットからギルドカードを取り出して、手渡してきた。


「ありがとうございます。じゃあ俺はこれで失礼しますね」

「は、はいっ! す、すみませんでしたああああああっ!」


 土下座する男の横を通って、路地裏から出た。

 ふぅ……なんとか穏便に終わらせることが出来たな。

 これで今後、邪魔されることもなくなっただろう。


「──探したぞ、ノア」


 一息ついていたときにまた声をかけられた。

 聞き覚えのある低い声だった。


「父上、どうしたのですか?」


 俺の父にして、アルデハイム家の当主ヒルデガンドだった。


「アルデハイム家に戻ってきてもらおう。そして、今後一切外には出さない」

「おや、俺は既にアルデハイム家の者ではないと思っていたのですが」

「事情が変わったのだ。大人しく言うことを聞け」

「断ったらどうします?」

「ふっ、無能のお前が断るのか?」

「そうですね。まだまだ世界を見て回りたいので」

「残念だったな。それなら強引に連れて帰るのみだ」


 一難去ってまた一難。

 父上相手に魔法で戦えば、周りに迷惑が及んでしまうだろう。


「それなら逃げるだけです。──《空間転移》」


 《空間転移》でユンの屋敷の庭に戻ってきた。

 さて、どうやら俺は父上に狙われているみたいだな。

 勘弁してもらいたいところだ。


「……ん?」


 辺りが一気に暗くなった。

 空を見ると、雲が黒くなっている。

 雨でも降るのか?

 ……いや、それにしては雲が黒すぎる。


 一瞬、視界に閃光が走った。

 そして、すぐに轟音が鳴り響いた。


 雷かと思ったが、そうではないことが感覚的に分かった。

 禍々しい魔力を感じたからだ。

 その主との距離は遠いみたいだが、それでもヒシヒシと肌を刺すような魔力を感じる。


「《空歩》」


 俺は宙に浮かび、禍々しい魔力の持ち主のいる方角を見た。


「……なんだあれ」


 俺の視界に飛び込んできたのは山のように巨大な亀の姿。

 かなり離れていてもしっかりとその姿と形が分かるぐらいに、その亀は巨大だった。

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