次の迷宮は拍子抜けするほど簡単に

迷宮から帰還した先は見知らぬ街の郊外だった

長々と説明もどきが続くので興味がなければ飛ばしていいです。



 神域とやらから地上に帰ってきた時、目に入ってきた光景は明らかにデベルの迷宮があった草原とは異なるものだった。

 ……というより冬でもないのに雪が降っている時点でおかしい。そもそもクレムですらない可能性が高いんじゃないだろうか。ほぼ間違いなく北の寒い地方にイドナントによって飛ばされたのは間違いなかった。

 雪が積もった草原。右手の方に少し遠くに町の姿が見える以外は特に何か珍しいものがある感じはない。


「どこだここは」


 呟いたあとふと思った。雪が降っている。間違いなく寒い。だから寒い、と感じるはずなのに思ったより何も感じない。

 ……これは間違いなく氷耐性とかそのあたりが関係しているんだろう。でも粗い布で出来た土色の粗末な服と黒い腕輪だけ身に着けた姿は間違いなく寒そうに見えるだろう。こんな格好でそのまま歩いていたら人から変な目で絶対見られる。衛兵にでも通報されるかもしれない。いや、そもそも中に入れない可能性もある。とりあえず幸い今のところ周りには見た感じ誰もいないので怪しい奴として目を付けられる心配はなさそうだ。

 だけど先延ばしにしても結局いつかは見られて不審がられない程度の服を調達する必要はあるわけで。買うにしてもどうやったって人と関わる羽目になるのだから面倒ごとは後回しになっただけでしかない。というよりそれ以前の問題として服を買う金がない。迷宮踏破した扱いなのに金がない。金目のものと言えばたぶん腕輪くらいだがよく考えたらここに来る前に外そうとして外せなかったことを思い出した。今もう一度外そうとしてやっぱり外せないことに気付いた。

 神から貰ったものなのに呪われた品だったのかこれは。いや、外せないだけなのでこれからの迷宮挑戦に使える装備なら別に売り飛ばす意味は全くないが。

 だけど正直迷宮に挑戦しろというなら腕輪と加護以外にもこう装備を整えられそうな金目のものもついでにくれたらよかったのになぁ、と思ったがそれはさすがに欲張りすぎか。


 そうだ。能力開示だ。デベルの迷宮を踏破せよみたいに能力欄の下の方に新しい神託が乗っているかもしれない。とりあえず確認してこんな所で何をしたらいいのかくらいは知っておくべきだろう。


 現在の神託

 アイサの北方にある迷宮雪神の祠を踏破せよ(期限6日23時間)


 アイサって何だよと一瞬思ったがこの流れならたぶん右手に見える町の名前がたぶんアイサの可能性がある。まさか全然違う場所に神託の迷宮があって長い距離を歩かせる、なんてことはないはずだ。


 入信したての俺でもわかる。

 イドナントは迷宮に挑戦してほしいのだ。わざわざクレムとは別の場所に転移させたのに実はずっと南の方に目的の迷宮があって何か月も地上で旅をして向かってください、なんていう地上で長く活動をさせるわけがない。ほぼ間違いなく神託にある雪神の祠とやらはこの近くにある迷宮で間違いないはずだ。というより雪が降っている時点で間違いなくここから俺が転移してくる前にいたネクス領までの距離よりははるかに近くに雪神の祠とやらはあるはずだ。


 そして考えるのを後回しにしていた右に追記されている情報。

 あと7日でその神託の迷宮を踏破しないといけないらしい。破った場合の罰則は良く分からないが間違いなく良いことにはならない。


 つまり急がないといけないという事だ。

 まずやるべきは準備だろう。

 回復薬、あるいは迷宮内での睡眠用の寝具一式、闇を照らす魔道具ぐらいは持っていた方がいいだろう。

 となるとまずやるべきは。







 町に何とか入ることを許された俺は行きかう通行人にじろじろ見られはしたが声をかけられることはなく、冒険者ギルドに足を踏み入れることに成功した。


「ここが冒険者ギルドか」


 初めて見たが、正直人は少ない。装備も見た感じ珍しい素材というわけでもなさそうな革や鉄の鎧を身にまとったものが全員で高そうなものを身に着けている人はいない。断言は出来ないが高位の冒険者が何人もこの辺で活動している、という印象はあまりない。一人二人なら今はここにいないだけでいてもおかしくなさそうだが。まあここではあまり冒険者が活発に活動していないんだろうな、という事だけは人の少なさから間違いないだろう。入って真っすぐ歩いた先にはおそらく諸々の手続きを受けてつけているのだろう窓口が7つあった。それぞれ別の要件を受け付けていると思われる。


 その受付に向かう短い道のりの間その少ない冒険者達にじろじろ見られたが外と同じように声はかけられなかった。ただ


「迷宮探索に失敗して装備なくしたのか、情けねえな」

「仲間はどうしたのかしら、まさか見捨ててきたんじゃ」

「そもそもこの辺にそんなにやばい迷宮があったか?」

「雪神の祠でああなったならどうかしてるわ」


 なんて会話が俺の耳にも聞こえてきた。いや、装備はそうだが仲間はそもそもいないから見捨ててきたというのは正しくないな。いう必要はないが。というより雪神の祠の名前が出た。間違いなく近くに神託の迷宮があるのが分かった。


 俺は総合案内、とまず質問はこちらから、と書かれた札が立てかけられた。一番真ん中の受付の前に立ったと同時に


「はじめまして。冒険者の方ですか? ご依頼の方ですか?」


 受付の人に声をかけられた。緊張したが要件を何とか伝える。


「いえ、冒険者登録をしようと来たのですが出来ますでしょうか?」

「冒険者登録はそちらから見て右手の一番端の窓口で受け付けております。係りの者が在席しているのでそこで申し込みをなさってください」

「ありがとうございました」


 短いやりとりを案内受付の人とした後冒険者登録を受け付けているという一番右の受付へと歩いて行った。



受付には長い金髪のまだ若そうな女性が座っていた。暇だったのか絵付きの何かの本を読んでいたが、俺が目の前に来たのを確認すると慌てて本を閉じて手放し、俺に笑顔を浮かべて口を開いた。


「初めまして、冒険者新規登録の方ですね」

「はい」

「説明は必要ですか?」

「お願いします」

「わかりました。では他に登録される方もいませんし少し詳しく説明してよろしいですか」

「はい」


暇つぶしでもしたいのか、という言い方だったが興味はあったので頷いておいた。そして同時に間違いなくこの冒険者ギルドは冒険者の人数が少なそうだなと思った。


「まず、冒険者ギルドというのは簡単に説明するなら旅人のために作られた組織です。数百年ほど昔、大体の地域では定住している方より流れ者に対してあまり扱いがよくない傾向にありました。身元も確かでない余所者に対して歓迎するというのはまあ基本ありませんから仕方ないことではあるのですが」

「まあ、そうでしょうね」


 まあどこから来たのか分からない良く分からないやつを信用するというのは難しいのは分かる。能力開示をすれば信用される可能性もあるがやっぱり定住している人間相手よりは扱いは良くないだろうなとは思う。


「その状況を改善しようと旅人同士で団結し、旅を快適にするために互いに協力し合う組織を作ろうとした、というのがギルドの始まりとされています。組織としてやっていくためには武力だけでは駄目だと創設者の一人が声をあげました。経営に長けたもの、国や地方の貴族や役人相手に外部交渉に長けたものなど様々な能力を持っていた者を資産を投げ打って勧誘し、組織としての形を整え、支部を作っていった結果現在の冒険者ギルドという形で活動しているのです」


 なるほど、元々は流れ者の地位向上のための組織だったのか。


「冒険者ギルドの役割は主に3つあります。1つは国や地方が管理していない迷宮の監視、管理です。迷宮の発見者が冒険者だった場合は国に管理権を売却するなどが行われない限りは管理権は冒険者ギルドが持っています。これは迷宮神イドナントがつまらない人間の駆け引きで迷宮に挑む者が減ってほしくないという意向が反映されたとかされていないとか。うまみのある迷宮の利益を独占しようとした国や貴族の要人がイドナントの声と共に大衆の面前で変死を遂げたこともあったなんて話もありますね。以来神の怒りを恐れた人族は国だろうが冒険者ギルドだろうが迷宮の探索に無用な制限はかけない、というのが基本的な方針になったと聞きます」

「なるほど。イドナント様は余計な真似をしないで挑戦したい者はさっさと迷宮に挑ませておけと言いたいわけですね」

「そうなりますね。あ、ですけど申請は必要ですよ。迷宮探索に誰が向かってきちんと帰ってきたのかとかそういう生存確認は必要ですから」


 イドナントとの今までのやり取りを思い返すとまあそうだろうなという感想しかない。とにかく迷宮に挑め、という感じのことしか言っていなかったからな……というより今も時間制限をつけてさっさと挑めと神託で急かしてきているからな。とにかく迷宮に挑め、それ以外には求めないということだろう。というか最後にそんな感じのこと言っていたな。


「次に魔物の討伐ですね。素材のために討伐するというのもありますし人に害を及ぼす危険な魔物を国や町や村、あるいは個人からの依頼を受けて討伐、ということもあります。国を容易く滅ぼしかねない天級指定された魔物すら現れたことがあるらしく大体50年前に当時大国だったアシントという国が滅亡した際は上位冒険者100人以上を組織して討伐に行ったなんて話もあります。その上の神級という指定もあるそうですが記録上はそういう区分があるだけで実際にそんなのが現れた話はありませんね」

「今でもとんでもない魔物の討伐とかそんなことあるんですか?」

「天級はここ数十年一度もありませんが地級や竜級は何回かありますよ。貴方が上位まで登りつめたら要請が来ることもあるかもしれませんね。大体強制で断れないという話です」

「へぇ」


「最後は手配犯の捕縛、あるいは討伐。悪いことをした者を捕まえる、あるいは殺害するという役割です」


「もちろん冒険者がやらかした場合も当たり前ですが手配されますよ、身内に甘いなんてことはありません」


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