第16話 拳で語るは世界の秘密

 マルティナに話しかけてきたのは、アレン・ワイダーと名乗る平民の生徒――噂だけは耳にしたことがある特待生だった。


「えぇと、ワイダーさんは、確か王国主催の剣術大会で優勝されたそうですわね。父が大会で審判をしておりましたから、お噂はかねがね……ですわ」

「ありがとう。オレのこと、興味を持ってくれてたんだな。嬉しいよ。アレンって呼んでくれ」


 特段興味はない上に、本当にそれしか知らないとは言えない馴れ馴れしさだ。

 あまり、深堀りされたくはないため、マルティナは愛想笑いで誤魔化して逃げようとした。だが、アレンという青年の話は続く。


「剣術の授業を取っている女の子なんて、珍しいな。良かったら、オレが空き時間で指導しようか? ここにいる誰よりも腕が立つと思うし。見てくれ、この闇の精霊剣シャドウソー……」

「空き時間なんてありませんし、遠慮しておきますわ」


 自信家なのが鼻につくなぁと思ったマルティナは、その申し入れを食い気味に断った。そもそも、初対面の相手に「じゃあ、遠慮なくお願いします」と答える者などいないだろう。

 だが、アレンはマルティナの返答が大変意外だったらしく、驚いた顔で「えっ! あれ? 嘘だろ? 剣聖ルートじゃないのか?」と目を瞬かせているでないか。


「剣聖ルート? 何を仰ってますの?」

「え、いや……。だって、マルティナが剣術の授業にいるから、絶対オレとのイベントフラグだと……」

「君。先ほどから、伯爵家のマルティナ嬢に対して馴れ馴れしいのではないか? 口を慎みたまえ」

「わっ! 生徒会長兼、アルズライト王国内務卿コルバティール伯爵の嫡男ディヴァン・フォン・コルバティールだ!」


(何故、それを言えるのです⁈)


 ディヴァンは「如何にも」と頷きながら、アレンとマルティナの間に身体を滑り込ませた。

 一方、アレンはいっそう驚いた顔で「もしかして、生徒会長ルート? いや、でもその場合は剣術の授業は取ってないはず……」などと、よく分からない独り言を繰り返している。


「ワイダー君。彼女には心に決めたルディウスという婚約者がいるのだから、もし下心があるのならば諦めたまえ。ルディウス殿下の器には、誰も敵わないのだから」

「へ? お前、パーシバル派じゃないのか? っていうか、マルティナ! 心に決めた婚約者って、どういうことだ? ルディウスとは不仲なんじゃないのか?」

「君、無礼だぞ!」


 ディヴァンが珍しく怒った声を出し、マルティナも続けて物申してやろうと思ったた時、武術訓練場の扉が乱暴に開け放たれた。

 逆光で表情は見えないが、不愉快全開のオーラを全身から滲ませたルディウスがそこにいた。


「おうおう! ちょっとツラ貸せや。未来の剣聖さんよぅ!」

「だ、誰だ、お前!」

「ルディウス・フォン・アルズライトだ! 覚えなくてもいいぜ。てめぇとは、今日限りだからな」


 アレンは「えっ!」と目をぱちくりさせたり、目を擦ったりして、現れた不良ルディウス見つめていたが、マルティナの「殿下……!」という一言で納得せざるを得なかったらしい。

 彼は、ズカズカと大股で近づいて来るルディウスに自慢の剣を抜いて対峙した。


「な、なんだよ。えらく見た目が違うな。だが、とにかくお前のような、女を装飾品同然にはべらす王子は、マルティナには相応しくない!」


 凛々しく叫ぼうとするアレンに、マルティナが言う。

「女性が侍るどころか、わたくしとディヴァン以外近寄りませんわよ」と。


「勉強もまともにできない馬鹿王子のくせに……っ!」


 続けて叫ぶアレンに、ディヴァンが鋭い横槍を入れる。

「ワイダー君は知らないのか? 彼は成績トップだ」と。


「まともに戦えない【歩く回復薬】が、マルティナを守れるわけがないだ――、ぶべぇぇえっ!」


 言い終わらない内に、ルディウスのストレートパンチが電光石火の勢いでアレンの頬にめり込み、その衝撃で彼の自慢の剣は宙に吹き飛んだ。

 マルティナとディヴァンだけでなく、その場に居合わせた多くの生徒が「お~」と感嘆の息を漏らすほど鮮やかな一撃だった。


「良く聞こえなかったぜ。誰が弱いって?」

「うべぇぇぇ……。な、何なんだ、お前。ゲームと違いすぎる……!」

「……てめぇ、その口潰されたくなかったら、今すぐ失せろ」


 一瞬ハッとしたような間を空けて、ルディウスはこれまでにないほど凶悪な鬼の形相を浮かべた。

 正直、見ているだけのマルティナもドキリとしてしまうような鬼気迫る表情で――。


「あぶねぇっ! 避けろぉっ!」


 突然、ルディウスがマルティナの方を向いたかと思うと、次の瞬間、闇を纏った鋭利な剣がもの凄い速度で鼻先を通過し、足と足の間の地面に突き刺さっていた。先ほど、ルディウスが弾き飛ばしたアレンの精霊剣が、マルティナ目がけて振り落ちて来たのだ。


「ひ……!」

「ま、間に合った!」


 マルティナの危機を救ってくれたのは、ディヴァンの魔術だった。彼が風の魔術で剣の軌道を変えてくれなければ、精霊剣はマルティナの脳天を貫いていたことだろう。

 それが分かるや否や、マルティナは恐怖で腰が抜けてしまい、ぺたんとその場に尻もちをついて立てなくなってしまった。


「あわわ……。驚きましたわ……! ディヴァン、ありがとうございます」

「あ、あぁ。無事でよかった。ルディウス殿下が気がつかなかったら、本当に危なかった」


 あぁ、よかったよかったと、マルティナとディヴァンの間に脱力した空気が漂う。あわや大惨事となりかけたが、幸いマルティナは無傷。怪我をしたのは、ルディウスに殴られたアレンだけで、こちらの喧嘩もこれで収まるかと思ったのだ。


 しかし、アレンは激高していた。頬を痛そうに押さえながらも必死に立ち上がり、全力でルディウスに掴みかかる。


「今のは、マルティナの剣聖ルートの死亡イベントだ! ルディウスが弾いた剣が刺さるやつ! お前がオレに勝つから起こるイベントだ!」


(わたくしの死亡イベント? 何を……、いったい何を言ってますの?)


 ふいに出て来た自分の名に戸惑うマルティナを置いてけぼりに、ルディウスは飛び掛かって来たアレンのブレザーの襟を逆に掴み返し、華麗に「おらぁッ!」と投げ飛ばす。

 そして、受け身を取り損ねたアレンは、痛みを堪えて「ぐあぁぁ」と呻き、身体を芋虫のように丸めている。


「うぐぐぅ。分かったぞ……! お前の正体!」


 苦しそうに喘ぐアレンは、「それ以上喋ったらぶっ殺す!」というルディウスの雑言を無視して、言葉を続けた。

 それは、一聞しただけでは理解しがたい言葉だった。


「ルディウス! お前は異世界転生者だ! この乙女ゲームの世界を改悪し、マルティナを死なせて、自分だけ生き残ろうとしている転生者だ!」


(イセカイテンセイ? オトメゲーム? 殿下が、わたくしを死なせる?)


 マルティナは、アレンが何を言っているのかが分からない。

 だが、震える唇で「黙れ……」と唸るように声を搾りだすルディウスは、アレンの言葉の数々を否定しない。


「オレも転生者だから分かる。自分の都合のいいように、異世界を無双したいよなぁ? 第二の人生、好きに生きたいよなぁ? オレは剣聖アレンだから良かった。でも、お前は婿候補の攻略キャラじゃない。全てのルートの害悪キャラ。お前がいるから、マルティナに死亡フラグが立ち続ける! お前は、マルティナを苦しめて死亡エンドに導く【死神王子】だ!」


 アレンの詰まった息が一気に吐き出され、訓練場の空気が凍り付く。

 動いているのは、マルティナの視線だけ。

 泣き出しそうに、そしてすがるようにルディウスに向けられたマルティナの視線は、拳を握りしめたまま立ち尽くす彼のソレと重なった。




 そして、ルディウスはくるりと背を向け、武術訓練場から逃げるように走り去って行った。

 



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