聖なる乙女様は×××でした!

向日 葵

第一章【prologue】

【prologue】episode 1

 ここは一体どこだろう。


 結歌ユイカは、まず周りを見上げた。

 確か、仕事の帰りに高校時代からの親友と夕食を食べに行き、12、3年前に二人で嵌まっていたゲームの第二弾がようやく発売になることが決まり、発売日があと一週間後に迫っていたこともあって、かつてのゲームの話で盛り上がった。

 楽しく盛り上がった為に急にその12、3年前のゲームをやりたくなって急いで帰宅して……。


「押し入れからゲーム機を引っ張り出して……」


 12、3年前のゲームソフトとなると、対応機器も古いゲーム機な訳で、奥から必死で引っ張り出したのだ。

 コンセントとテレビにコードを繋いだ時の達成感ときたら、それはもうやりきった感じが凄かった。

 それなのにソフトを入れて電源を付けたら……。


「付けたらどうなったんだっけ?」


 なんだか記憶が曖昧だ。

 なんか電源が付いた、と思ったら白く光って、何これ、とリセットボタンを連打したことは覚えている。

 最近仕事が忙しかったから、もしかして電源の時点で寝落ちだんだろうか。

 明日からは三連休だし、内容は知ってるからスキップボタンで早送りしたら全キャラ攻略できるとウキウキしていたのに、なんでこんな森の中に一人でいるのだろうか。


「うーんやっぱり夢かな」


 最近、課長の無茶振りがキツかったもんなあ。

 お陰で趣味の社内合唱部にも二週間参加できていない。


 空は浅黄色からかすかに端の方がオレンジ掛かってきて、夕方を思わせた。


 さてどうしたもんだろう。

 知らない森の中をうろうろと歩き回って良いものなんだろうか。

 そもそも夢なんだったら何をしても大丈夫な気もするけど、頬に当たる風とかが、


「やたらリアルなんだよね」


 困ったなあとオレンジ色が強くなってきた空に向かって、結歌はため息を吐いた。

 勢いで突き進むには歳を取ってしまった気がする。

 現代社会ではまだ30才。自分的には気付いたらもう30才。

 大学を卒業して勤勉に働いていたら、彼氏も居ないままアラサーと呼ばれる年代になってしまった。

 あのゲームをやっていた頃はまだ高校生で、あの頃ならきっと勢いで歩き回ったに違いない。

 けど今の自分では、どう見たって見たことのない植物が生えてるようなこの森を歩き回る勇気など、成長過程のどこかに置き去りにしてしまった。


 まあ、夢ならそのうち覚めるだろう。


 けれどこうも一人きりだと考えてしまう。

 高校、大学時代を振り返って、彼氏ができるチャンスがなかったわけでもないが、他に夢中になっていた物があったこともあり、彼氏いない歴イコール年齢。

 後悔までしている訳ではないけど、


「趣味と彼氏の両立はできたんじゃないかな」


と、考えて。いやいやいやいや、無理かな。

 だって、現実の男達よりゲームの二次元人の方に夢中だったわけで。

 しかも……。




「こっちに人がいるぞ」

「女だ!」




 考え事の途中で、なにやら遠くから騒々しく人の声と、テレビの中でしか聞いたことのない馬の蹄の音が聞こえてきた。


 何?何なの?

 襲われるとか!?


 慌てて立ち上がろうとしても体は言うことを聞いてくれず、

 ああ、人間っていざって言うときに動けないもんなんだな。

 と結局、結歌は半分諦めてその場に座ったままでいた。

 あっという間に馬に乗った集団に囲まれて、結歌は馬上の人を見上げた。

 アニメでしか見たことのない、その他大勢みたいな騎士達の馬の間を抜けて、黒い馬に乗った明らかにオーラの違う青年が先頭に現れる。


 どこかで見たことあるような……。


 結歌はそんな事を思いながら、馬上から自分を見下ろす黒髪の青年を見上げた。


 うーん、少し年下??顔が西洋風だからちょっと分かりにくい……でもなんかやっぱり見覚えが…。


 結歌の思考と視線にはお構いなしに青年は尋ねた。




「お前が予言の聖なる乙女か?」




「…………」




 ああ、なんだ。やっぱり夢か。




 乙女……。アラサー捕まえて乙女て……。




 答えない結歌に黒髪の青年は困惑したように眉を潜めた。

 美しい石膏像のような顔立ちに、黒髪を自然にバックに撫で付け、少しだけ前髪が溢れて額に影を作った。

 美しい顔立ちのように思うのに、こめかみに一筋くっきりと入った刃の傷が、少しだけ精悍さを思わせる。


「カイン、乙女は異世界から来るという言い伝えなのだ、きっと困惑しているのだろう」


 カインと呼ばれた黒髪の青年の後ろから、白馬に乗った銀髪の年若い少年が、馬から降りて結歌の方へ歩いてきた。


「アシェル殿下!」


 カインが止めるのを手で制してアシェルは、エメラルドの瞳を細めて、結歌の前に膝を付き、顔を覗きこんで微笑んだ。


「大丈夫ですか?」


 首を傾げるのに、銀糸の前髪がさらりと揺れた。

 あまりの王子オーラに結歌はめまいを覚える。 

 

 ゆ、夢だ。絶対夢だ。でも夢にしては随分とリアルな映像じゃあないかしら?


 混乱していると、もう一人馬に乗って現れた。


「カイン、そろそろ日が暮れる。急がないと魔物が出るぞ」


 金髪碧眼の絵に描いたような美青年がそう言って、カインに声を掛けた。

 絵本の中の王子と言えばこんな感じ。乙女ゲームのキャラ紹介の一番最初に出てきそうな超イケメンと言う感じだ。


「グランツ、お前に言われなくとも……」


 カインは返事を返しながら、途中何かに気付いて、槍を閃かせた。


「アシェル殿下、下がってください!」

「カイン?」


 疑問系のアシェルの声に結歌もなんだろうと顔を上げたその時、顔の真横を一閃して結歌の背後の何かに突き刺さり、直後、聞いたことのない生き物の断末魔が耳をつんざいた。




 グランツ、カイン……あ、思い出した。



 あのゲームの攻略キャラ達の名前だ。






 そう思い出したと同時に結歌の意識は、暗転した。






『ファンタジア~魔法の国の物語~』


 それが乙女ゲームのタイトルだ。

 魔法が存在するよくあるファンタジーの世界に召喚されたヒロイン(女子高生)が、イケメンキャラに囲まれて、魔物と戦い世界を救う。

 世界を救っているその間に、攻略キャラと恋に落ちエンディングを迎えるよくある乙女ゲームだ。


 マギーア王国は魔法の加護に守られた平和な国だ。しかしある時、世界を支える世界樹が枯れつつあるのを発見する。

 それはマギーア王国の裏側の世界、魔の王国からの障気が原因だった。

 世界樹はマギーア王国に聖なる魔力を降り注ぎ、豊かさを常に与えてきたが、魔物がマギーア王国に頻繁に現れ、魔の障気が各地から吹き出て、このままでは世界は魔の瘴気に覆われてしまう。


 そこで召喚されたのが、聖なる乙女…ヒロインだ。


 現代社会で普通の高校生だったはずのヒロインは、召喚されたと同時に、聖なる力がまるでチートのごとく備わり、攻略キャラ達と各地を回って、瘴気の吹き出る地を沈め、最後に聖なる力で世界樹を癒し、世界が元の光溢れる世界となってエンディングを迎える。

 各地の瘴気ポイントには決められた属性のキャラを連れて行かなければならないのだが、その他に攻略キャラもパーティ内に組み込み連れていき、好感度を上げ、世界の問題が解決したエンディングの後、ラブラブエンディングが待っている。と言うのが大筋だ。


 攻略キャラは6人。

 光、闇、火、水、風、土の各属性の魔力を持つ6人だ。


 結歌はキャラ達の事はよく覚えていた。

 しかしキャラ達にドリー夢のように恋をしていたわけではない。


 何故なら結歌は……。






「グランツ×カインが王道なのよ!カイン×アシェルもそりゃありだけど!」






 ――――腐女子だったのだ。

 





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