第17話 混沌とした戦況

 とりあえずエニアーク人には自治を獲得してもらうのが一番ではないかと私は思っていた。エニアーク人自身が自国で一体どのような政治を敷くのかは未知数だが、他国に虐げられている今の状況より悪くなることは無かろうと思うのだ。……あくまで希望的観測である。


「みんなのことは私ができる限り守るから、どうかゲリラ戦に参加してほしい」

 私は強制労働に従事していたキリロを捕まえて、説得していた。

「ティスオの奴らに、エニアークを自由にするつもりがないってのは、この労働を体験してよく分かったろ。このままじゃエニアークは虐げられたまんまなんだよ」

「うん……」

「あんたは誰よりも故郷のことを想っている。だから分かってくれるよな」

「うん……」


 このところキリロはひどく迷っているようだった。

 彼は、リスーサ人のことがたまらなく憎い。できることならば復讐して痛い目に遭わせてやりたい。リスーサ民族の絶滅というティスオ人の言葉に惹かれたのは事実だ。――そう私に打ち明けてくれた。

 私は、「民族というくくりではなくて、一人一人のことを見てやってくれ」と言っておいた。「人は集団になると愚かなことをする。だが一人一人と向き合えばそうでもないんだ。そこんとこだけ、忘れないでおきな」


 キリロはきっと、私の言うことを分かりたくはないのだと思う。でも、何とか私は彼を仲間に引き入れたかった。人数は多い方が良い。死の危険があるのが欠点だが、私が盾でも何でも開発して守ってみせる。


「さあ、手伝ってやるから、強制労働のノルマを終わらせよう。これを運べばいいんだな?」

「うん……」

「後でトマトをやるから心配するな。大丈夫だ」

「……ありがとう」

「いいからいいから」


 私はキリロの重労働をさっさと手伝ってしまうと、ティスオ兵に捕まらないように逃げ出した。


 エニアークの人々の戦闘準備は着々と整いつつある。この調子で、まずは、今ここに駐屯しているティスオ軍を叩く。遠征によって補給線が伸びきっているティスオを追い詰めるのは、やり方次第で簡単にできるはずである。

 そうしてティスオがエニアークから撤退してからが、本当の勝負だ。

 ティスオが撤退したとなれば、後からリスーサが再びこの地にやってくるのは明白だった。

 ゆえに、エニアークはリスーサと戦って、彼らを追い出さねばならない。

 これは正直きついと思う。こんなに過酷な連戦が、辺境の地であるエニアークに可能だろうか? そのような力があるのだろうか? 

 不安も残るが、それは私が能力を最大限に駆使して何とかしてやりたい所存だ。いざとなったら、最高指導者を再び殺しに行ってもいい。前回は時機が悪くて効果を発揮しなかった手だが、今はあの時と状況が違うのだ。うまくやれば道が拓けるかもしれない。

 野望を抱きつつ、私はアッセドを中心に他の町にも働きかけた。大量の食べ物で恩を売り、植物でできた装備やリスーサから流してもらった銃器を提供して、どうか仲間になってくれるようにと頼む。

 これまでのリスーサとティスオの圧政に文句を言いたい人はたくさんいたらしく、予想よりは円滑に人集めは進んでいった。


 そして、とうとう、ゲリラ戦を決行に移す日がやってきた。


「キリロ。みんな。覚悟は決まった?」

「……うん」

「全力で、人々を守ってくれよ」

「分かった……!」

「よろしい!」


 私は立ち上がった。


「では、これよりエニアーク独立のための作戦を開始する!」

「おおーっ!!」


 計画はこうだ。

 まず、ティスオの最大の弱点である兵站の破壊。

 いくら兵隊が強くても、食糧と銃がなければ戦えない。だから手始めに、こちらからの攻撃対象を軍需物資の工場や保管庫などに絞り、奴らに物資を与えないようにする。

 私は可能な限り色んな場所を爆速で巡り、頑丈な樹木を生やして物資を破壊した。空路を封じるために、飛行場にも林を作る。私だけでは手が回らない箇所には、他の勇敢なエニアーク人戦闘員が向かってくれた。


 これらの突然の同時多発的なゲリラ攻撃によってティスオ兵が混乱した隙に、エニアークの住民たちは一斉に強制労働をやめる。ゼネラルストライキというやつだ。

 エニアークには少ないながらも軍需工場もあるし、何より豊かな穀倉地帯がある。それらが全面的に機能停止することは、ティスオ軍にとって大きな痛手であるはずだった。これで彼らは自由に動けなくなる。


 すると、必然的に起こるのが、戦争での形勢の逆転。

 リスーサ国内まで攻め込んでいたティスオ軍の力が弱まったら、リスーサが力を盛り返して反撃に回る。これはもう間違いない。


 数日後、事実その通りになった。

 再び、前線がエニアークにまで押し戻される。主戦場がエニアークになった。

 今はひとまず、リスーサ兵を積極的にけしかけて、ティスオ軍をエニアークから撤退させた方が良い。それらの戦いでリスーサ軍が疲弊した隙をついて、またゲリラ戦を展開し、リスーサをも追い払うのだ。


 今のエニアーク兵は以前とは違う。私によって食糧を確保し、ティスオ兵によって訓練を受け、リスーサから物資を横流しされた、ちゃんとした武装集団だ。きっと戦える。


 かなりの犠牲を覚悟しなければならないのが痛いところだった。


 私の作戦は概ね成功した。補給線を引っ掻き回されたティスオはやむなく敗走、ついにエニアーク全土をリスーサに明け渡した。

 エニアークでは再びリスーサ政府が道路を我が物顔で歩き回るようになった。


 ここからが問題だった。他国の力を借りることなく宗主国を屈服させねばならない。


 私は戦場を駆け回り、片っ端からリスーサ兵に樹木を生やして、その体を引き裂いた。

 私は神出鬼没で、最も過激な遊撃手として敵味方双方に恐れられた。

 そんな私を、エニアーク人ゲリラ隊が援護する。


 一方で、戦線は西方にどんどん移動していた。今度はリスーサがティスオに攻め込んでいるのだ。これは幸運だった。リスーサは西方の戦線に構ってばかりで、エニアークでの騒ぎへの対処をやる余裕がなくなっている。

 そして今度はリスーサの補給線が、エニアークを経由して伸びに伸びていた。それはもう、さぞ脆いことだろう。横から叩けばあっという間に崩れそうだ。やるしかない。


 小さな属国が、二つの大国を相手に喧嘩をふっかけるのは、愚策とも言える危険な行為だったが、この調子ならば本当に両軍を潰せるかもしれない。

 ――そう思われた頃、後退を続けるティスオ軍から、警告が来た。


「直ちに作戦を中止せよ。さもなくば無差別大量殺戮兵器を投下する」


 無差別大量殺戮兵器?

 空襲のことだろうか、と私は首を傾げた。実際、リスーサ国内の主要な都市にはしょっちゅう空襲がされている。エニアークも、軍需工場がある場所では重点的に攻撃がなされることがあった。それによって多くの死傷者が出たり、貴重な文化財が破壊されたりしている。

 これに対して私は、植物の生長を利用して、町中に防空壕をたくさん作ってはいたが、北の方の町にはまだ行けていない。そこを狙われたら大変だ。

 第一、私は炎での攻撃にとことん弱かった。私の能力で作り出したものはたいてい燃えてしまう。私にできることと言えば、水分を多く含んだ植物を絞って火薬を湿らせるくらい。

 花弁の盾は爆発や銃撃による衝撃には強いが、焼かれればただの炭になってしまう。その盾も、天使ほど身体能力に恵まれていない人間たちにとっては、扱いづらいようだった。軽量化と安全性の両立を私はまだ確立できていない。今からやっても発明が間に合わない。


(どうしようか)


 ただでさえ虐殺によって大幅に人数を減らしていたエニアーク人だが、これまでの戦いでいっそうその数は減退していた。それがまた殺戮の被害に遭いそうになっているとは。

 これでは仮に勝てたとしても、独立するための基盤が築けないまま総崩れになり、結局他国の支配下に置かれてしまうことになりそうである。そうなれば戦って死んだたくさんの人々は犬死にになってしまう。みんな私の作戦を信じて命をかけてくれたのに、これでは彼らに顔向けができない。


 悩んでいると、丁度リディヤが様子を見に来た。


「なあ」

「はい、何でしょう」

「ティスオの言う無差別大量殺戮兵器って、何のこと?」


 私は尋ねた。リディヤは頭をひねった。


「パンジャンドラムでしょうか?」

「あれは確かに敵味方の区別なく被害を出す珍兵器だが……違う、そうじゃない。ティスオの奴らはその兵器を『投下』するぞって言っている。空襲に関係するものらしいんだ」

「ああ、それなら」


 リディヤは合点が行ったらしかった。そして恐るべき可能性についてズバリと指摘した。


「十中八九、核兵器でしょうね。原子爆弾です」

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