第12話 植物が牙を剥く


「こんにちは。助太刀に来たよ──」

「うお! 姉ちゃん、そこは危ない!」

「ん?」


 その瞬間、塹壕に投げ込まれたらしい手榴弾が爆発した。


「どわあ!」


 私は爆風で吹っ飛び、壁に体を打ちつけた。


「痛い……」

「無事なのかよ! どういうこった!」

「うん……人間は真似すんなよ……」

「しねぇよ! ──ウワ! 今度は何だ……」


 続いて投げ込まれた物体は、シューッと音を立てて謎の煙を吹き出した。


「毒ガスだー!? 退避!」


 兵士のおじさんはマスクを装着すると、私の襟首を掴んで引きずり始めた。


「おい、おっさん! 私は大丈夫!」

「モゴモゴ」

「何言ってるか分かんないけど、私は一時間くらいは息を吸わなくても平気だから!」

「モゴッ」

「それより見てな。今こいつを投げ込んだ奴をとっちめてやる!」


 私はヒョコッと塹壕から顔を出すと、「とりゃ!」ととある植物を地に這わせた。

 その名もハエトリグサ。大きな口で獲物を食べて溶かしてしまう食虫植物だ。実物の何十倍もの大きさにしたから、人間だって食べてしまう。


「それいけ!」


 逃げ戻るリスーサ兵の足が触れた瞬間に、ハエトリグサはその顎をパクンと閉じて、リスーサ兵をがっちりと掴んでしまった。


「う、うわああ!?」

「これでよし」


 私は塹壕に身を隠した。


「しかし、ハエトリグサは効率が悪いか……。普通に銃の方が手っ取り早いし。これは……武器としてより罠として使うのがよさそう」

「いや、何が起こったのか……」

「やっぱり銃はもらった方がいいのかな」


 私は、花びらの盾を作って立ち上がった。


「おっさん、世話になったな。私はちょっとあっちの方で暴れてくる」

「よく分かんねえけど頑張ってくれ」

「ほい!」


 私は地上へと飛び出した。


「ヴィーヴ、クレスク、フルークトゥ」


 例の如く、大蛇のようなツタが出現する。

 ツタに跨って、私は戦地を爆走した。


 花弁に身を隠しながらも、目についた敵兵の胃の中に特製のトリカブトを生じさせていく。攻撃を食らったものは中毒でばたばたと倒れていった。

 途中、戦車が走っている所に遭遇したが、周囲に樹木を生やして侵攻の邪魔をしてやった。荒廃した戦場には緑があふれた。

 かくして私はティスオの設営した補給所まで乗り付けた。


「チワーッス。植物の天使です。ティスオに加勢しに来ましたー」

「何!? では、君が噂の魔法使い!?」

「天使だよ」

「これは心強い……! 既に前線からは報告が入っていますよ。君の――あなたのおかげで戦況がぐっと有利になったとね」

「そうだろうとも。……そんで、この服だとさすがに目立つし、なんだかんだ武器も必要っぽいから、軍服とか小銃とかそういうの一式、くれない?」

「在庫を確認してきますね。お待ちください」


 やがて軍人は戻ってきて、私は装備を手に入れた。迷彩柄の軍服と、ヘルメットと、防弾ジャケット、ガスマスク、それに自動小銃、手榴弾、などなど。


「使い方は分かりますか? 訓練を受けたことは?」

「訓練は知らないけど、使い方はだいたい分かるよ」

「では、簡単に解説を。小銃はこのように――」


 説明を受けていると、伝令が来た。何かを大慌てで伝えて、去っていく。


「何と言っていましたか?」

 軍人の男は、私から目を離して問う。これに対しては次のような返答があった。

「敵軍は敗走を始めた。奴らはアッセドの町を明け渡すようだぞ」

「……! それで、我が軍はどうするんです?」

「追撃だそうだ。奴らが潰走するまで追い詰めよと」


 これを聞いた私は闘志をみなぎらせて言った。


「よっしゃ! 手伝うよ!」

「お待ちを」


 軍人の男は険しい顔だった。


「リスーサの奴らは、明け渡すと決めた土地では必ず、現地の非戦闘員を大量虐殺してから去ります。それなのに、本当に追撃のみで良いのですか」


 私はぽかんとした。


「は?」


 しかし、もう一人は気にもとめない様子だった。


「エニアーク民族を守ることに何の意味がある? 奴らも所詮リスーサ民族の仲間だぞ」

「は?」

「いや、占領地が荒廃しては、我々の利益も減ってしまいます。それに味方は多い方が良い」

「一理あるが……お前のそういうお優しいところは、兵士としては欠点だぞ」

「は?」


 私が馬鹿の一つ覚えのように同じ音を連呼していると、再び伝令がやってきた。


「命令が出ました──! 直ちに追撃せよとのことです!」

「は?」

「ほらな。兵士ってのは、ものを考える仕事じゃない。命令通りに戦うのが本分さ。お前の持つ慈悲の心は、捨てることも必要なんだ」

「むう。命令とあらば従うまでではありますが……」

「はあああ!?」


 私は叫んだ。


「何だあんたら! エニアークを助けに来たんじゃないのか」

「いや、それはそうなんですけどね……」

「我々はエニアークの土地に住むティスオ民族を救済しに来たんだ」

「は?」

「更には、ティスオ国内に住むエニアーク人の住処を拡充するためにな……」

「何だそりゃ! つまりはただの侵略じゃないか! そしたらミロンは……エニアーク人たちは、何のためにあんたらに協力してるっていうんだ」

「共産党の勢力をエニアークから追い払うためだろ? 自力じゃできないから我々ティスオに頼っているのではないのか?」

「そ、それはそうだけどさあ……」

「気に病まないでください。全力で敵を追い詰めましょう。そうすれば奴らも虐殺なんてやってる余裕はなくなりますよ。きっと……」

「……」


 私の中に焦りが生まれ始めていた。

 もしかしたらティスオは、エニアークを利用するだけなのかもしれない。独立させるつもりはないのかも……。だとしたら私は、まんまとティスオの奸計に乗ってしまったことになる。


「……装備、ありがとうな」

 私は言った。

「私はあっちへ行く。少し、仲間の様子を見て来る」

「あの。お待ちを……」

 私は首を振った。

「待たない。私には私のやるべきことがあるから。……じゃあな」


 言い置いて、私はその場を去った。

 急ごう。もしかしたら、もうリスーサ軍による虐殺は始まっているかもしれない。一刻も早く駆けつけて、彼らを助けなければ。

 私は集合住宅の連なる地まで、ツタを走らせた。


「キリロ、ミロン、みんな! 無事か!」

 軍服を着て戦車の横に立っていたミロンが、ギョッとして後ずさった。

「うおお! ラリサか! 何だその馬鹿デカいツタは」

「ヒルガオの方が良かった?」

「そういうことじゃないんだよ」

 そこへ、キリロが顔を出した。

「ラリサ! 久しぶりだね!」

 彼は相変わらず痩せてはいたが、前に見た時よりも背が伸びていた。

「キリロ。怪我はないか」

「僕も仲間も何とか無事だよ。ミロンがリスーサ兵を戦車で追い払ってくれて」

「良かった」

 私は胸をなでおろした。

「ラリサは? 怪我は無いの?」

「私は元気!」

 それはちょっとだけ嘘だった。能力の使い過ぎでやや疲れていた。

「それよりも……私はあんたらを助けに来たつもりなんだが。これからどうしたものか、ちょっと困っていてな……」

「何、もう充分助かってるぜ」

「……そうか」

「ラリサは、リスーサ軍による虐殺を止めたいんでしょ?」


 キリロは見透かしたように私の目を見た。


「うっ……。正直、どこまであんたらに協力するべきか分からないんだ。中途半端な救済は毒になるんだと、この前知ったからな……」


 今回だって、解放軍であるはずのティスオ軍が、あまり信用ならないということを思い知った。果たして私は、進むべきか、留まるべきか。


「あんたらは、どうして欲しい?」

「ここは当分、問題ないぞ。さっきも言った通り、ティスオがいるからな」

「だがそのティスオが……」


 私は言いかけて、やめた。


「そうだな。今、一番危険なのは、ティスオじゃなくてリスーサ軍。今、正に危険に陥っているのは、エニアークの他の町だ。そっちを助けに行こう」

「そうしてくれ」

「無理はしないでね」

「はいよ」


 こうして私は、崩れた前線の方へ向かって大急ぎで向かって行った。

 ティスオ軍は既にアッセドを手中に収め、次の目的地へ向かっているようだ。リスーサ軍はさっさと敗走してしまったのか、どこにも見当たらない。

 私は行軍中の一人に声を掛けた。


「おい兵士のおっさん。これからどこ向かうんだ」

「うわ、噂になってた、植物の怪物だ」

「天使だよ。それより、どこ行くんだ」

「ひとまず隣町のヴェイクまでだ。そこにも拠点を置くそうだぞ」

「了解。ありがとう」


 私は言い置くと、隊列の先頭めがけて、森の合間の道を進行した。

 あっという間に先遣隊に追いつく。

 彼らは既にヴェイクの町に到着していた。


 私も続いて町に入る。

 そこは——辺り一帯が黒焦げになっていて、とても町とは呼べない有様だった。


「は?」


 何があったのかと、私は耳をそばだてた。

 軍人たちが話しているのが聞こえてくる。


「陸軍は完全に撤退したんだ。それを見越しての空爆と放火か」

「リスーサの奴ら、逃げ足は一級品だな……」

「しかし、住民がまだ残っているだろうに」

「焦土作戦は、奴らの十八番なんだ。これで我々の補給線を断つつもりだな」

「今後は背後にも注意をせねば。空の包囲網を抜けられたら厄介だ」


 間に合わなかったのだと、私は徐々に悟った。

 リスーサ軍によるエニアーク人虐殺を、止めることができなかった。

 私は呆然として、焼き尽くされた町を眺めた。


 黒焦げに変形した焼夷弾が転がっている。家々にはまだ炎がちらついている。ひどい悪臭がする。


 空爆。放火。


 ――ひどい。ここまでするなんて。住民には何の罪もないのに。


「……ラリサ?」


 突如として、私を呼ぶ声があった。私ははっとして振り返った。

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