勇者やらされているんだが、誰か代わってくれないか

ゆずき君

レベル1 勇者を選ぼう その1

レベル1


 その日、俺は勇者になった。

 もちろん、魔王とやらを倒す為だ。しかし、いきなり勇者とやらになり、さっさと魔王を倒してこいと言われても、何をすればいいのかなんてさっぱり分からない。それでも俺は、お前は勇者なのだからと村を追いたてられ、旅に出なければならなかった。

 事の発端は三日前だ。村長宅に三人の若者が集められた。決して村に若者が三人しかいない訳ではない。都市部と比べると「過疎」としか表現しようがないこの村にも、四十人くらいはいる。しかし、ここ数年めっきり老け込み、食べたはずの朝飯を何度も食らい、ひとりで散歩に行くと必ず駐在と一緒に帰宅する村長にとっては、三人が限界だ。

 集められた三人の前に村長の息子である副村長が立った。こんな感じの村長を、嫌々ながらも補佐できるとなるともう身内しかいないという理由で副村長に選ばれ、四苦八苦奮闘中の四十男である。やたらと上から目線だし空回りするクセがあるが、決して悪人ではない。


 「君たちは三日前のことを覚えているだろうか」


 副村長が言った。当たり前だ。あんたの親父と一緒にするな。そう言いかけたが、なんとかその言葉を飲み込んだ。

 三日前、村の中央に設置されていた女神像が突然砕け散った。高さ二メートルの立派な女神像ではあったが、税金の無駄遣いだの村の景観に合わないだと散々言われていた像だったので、壊れたこと自体は別に構わないが、なにしろ刺激の少ない村である。村民たちはおったまげた。


 「実はあの女神像には、隠された伝説の武具の在り処を示す宝の地図が眠っていたのだ。言い伝えによると、世界が平和なうちはこの女神像は凛々しく、清く正しく美しく、決して税金を無駄にすることなく立っているのだが、暗黒の魔王が再び世界に現れた時、伝説の武具の在り処を勇者に示すのだそうだ」


 「あの~」


 横に座っていたゴサクが眠たげに声を上げた。


 「誰がそんなことを言い伝えておったのかの?」


 「知らん。言い伝えの言いだしっぺなど、どこの誰かなんかさっぱり分からんのが世の常だ」


 「でもあれが建てられたのは三年前だっぺさ。副村長の言ったことが本当なら、それこそ昔からあるべきでないのかい?」


 「元々地図は地下に埋まっていた。しかし、地下にあっては分かりにくいから一旦掘り出し、女神像の中に埋め込んで設置したのだ」


 「わざわざ税金使って?」


 「質問が多い!前に進まん!」


 副村長が言うには、この村には伝説の勇者の血を受け継ぐ者がおり、女神像が砕け散る時、伝説の勇者の血が目覚めるというのだ。


 「だったら伝説の勇者はドンベーのやつでさ!だってあいつ、いっつも寝てるけど、今日朝見たらすっげえ元気だったもん。お目覚めかいって言ったら、眠気が全部ケツの穴から出て行ったような爽快感だって言ってたんだもんよ」


 「うるさい!」


 副村長がどなった。


 「今日は君たちの中に勇者がいるかもしれないということで集まってもらったのだ!魔王が目覚める時、古の勇者が世界を救うのだ!そういうことなのだ!」


 「副村長」


 「なんだこのやろう!」


 「中二病ってやつかいの?」


 「やかましい!」


 ゴサクに悪気は微塵もないのだが、真の悪には悪気などないのが常である。

 とにかく、その言い伝えによると、勇者はまだ自分の力に気づいておらず、魔王が復活した時に、その力が体に宿り直したものの、まだ寝ぼけていて自分でもよくわかっていない、ということらしい。


 「えー、ということでですね、これからその勇者を見つけていきたいと思いますが、ご協力お願い致します」


 仕切り直した。


 「今日集まって頂いた皆様はもうご理解かとは思いますが、勇者に必要なものは何か。体力、知力、そして勇気であります。今から皆様に試練を与え、それらを見極めていきたいと思います」


 まずは体力測定だ。身長、体重、視力、聴力、握力、背筋力、肺活量を測ったあと、シャトルラン、反復横跳び、短距離走、ソフトボール投げを計測し、最後に長距離走として千五百メートルを走った。

 そして知力検査。これが一番の難関である。村人一筋十数年、教育らしい教育といえば人の道、すなわち道徳だけである。それも親によるものだから、親がおかしければ無教育である。その他、農民であれば農業を、商人であれば数学をと、生きる上で必要な知識だけを学んで生きるのである。

 俺の親父は哲学者だ。日がな一日家でシンプルなことを難しく考えており、つまり俺が親から学んだことはシンプルなことを難しく考える術だけであり、難しいことを知っている訳ではない。今のところ役に立ったことはないし、今後も役に立つとは思えない。

 ちなみにさっきから副村長にいちゃもんをつけているゴサクは商人の子で、計算は得意である。そのせいか表情に余裕がある。もうひとり、今日まだ口を開いていない男は名前をヨシカツといい、彼の父親は武闘家で、その影響なのか教育の一環なのか筋骨隆々で、体力測定の結果はダントツだった。当たり前の話だが、田舎村に武闘家が活躍できる機会などない。いつもは街で行われる大会に出場しているのだが、兼業で農家もしている。つまり、農業にも詳しい。力持ちの農家はこの村にとってなくてはならない存在だ。

 体力、知力、ともに勝ち目はない。もちろん勇気もない。

 しかし、俺はそれで一向に構わない。聞くところによると、勇者の暮らしは流浪の旅を続けながら魔物と戦い、無償で各地の村を救いつつ、最終的には魔王をやっつけるのがお約束だ。

 冗談じゃない。そもそも勇者など称号であって職業ではない。どうやって生活するのだ。哲学者の親父がどうやって生活費を稼いでいるのかもよく分からないのだ。勇者の稼ぎなど想像できない。稼がないと生きていけない。しかし、これはあくまで想像ではあるが、無償で村人を助けるから「勇者様」なのだ。報酬を要求しようものなら「勇者のくせに金を取るのか」と非難されるに違いない。そして不特定多数の者どもが誹謗中傷の看板を村に立てるのだ。

 しかもただで働いてくれるとなると、奴隷を得たと勘違いする年寄りも多いだろう。以前、村にボランティアで来ていたNPOの人が、それが原因で村のじいさんと喧嘩したことがある。

 魔王の復活によって世界に現れるというモンスターなるものを倒せばいくらかの金銭が手に入るらしいのだが、恐喝か、カツアゲか、強盗か。いずれにせよ、法に触れるのではないか。

 いや、そもそも、モンスターとは何なのか。話に聞くモンスターは、何やら愛らしい目と口が付いており、ふにふにして青くて柔らかい体を持った小さな生き物だという。ゆるキャラじゃないのか。そんなモンスターちゃんを殴る、切る、燃やす、あげく金を取る。どちらが悪か。

 また、勇者は流浪の身であるからして家がない。仮に上記の理由で警察のやっかいになった場合、「今朝六時ごろ、住所不定無職、自称勇者の男が、横断歩道を歩行中のモンスターさん十八歳に剣のようなもので襲いかかり、現金四十五ゴールドを奪おうとし、駆けつけた警察に取り押さえられ、現行犯逮捕されました。なお、男は『魔王を倒しにいこうとしたが金がなく、まとまった金が欲しかった』と供述しています。警察では余罪を追及して捜査を進めています」などと報道されてしまうのだ。絶対に嫌だ。

 俺は大きくなくてもいいから一戸建ての家を持ち、犬を飼い、結婚して奥さんと子供たちに囲まれて幸せな人生を送りたいのだ。勇者など嫌だ。

 知力測定が開始された。


 「では、私が合図をしたら問題用紙を表に向けて開始してください。カンニングおよび、あらゆる不正行為は私に見つからないようにしてください」


 「いいのけ?」


 ゴサクが言った。


 「バレない不正は知性だと、そういった方針のもと実地しております。魔王退治もきれいごとばかりでは遂行できませんから。では、初めてください」


 第一問は数学だった。ゴサクの口笛が聞こえた。

 都会には学校なるものが存在し、金持ちの子供たちがそこで勉学に勤しんでいると聞く。そんな彼らなら簡単な問題なのかもしれないが、あいにく田舎では勉学よりも生きる知恵の方がよっぽど大切だから、算数を習うのは商人の家に生まれた場合だけだ。足し算と引き算くらいは分かるが、それ以上になるともう分からない。

 第二問は道徳だ。哲学者の専門分野だから問題自体は決して難しくないが、それをシンプルに説明する術を持っていない。イデアだのアガペーだのエロスだの言ったところで、普通はエロス以外は反応などしてもらえない。問答法だとか言って相手のいうことに疑問を投げかけても、大抵の場合は言葉よりも拳が返ってくる。答えは簡単に分かったが、規定の文字数で答える術は分からなかった。

 第三問は理科だった。副村長曰く、勇者として生きていく上で非常に大切な分野らしい。剣でぶっ叩けばオーケーだと思っていた俺は、少々面喰ってしまった。もちろん、分かる訳がなかった。


 「そして、勇者に一番大切なのは、勇気なのである!」


 ジャジャン!と言わんばかりに村長が元気いっぱいに言った。


 「ぶっちゃけ、最終的にはこれがあればなんとかなるんだよね」


 「今までの何だったんだ?」


 「冒険の途中ではそういうのも必要なんだよ。いろいろ罠もあるだろうし、めったやたらに困っている人たちに出会うだろうしね。でもさ、物語なんかを聞いていても、結局最後はなんだかんだで暴力なんだよ。でかいヤツに立ち向かえるか、そいつの頭に躊躇なく剣を振り下ろせるか、そこには知性も何もないんだよ。悪い奴はやっつける。それ以外のことを考えたらむしろダメなんだよ。考えたら負けなんだよ。何かが頭をよぎるほどの倫理観や理性なんか、持ってたら冒険なんかできないのよ」


 三人はうつむいた。言われてみれば、そんな気もする。


 「ということで、後についてきてください」


 そう言うと副村長は俺たちを家の奥の方へ案内した。途中通りがかった庭では、ビニールプールに浮かんだ村長がへらへらと笑っていたが、あれはきっとモンスターだから退治した方がいい、というようなことを副村長に言おうか言うまいか迷っていると、副村長は裏口のドアを開けて、俺たちに外に出るよう即した。


 「ここが、勇気の試練の舞台です!」


 そこには副村長の高らかな宣言とは正反対の、どうでもいいような景色が広がっていた。

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