19.お帰りなさい

 伝えた。

 ずっと、ずっと伝えたかったことを今、ようやく口に出来た。


「私は先生が好きです。ずっと前から大好きです」


 不思議なものでも、一度口にしてしまうと止まらない。

 私は何度も、先生に思いを伝えた。

 この思いは先生に届いてくれたのだろうか。

 私は先生と目を合わせ、表情を確かめる。


 先生は笑っていた。

 とても悲しそうな笑顔だった。

 そしてゆっくり、口を動かす。


「ありがとう、アリス。君の気持はとても嬉しい。君のような女の子に好かれたことを、僕は誇りに思うべきだろうね」


 悲しい笑顔はほんの少しの間だけ。

 気付けば普段通りの表情に戻って、淡々と語り始める。


「でも、君は賢いからわかっているはずだよ。僕と一緒にいても、君は不幸になるだけだって」


 情報を伝えるように。

 感情を込めず、空っぽな言葉を使うばかり。

 初めて会った時から、先生はよく誤魔化して話をする。

 本心を隠して、格好つけて話すんだ。

 それも先生の良さだと思っているけど、今聞きたいことはそれじゃない。

 私はただ、先生の気持ちが知りたい。


「私は! 先生と一緒にいられない方が嫌なんです! このまま離れ離れになるほうが……よっぽど不幸です!」

「それは……今だけだよ。いずれ僕のことを忘れたら、君には新しい生活がある。姉弟もいるし、友達もいる。僕がいなくなったところで」

「先生が良いんです! 私が好きなのは先生なんです」

「……それでも、僕たちはこれ以上関わるべきじゃないんだ」


 先生は折れない。

 私が涙を流しても、どれだけ好きだと叫んでも。

 非情に見える彼の姿勢には、どこか寂しさが感じ取れた。


「僕はね、アリス。君が思っている以上に臆病なんだ。耐えられないんだよ。誰かと関わっても、絆を紡いでも、時間がそれを破綻させてしまう。時間が経てば誰もが僕を忘れてしまう」


 関わらなければ、辛い思いをしなくて済む。

 深く他人と触れ合うほど、いずれくる別れが辛くなる。

 私たちだって同じ。

 でも先生の場合は、それが永遠に続く。 

 誰の記憶にも留まれず、いつまでも別れ続ける。


「だから僕は、一人でいることを選んだ」

「ならどうして……私を助けてくれたんですか?」

「それは……」


 先生は口を紡ぐ。


「別に言わなくても良いです。先生のことだから、きっと色々と考えてくれたんですよね? でもそんな理由はどうだってよくて、本当に関わらないと決めたなら、私のことだって見捨てればよかった」


 そう。

 あの時だって、助ける理由はなかったはずだ。

 無理だと放り出してしまえば、いずれ私は先生を忘れるから。

 助けてくれた理由は知らない。

 聞きたい気持ちはあるけど、今は別にいい。

 ただ一つ、確かに言えることがるから。


「先生はまだ、誰かと関わりたいって思ってるんです!」

「――それは……」


 それでも別れようとしてしまうのは、離れていく道を選ぶのは、全ては呪いの所為だ。

 呪いが先生を縛り続けている。

 だったら――


「私が先生の呪いと解いてみせます!」


 私のやりたいことは一つだ。


「それは無理だよ。呪いはかけた本人がいなければ解呪できない。魔女はとっくにいなくなってしまった。この呪いは永遠に……」

「それはただの現実です! 想像を現実に変えるのが、私たちの魔術だって先生は言いました! 私たちが望めば、想像すれば何だって出来るって!」

「……そうだけど、僕には想像できなかったよ。色々試したんだ。でも無理だったから僕は」


 諦めてしまった。

 先生には、呪いを解く方法が浮かばなかった。

 なまじ魔女を知っているから、現実を見てしまっているから。

 現実から外れたことを想像できないのかもしれない。

 

「先生に想像できないなら私が想像します! 先生だって前に言ってくれました! 想像力が一番大事だって! 子供のほうが想像力に長けてるって!」


 無茶苦茶を言っていることはわかっている。

 それでも、先生と離れたくない。

 一人にしたくない。

 その一心で、心からの思いを叫び続けた。


「方法がないなら作れば良い! 私たちならそれが出来ます! 一人で駄目なら二人で一緒に考えましょう! 私は絶対、どんなことがあっても先生を忘れません!」

「アリス……」

「私が先生を幸せにしてみせますから!」


 ああ、言い切った。

 最後の最後までがむしゃらに、子供みたいに泣いて。

 伝えたいことを腹の底から出しきって、これ以上は何も言えない。

 後はもう、先生次第だ。


「ふっ、はははははは……」

「先生?」


 突然笑い出した先生に困惑する。

 あんな風に無邪気に笑う姿を、初めて見たかもしれない。

 先生の瞳からは涙がこぼれている。

 笑い泣きか、それとも……


「あーあ、ずっと年下の女の子にそこまで言われるなんて……情けないよ」


 先生は涙をぬぐい、ゆっくりと私の前へと歩み寄る。


「せんせ――!?」


 そのままぎゅっと抱きしめられた。

 熱く、確かな抱擁。

 先生の鼓動と自分の鼓動が交じり合って聞こえる。

 

「ねぇアリス、君を……信じてみてもいいかな?」

「……はい、はい!」


 この時、ようやく先生の心に触れられた気がした。

 私の瞳からは大粒の涙かこぼれ落ちる。

 そんな私を優しく抱きしめながら、先生は小さく囁く。


「ありがとう」


 私のほうこそ、ありがとう。

 一杯一杯で声に出せない私は、ひたすら泣き続けた。

 

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