7.新しい生活
修行は明日からにしよう。
フィンラル様の提案に私は従うことにした。
というのも、気づけば時間が過ぎていて、窓の外を見れば夕日が沈みかけている。
昼からずっと書斎にこもっていて時間を忘れていたようだ。
「ねぇねぇお姉ちゃん遊んでよー!」
「あーずるい! レナとも遊んで遊んで!」
二人が私に抱き着いて急かしてくる。
夕方になったし、そろそろ夕食の支度を始めたい時間だ。
「ご、ごめんね二人とも。お姉ちゃん夕ご飯の準備しないと」
「えぇ~ お姉ちゃん最近全然遊んでくれない……」
「レナも寂しいよ」
しょぼんとする二人を見て、罪悪感に苛まれる。
確かに最近、二人と遊んであげる時間が減っていたのは感じていた。
私は魔術師になる方法を探し続けて書斎にこもりっきりだし、真剣に取り組む私を見ていてか、二人も邪魔したりはしなかった。
それが今日、私がいなくなったと心配したことをきっかけに言葉として出たのだろう。
遊んであげたい。
二人に寂しい思いをしてほしくない。
それでも私は一人しかいないから、やらなくちゃいけないことがたくさんある。
何より私はまだ子供で、出来ることにも限りはあって……
「それなら僕と一緒に遊ぼう!」
「え?」
そんな私を助けるように、フィンラル様が楽し気な声のトーンで提案した。
二人がキョトンとした顔でフィンラル様の顔を見る。
「お兄ちゃんが?」
「レナたちと遊んでくれるの?」
「うん! 僕だけじゃないよ? ほら、君たちに渡した子たちも一緒に遊びたいってさ」
フィンラル様がそう言うと、二人が持つぬいぐるみがひょこひょこっと動き始める。
ビックリして手放す二人。
ウサギのぬいぐるみは地面を跳ねて、二人の足元でちょこんと座る。
まるで本物のウサギさんのように。
最初は驚いた二人も、可愛らしい姿で動くぬいぐるみに瞳を輝かせる。
「すごいすごい! 動いたよレナ!」
「動いたねライカ! 何で何で?」
「他にも遊びたいって子たちがたくさんいるんだ。相手をしてもらえないかな?」
「「うん!」」
次々にぬいぐるみを生み出し動き出す。
いつの間にか書斎はパーティーのように賑やかになった。
二人も大満足しているようで、寂しさを忘れて楽しく笑っている。
私が二人を見てホッとしていると、フィンラル様がそっと耳元で囁く。
「これでも子供の相手は慣れているんだ。任せなさい」
「ありがとうございます」
フィンラル様の優しさ、気遣いに触れて心が軽くなる。
お陰で私は自分の仕事を始められる。
二人をフィンラル様に任せた私は、夕食の準備に取り掛かった。
一時間後――
「「いっただっきまーす!」」
テーブルの上に並んだ料理に手を伸ばす二人。
今日はフィンラル様もいるから、普段よりちょっぴり豪勢に作ってみた。
思えば家族以外の人に料理を振舞うなんて初めてだ。
そう思うと緊張して、ひそっとフィンラル様の様子を伺う。
「これ……全部アリスが作ったのかい?」
「は、はい。お口に合わないでしょうか?」
「いやいや美味しいよ! 食事なんて数百年ぶりだけど、こんなに美味しかったんだね」
数百年という真似できないスケールには驚きつつも、美味しいと言ってもらえてホッとする。
フィンラル様は魔女に呪いをかけられ不老不死になった。
その影響で、食事や睡眠は必要なくなったらしい。
だから数百年、食事をとってこなかったとか。
「自分で作るのも面倒だし、誰か一緒に食べる相手もいなかったからね。こういう賑やかな食卓は何だかホッとするよ。ありがとう、アリス」
「いえそんな。お礼を言うのは私のほうで」
フィンラル様が二人と遊んでくれたお陰で、私も自由に食事の準備が出来た。
夕食に呼びに行った時、フィンラル様に抱き着いてじゃれていたのには驚かされたけど。
「ねぇお兄ちゃん! 数百年って何々?」
「お姉ちゃんと何の話してるの? ライカたちにも教えて!」
「それは内緒だよ? 師匠と弟子のお話だから」
「「えぇ~」」
微笑ましい光景にクスリと笑いが出る。
何だか少し、あの頃を思い出す。
私たち三人と、お母様が一緒にいてくれた時のこと。
食事を済ませて、入浴も済ませると、二人はぐっすり眠ってしまった。
遊び疲れてしまったのだろうとフィンラル様は言う。
二人だけになった私たちは、夜空が綺麗に見えるベランダで座って話をしていた。
「元気な弟と妹だね。すっごくわんぱくだったよ」
「ご、ごめんなさい……相手を任せてしまって」
「構わないさ。誰かと遊ぶことも久しく忘れていたし、中々刺激的で楽しかった。これから毎日楽しみだよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。お母さんがいなくなって、二人も寂しい思いをしてるので……」
私一人じゃ二人の寂しさはぬぐえない。
今日のことでハッキリとわかってしまった。
大人がいない子供だけの環境は、ひどく不安定だ。
「落ち込む必要はないよ。二人とも、君のことを大好きなことがよくわかった」
「え?」
「遊んでいる最中もね? 君の話ばかりしていたよ。それだけ大好きで、大切なんだろうね。きっとそれは、君が今日まで頑張ったからだ」
そう言って私の頭を優しく撫でる。
「もっと自分を褒めて良い。君はちゃんとやれてるし、これからも出来るさ」
「……はい」
今日、三人が四人になった。
私たちの生活は新しく始まる。
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