帝国貴族の栄華

 銀河帝国の帝都キャメロットの皇帝地区インペリアル・エリアは、人類がまだ地球上でのみ暮らしていた、俗に地球時代と呼ばれる時代の中世期に隆盛を極めたバロック建築と呼ばれる建築様式をベースにした外観の邸が多数立ち並んでいる。

 その景観は、キャメロットが銀河系の政治・経済の中心地であると同時に、最高の文化都市である事も物語っていた。

 しかし、この皇帝地区インペリアル・エリアは爵位を有する帝国貴族のみが土地を所有する権利を与えられており、騎士ナイトや平民はこの地区に居住する事はできない。


 そして今日、皇帝地区インペリアル・エリアのほぼ中心に位置するアヴァロン宮殿に近い場所に立つウェリントン公爵の邸では盛大な晩餐会が催されていた。

 メイン会場である中央広間では豪華なシャンデリアが光り輝き、四方の壁には見るからに高価そうな絵画が展示され、一流のオーケストラによる生演奏が流れている。特に目を見張るのは、威風堂々とした皇帝が戴冠式の衣装を着けて玉座に座る姿を描いた名画『玉座の大帝陛下』の絵画である。

 誰を描いた絵なのかは明記されていないものの、これが銀河帝国の開祖アドルフ・ペンドラゴンの肖像画である事は誰の目にも明らかだった。なぜなら、銀河帝国において“大帝”と名乗る事を許されているのは19人いる歴代皇帝の中でアドルフ・ペンドラゴンただ1人だけなのだから。


 視覚と聴覚を一流のもので楽しませるこの広間には、それに相応しく豪華に着飾った貴族達が集い、我欲に満ち満ちた会話を平然と交わしていた。

 この邸の主にして、今日の晩餐会の主催者であるヘンリー・ウェリントン公爵は、帝国軍の軍令全般を司る軍令部の最高責任者、軍令部総長という要職にある人物である。

 軍部における彼の影響力は言うまでもないが、ウェリントン公爵家は帝国貴族の中でも屈指の名家の1つであり、政界財界での影響力も無視できないものがあった。

 そんな彼に取り入ろうと、多くの貴族がこの場に集っている。軍部高官は勿論、高級官僚や軍需産業企業の社長なども大勢出席していた。


 そんな中、このパーティの招待客であるクリスティーナは、つい先ほどまで大勢の貴族達に囲まれ、その対応に追われていたが、ようやくそれから解放されて壁際に立って一息ついていた。

 綺麗な青色のドレスに身を包み、彼女自身の美貌も相まってまるで芸術作品であるかのような美しさを醸し出しているクリスティーナの表情にも疲れが見える。そしてこのメイン会場の様子を一望すると、クリスティーナは露骨に嫌悪感を示した。


 帝国と臣民のために陣頭に立って戦わねばならないはずの貴族達は、多くの兵を死地に送り込み、彼等の屍によって守られているこの帝都の中で、毎日毎日、優雅で贅沢なパーティを開いている。いつ見ても腹立たしい限りです。この俗物達が守るのは国でも民でもなく、己の家門と財産のみ。民はそれを守るための道具としか考えていない。

 彼等に比べれば、ジュリーやトムの方がよっぽど貴族に相応しい。あの2人なら無辜の民を守るため、己が傷付くことなど一切顧みないでしょう。


「おや、クリスティーナ、こんなところにいたのか」

 そう言ってクリスティーナの前に現れたのは、彼女の上官であるマーガレット・ネルソン少将だった。彼女も今日は軍服姿ではなく、純白の美しいドレスを着ている。いつもは後ろで一本に束ねている髪も下ろしており、普段の凛とした様とは違って宮廷の貴婦人のようなお淑やかな印象を感じさせる。


「これはネルソン提督」


「名門貴族のご令嬢が、こんな片隅で何をしているんだ?」


「もう。揶揄うのはお止め下さい。私を彼等と一緒にするのは止めて頂きたい」


「ふふ。すまん。許せ。正直に言って私もこのような場は苦手でな。同志を見つけられて嬉しかったのだ」


 ネルソン提督は由緒ある子爵家の当主ですが、ネルソン子爵家は軍事一筋を旨とする家系で社交界に顔を出す事は稀でした。実際、私がこのような場でネルソン提督にお会いしたのは数回しかなかったはず。今回は主催者が帝国軍軍令部総長だった事もあり参加せざるを得なかったのでしょう。


「それにしても、ご令嬢はご機嫌斜めと見たが、どうかしたか?」

 そう言いながらネルソンの蒼い瞳は、クリスティーナの全てを見透かしているかのように視線を彼女に向ける。


「……どうもこうもありません。今も最前線では多くの兵士が戦っております。だと言うのに、ここにいる貴族達は貴族の義務ノーブル・オブリゲーションの精神を失い、己の私利私欲を満たすために貴族特権を振りかざす俗物と成り果てました。そもそも、毎日毎日、このような贅を凝らしたパーティを開くのに費やされている財を戦争に振り向ければ、もっと早く戦争終結にこぎ着けられるはずです」


 このような発言が周知となれば、私は社交界から追放され、一生貴族達の笑われ者となるでしょう。いっそその方がネルソン提督のように軍務一本で生きていけるから良いかもしれないと思った事もあった。


「貴官の言う事も分かるが、発言をする相手と場所は慎重に選べよ」


「無論、承知しております」


「だが、貴官も良い年頃の生娘、しかも飛び切りの美人だ。このような場に顔を出したからには若い殿方と恋花を咲かせるのも悪くないのではないか?いや、そもそもこんな美人を見て、上級貴族の男どもが黙ってはいないだろう」


「び、美人って、またそんな冗談を」


 確かにネルソン提督の言うように言い寄ってくる殿方は大勢いた。しかし誰も彼も興味があるのは私自身ではなく、ヴァレンティア伯爵家の家名だ。その下心を隠そうともしない連中に囲まれるのは苦痛でしかない。


「ふふ。まあ、クリスティーナにはもうジュリアスとトーマスというフィアンセ候補が2人もいる事だしな」


「な、なぜ、そこであの2人が出てくるんですか!?彼等は私にとって既に家族も同然の存在なのです。恋愛なんて考えた事もありません」


「確かに貴官等はまるで兄弟のような仲の良さだからな。しかし、ジュリアスもトーマスも健全な男子だ。こんな美人と寝食を共にしていて、何の感情も芽生えないと思うか? 男は皆、女の身体に自分の欲求を吐き出す事しか頭にない野獣なんだぞ」


 ネルソン提督は楽しそうに笑みを浮かべながら私を茶化してくる。


「……ま、まさか、そのような、」


 私はあの2人に限ってそのような事はあるまい、とすぐに考えた。しかし、改めて考えてみるとあまり自信が持てなかった。確かにジュリーもトムも同じベッドで眠る事は昔から変わらず続けているものの、一緒にお風呂に入る事には抵抗を感じているようだった。尤も、それを2人が表に出す事は無い。きっと私に気を遣っているんでしょう。


「あの2人もまだ幼さが感じられるが、中々の美形だからな。うかうかしていると、どこぞの淑女に取られてしまうかもしれんぞ」


「うぅ……。わ、私の身と心は、帝国と臣民に捧げております。あの2人がどこの誰と恋をしようと私の関知するところではありません!」


「ふふ。まあ、そういう事にしておいてやろう」


「そ、そういう提督こそ、縁談話の1つも無いのですか? 閣下も子爵家の御当主なのですから、そのようなお話もかなり舞い込んできているのでは?」


「ん? 私か? 私の貞操は軍務に捧げているのでな。縁談話は全て断っているのさ」


 私とネルソン提督がそんな話をしていると、豪華な衣装を身を包んだ黒髪の貴婦人が私達の前に歩いてきた。


「ふふ。相変わらず気高い女騎士を貫いているようね、ネルソン子爵夫人」


「これはホーウッド伯爵夫人。ごきげんよう」

 あまり話した事は無いが、この方はホーウッド伯爵夫人。名門貴族の出で、かつては恋多き女性として宮廷に名を馳せた人だ。


「ごきげんよう。あなたは確かヴァレンティア伯爵のご令嬢ね。お父様はお元気?」


「はい。と言っても、ここしばらくは軍務で辺境星系の防衛に出ていたので、最近は会っていないのですが。……それより、先ほどの気高い女騎士というのは何の事でしょうか?」


「あら、あなた知らないの?ネルソン子爵夫人はねぇ。何年か前に言い寄ってきた若い殿方に向けて、剣を抜いて“私を口説きたければ、弁舌ではなく剣技で語りなさい”って言い放ったのよ。しかも宮廷の中で、他の貴族達も見ている中でよ」


「そ、それは、また……」

 提督らしい、と思いつつも、流石にそれはやり過ぎでしょう。しかし、そんな断り方もあるのかと関心させられる。


「私は私よりも軟弱な男に嫁ぐつもりはありませんので」


「ふふ。やれやれね。これじゃあネルソン子爵家の未来が思いやられるわ」


「ご心配なく。我が家は軍人の家系です。今の家門も戦いの中で培ってきたもの。戦いの中で潰えるというなら御先祖達も本望でありましょう」


「ふふふ。相変わらず面白い方ねえ」


 ネルソン提督とホーウッド伯爵夫人の会話を端で聞いている内に、なぜか私は次第に早く帰ってジュリーとトムの顔を見たいと思うようになっていた。先ほどの提督のお話のせいだろうか。


「あら? お嬢さん、恋する乙女の目をしてるわね」

 そう言ってホーウッド伯爵夫人が私の方を見る。


「え? そ、そんな事はありません! ね、ネルソン提督が軍務に己の貞操を捧げているのに対して、私も帝国と臣民に己の貞操を捧げると誓っているのです! れ、恋愛にうつつを抜かすなど! そ、そんなはず……」


 そうは言ったものの、私はふと考えてしまった。

 もし仮に私があの2人に恋をしているのだとして、一体ジュリーとトムのどちらに対して恋をしているのだろうか、と。

 いや。そんな事を考えるのは止そう。2人を比べるなど、ジュリーとトムに対して無礼極まりない事だ。2人は私にとって大切な親友であり、家族なのだ。それ以上に一体何を求めようと言うのか。


 クリスティーナは軽く頭を振って脳裏に芽生えた雑念を振り払う。


「では、私はこれで失礼するわね」

 そう言い残して、ホーウッド伯爵夫人は再び人混みの中へと戻っていった。


「提督、私もそろそろ失礼させて頂こうと思います」


「もう帰るのか?」


「ええ。ウェリントン公爵を初め主だった方々への挨拶も終えましたので。長居は無用です」


 ここへ来たのはあくまで招待されたからであって、自分で進んで来たわけではない。

 本来、このような俗物の巣窟に身を置いているなど1分1秒でも苦痛なのだ。用が済んだのだから、さっさと退散したかった。


「貴官もここしばらくは軍用食レーションばかりだったのだ。せっかくだし、旨い物をたくさん食べて若い胃袋を満足させてやればどうだ?」


「私をシザーランド大佐のような食いしん坊と一緒にされるのは少々心外ですね。食事など空腹を満たせて、必要な栄養さえ確保できれば充分です。この会場にあるような無駄に豪勢に拵えた御馳走を作るために使われた費用と食材を、戦火に見舞われてその日の食事にも事欠く民に使ってやるべきとは御思いになりませんか?」


 クリスティーナは父親のヴァレンティア伯爵を説き伏せて、質素倹約に努めていた。そこで浮いた費用は全て戦争難民支援基金への寄付や食糧支援の手配などに充てられていた。


「まあ、言いたい事は分かるが、」


 提督は何か言いたそうにしつつも口を閉じる。私とした事が、つい熱くなってしまったか。


「声を荒げてしまい、申し訳ございません。では、私はこれにて失礼致します。では、」

 そう言うと、クリスティーナは早歩きで会場を後にしてそのまま帰路に着く。



─────────────



 邸に帰宅した頃、時刻は夜10時過ぎになっていた。結局、晩餐会ではほとんど食事も取っていないクリスティーナは流石に空腹が限界になっており、早く何か食べたいと考えていた。

 そんな彼女の前にメイドが1人現れる。

「お帰りなさいませ。クリスティーナ様、食堂にてジュリアス様とトーマス様がお待ちです」


「食堂で? ……分かりました」


 こんな時間にどうして食堂にいるのだろう? 夜食でも食べているのかしら? まあ、ちょうど食堂へ駆け込みたかったので好都合ですが。


 私は2人が待つという食堂にやって来ました。中に入ると、ジュリーとトムが「おかえり」と言って出迎えてくれました。

 トムは私が入ってきた扉の近くに立って。ジュリーは椅子に座り、食卓の上にぐったりと頭を乗せている。一見、だらしなく見えるが、ジュリーが食堂でこうなっている時はたいてい空腹に耐えかねてこうなっている事が多い。


「まさか、2人とも。まだ夕食を取っていないのですか?」


 クリスティーナの問いにトーマスが優し気な笑みを浮かべて答える。

「うん。ジュリーがね。どうせクリスは晩餐会の料理にはほとんど手を付けずに帰ってくるだろうから、待っててあげようって」


「ジュリー、トム」

 クリスティーナは嬉しさのあまり両目に涙を見せる。

 2人の心遣いに感激していたその時だった。


 グウウウウ~


 誰かのお腹が大きな音を立てた。誰のものなのかは考えるまでもなかった。

 ジュリーは恥ずかしそうにしながら右手で後頭部を掻いていた。


「ふふふ。待たせてしまってすみません。では早速、夕食といきましょうか」

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