ヴォルケス星系の戦い・前篇

 貴族連合軍の指揮官であるリクス・ウェルキン提督の指揮する宇宙艦隊が、銀河帝国軍の勢力下にある星系を次々と攻略しており、その勢いは日に日に増していた。

 その脅威は、ジュリアス等が所属するネルソン艦隊が駐留しているヴォルケス星系にも迫ろうとしている。


 ジュリアスの姿は乗艦アルビオンの艦橋にあった。

 艦橋の奥にある指揮官席に座るジュリアスの周囲には立体映像で映し出されている、横長の長方形型ディスプレイのようなものが3枚浮かんでいる。

 その3Dディスプレイにはそれぞれ、ネルソン提督、トーマス、クリスティーナの3人が映っていた。

 敵の襲来が近い事から、一々各艦から皆を招集して作戦会議を開くわけにもいかず、通信回線を開いて3Dディスプレイ越しに艦隊司令官と艦隊参謀長、そして2人の艦長による上級仕官のみで話し合う事となったのだ。

 この3Dディスプレイによる通信は、皆がそれぞれ右手首に付けているブレスレット端末によって行われている。

 このブレスレット端末は軍のみならず民間にも広く普及している情報デバイスであり、民間用の物であれば同惑星内、軍用の物で同星系内であれば快適に通話ができる。


 ネルソン艦隊は、まずネルソン提督の乗艦ヴィクトリーを旗艦に、ジュリアスが艦長を務めるアルビオン、トーマスが艦長が艦長を務めるセンチュリオンの計3隻で構成されている。

 これ等3隻の宇宙戦艦は、銀河帝国軍で最も生産されているドレッドノート級宇宙戦艦という艦種に当たる。全長1500mを誇る大型戦艦で、小さな小惑星であれば粉砕する事も可能な強靭な衝角を艦首に持つ四角錐型の形状をしていた。多数の艦砲が装備され、艦隊戦では無類の強さを発揮する。また、地上部隊等も運搬できるため、宇宙空間での戦闘は勿論、惑星への揚陸作戦すらこの艦1隻でこなせる汎用性の高さを持つ。


「情報によれば敵はこちらの倍の戦力と言います。このまま戦っても勝ち目は無いでしょう。一旦、この星系を放棄して味方の艦隊と合流してから反撃に出るべきです」

 テレビ通信にて最初に口を開いたのは、旗艦ヴィクトリーの環境にして指揮官席に座るネルソン提督の傍らに立つクリスティーナだった。冷静沈着にして優れた分析能力を持つ彼女の意見は、いつも的確であり、司令官のネルソンも一目置いている。


「……そうだな。この星系を敵に取られるのは痛いが、無理に抵抗をして損害を出しては再起を図る事も困難になってしまう」

 ネルソン提督は、顎に手を当てながらそう呟く。


 司令官と参謀長の意見が一致したとなれば、撤退はほぼ既定路線と言えるだろう。しかしそんな中で、ジュリアスは激しい面容で異議を唱える。

「待って下さい! 小官はここに残って戦うべきと考えます! この星系には広大な小惑星帯がある。そこでなら、小惑星を盾にして戦う事で、戦力差を埋める事もできるかと」


「でもジュリー、いくら地の利があると言っても、倍の敵を相手にするのは流石に苦しいよ」

 トーマスもジュリアスの意見に難色を示す。


 だが、ジュリアスには更に言い分があった。

「いいや。敵は連戦で疲弊している。対してこっちは万全の態勢で迎え撃てるんだ。勝算は充分にあるはずだ!」


「……分かった。ジュリアス、お前がそこまで言うのなら一戦交えてみよう」


「え? し、しかし、司令!」

 クリスティーナの表情から落ち着きが消えて動揺が走る。


「ありがとうございます、ネルソン提督!」

 ジュリアスは子供のように満面の笑みを浮かべて礼を言う。


 その様にトーマスは呆れた様子で溜息を吐く。

「まったく。君って奴は……」


「ふふ。いや。トーマス、そう言ってやるな。いざとなったら、ジュリアスが殿しんがりを務めてくれるのだ。我々は大船に乗ったつもりで構えてくればいい」


「え? ……あ、はい! そうですね! どうぞ、気を楽に持っていて下さい! あはは」

 冷や汗を流し、表情が引き攣りつつも、ジュリアスは笑って誤魔化した。


 その後、艦隊の移動と展開の指揮を行うために一旦通信回線が切られた。

 旗艦ヴィクトリーでは、ネルソンとクリスティーナ前にそれぞれ表示されていた3枚のモニターの映像がプツリとほぼ同時に消える。


「司令、今更再考を、とは申しませんが、本当に宜しかったのですか?ジュリ、いえ、シザーランド大佐の言う通りにして」

 クリスティーナは不安そうな面持ちで問い掛ける。


「ジュリアスは決して勤勉な男ではないが、知恵は回る奴だし、できない事をできると言うほど浅はかではない。私はそう見ているが、幼馴染の目からはどう見えている?」


「……私も同意見です。彼は冗談は言っても、根拠の無い妄言を吐くような男ではありません」


「ふふ。やはりそうだろう! どの道、この星系を放棄すれば戦況は一層悪くなり、厳しい戦いを強いられる。ならば、ジュリアスの策に掛けてみるのも一興だろう」



─────────────



 エディンバラ貴族連合軍は、元々銀河帝国軍を離反した部隊と連合に参加した貴族の私兵部隊による混成軍隊であった。

 しかし、50年にも渡る内戦の中でその組織構成は徐々に整えられていき、帝国軍とは異なる形で軍組織が構築されている。それは貴族連合そのものも同様であり、貴族連合は今や銀河帝国から離反した反乱勢力ではなく、銀河帝国とは別の1つの国家として機能していた。

 リクス・ウェルキン提督は、貴族連合軍大将という地位にあり、勇猛果敢な戦いぶりで知られる指揮官だった。

 彼は自身の旗艦アレシアの艦橋にてネルソン艦隊の動向に関する報告を受けた。


「ふん。たった3隻で我が艦隊を相手取るか。愚かな事だ」

 威風堂々とした風格を有し、短めの銀髪と鋭い緑色の瞳を持つ提督は、指揮官席に座らず、環境の窓から星々の大海を眺めながら嘲笑った。窓と言っても、それは本物の窓ではなく、ディスプレイモニターであり、そこから見える星々は全てモニターが映し出している映像に過ぎないが。


 ウェルキンは30代半ばと大将にしてはまだ若い指揮官である。

 これは彼の高い能力と功績による部分が大きいが、それだけではない。銀河帝国が血統によって地位や権限が与えられるのと同じように、貴族連合でも血統は重要視されていた。ウェルキンは侯爵家の当主であり、内戦が始まる以前は宮廷にて隆盛を極めた上流貴族の家系の出だった。


「ウェルキン提督、敵は小惑星帯に身を潜めております。如何致しましょうか?」

 今年26歳の若い副官クリトニー中佐は問いかける。


「悪足掻きをするというなら、させてやる。その1隻残らず、奴等の軍艦をその小惑星帯の一部にしてやるのだ! 全艦、直ちに敵艦隊に針路を向けよ!」


 ウェルキン艦隊は、宇宙戦艦7隻で構成されており、数の上では明らかに優勢だった。いくら小惑星帯の中に潜んでいると言っても、要塞攻略戦を挑む事に比べれば難易度は低い方である。

 この宇宙戦艦は、ネルソン艦隊を構成するドレッドノート級とは艦種が異なる。

 艦種の名はマジェスティック級宇宙戦艦。その形状からしばしば鯨とも称される事があるこの艦は、全長約1400mと銀河帝国軍のドレッドノート級に比べると一回り小さい。その分、火力も劣るが、代わりに小回りが効き、緻密な操艦を可能としていた。


 やがて、このウェルキン艦隊はヴォルケス星系の小惑星帯近くの宙域にまで進出した。


「レーダーに感有り! 敵艦隊を発見しました! 小惑星帯の中に潜んでおります」

 オペレーターが声を上げる。


 次の瞬間、艦橋を窓の方へ向かって歩くウェルキンの傍らに周辺宙域の図とレーダーに反応があった敵艦隊の所在地が表示された立体映像で形成された3Dディスプレイが浮かび上がる。

 ウェルキンは人差し指をその3Dディスプレイに向けて軽く振ると、3Dディスプレイはそれに合わせて位置を変えて、ウェルキンが見やすい所に移動する。


 それを目にして最初に発言したのはウェルキンではなく、その画面を共に見ていた副官クリトニーだった。

「敵は随分と小惑星帯の奥深くに陣取っていますな。これではこちらの砲撃だけでなく、自分達の攻撃まで小惑星に阻まれてしまうでしょうに」

 帝国軍の奇妙な布陣に疑問を感じずにはいられないクリトニーは、まずそれを上官に伝えて彼に警戒を促す。


「ふん。臆して弱腰になっているのだろうよ。ならばさっさと逃げれば良いものを」


「如何なさいますか?敵が小惑星帯に潜んでいる以上、艦砲射撃による攻撃では決定打を与えるのは困難です。ここは戦機兵ファイター部隊を出して、敵を小惑星帯から引きずり出した方が宜しいのでは?」


「いや。敵の布陣を見るに、既にこちらがそう来ると見越して、小惑星帯の随所に戦機兵ファイターを配置している可能性が高い。そこへむざむざと部隊を送り込んで戦力を損耗するのは愚策というものだ。それよりも、ここはあえて小惑星帯へと突入し、艦砲の圧倒的火力を以って敵戦力を殲滅する方が確実ではないか?」


「なるほど。確かに仰る通りですな」


 彼等が言う戦機兵ファイターとは、艦船よりも小型で高い機動性を有する人型戦闘機動兵器。

全長15mの巨体はさながら鋼鉄の巨人であり、宇宙戦では艦船の防空や船外作業など様々な任務に従事し、地上戦では拠点制圧戦や市街戦などで主力兵器として活躍する。

 汎用性が高く、便利な兵器ではあるが、宇宙戦艦の強靭な装甲とその装甲の表面を覆うエネルギーシールドを破るほどの火力を持たないため、艦砲や推進装置などを直接攻撃しない限り、戦艦を無力化する事はできず、艦隊戦においては最初の露払い、最後の残敵掃討くらいしか活躍できないというのが現状だった。


 それもあり、仮に戦機兵ファイター部隊による伏兵が存在しても、艦隊による突撃であれば特に脅威に感じる必要は無い考え、ウェルキンは艦隊に攻撃命令を飛ばす。




 しばらく航行した後、ウェルキン艦隊は一斉に小惑星帯に潜む帝国軍ネルソン艦隊に向けて攻撃を開始した。

 しかし、その多くはネルソン艦隊を取り巻く数多くの小惑星に命中してしまった事、そもそもまだ有効射程外であり命中した数発も戦艦のエネルギーシールドを破るには至らなかった事から、これというダメージは与えられなかった。

「敵はやる気充分、と言った具合だな」

 ヴィクトリーの艦橋にてネルソンはそう楽し気に呟いた。


「はい。ここまではシザーランド大佐の予想通りです。敵は全艦でこの小惑星帯に突っ込んできます」

 落ち着いた面持ちでそう淡々と述べつつも、クリスティーナは幼馴染の読みが的中していた事を内心で喜んでいた。


 敵軍が連戦連勝を重ねて士気が高まっており、この戦術は攻撃的なものとなる。つまり敵が取る戦術は艦隊による正面突破。ジュリアスはそう予想して、作戦を立てていた。そしてその予想は見事に的中したというわけだ。

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