第三章 ワルヤ

再び深層区画へ

 足元だけが弱い光で照らされた、深層区画。

 そこを2人の探索者が進んでいた。


 1人はカリトゥだった。特に警戒している風でもなく、淡々と歩を進めている。

 その顔に浮かぶ感情は……あえて名付けるなら「不本意」になるだろう。


 もう1人はワルヤだった。


 その足音がやけに響いている。ワルヤは全身を真っ黒なスーツアーマーに包んでいる――と言うことは脚甲レッグアーマー、それにブーツすらも金属製なのだから、足音が響くのも当然だろう。


 いやそれ以上に、2人の間に会話がないことが最大の問題だ。


 探索しているはずなのに、2人の間には実務的な言葉のやり取りすらない。


 ワルヤが先行し、その右後ろにカリトゥがついてはいるのだが、同じパーティーとは思えない、寒々しさがうかがえてしまう。


 いや、そもそも同じパーティーであるのか。

 元・パーティーと言うことであれば、確かにその通りになるのだが。


 だが2人が進んでいるのは、危険極まりない深層区画だ。

 いつまでもこの調子では――


 その瞬間、カリトゥが動いた。

 同時にカチューシャを外す。


 カチューシャは形を変え、そのままカリトゥの右腕に巻き付いた。

 

 カリトゥが動いたのは、当たり前にモンスターとの遭遇エンカウントを察知したからだ。だからこそ迎撃の準備を整えた。


 そして現れたのは、牛頭人身ミノタウロス

 デニスのパーティーであっても、慎重に対処する強力なモンスターである事は説明するまでもないだろう。


 だが、彼らは知らない。


 最高位ハイエンドとまで讃えられる斥候職スカウトを。


 そして、カリトゥが所持する特殊なアイテムの力を。


 フ……と、わずかな空気の震えを残して、カリトゥはその場から消えた。


 ワルヤはただ立ち尽くしていただけだが、その異常さをミノタウロスは察知した。恐らくは生存本能が刺激されることによって。


 だがそれでも遅い。


 カリトゥはミノタウロスがバトルアックスを振り上げるよりも先に、その真正面で無造作に跳び上がった。

 その高さ――易々とミノタウロスの巨体を上回る。


 そのままカリトゥは空中で回転し、逆さまになりながらミノタウロスを飛び越えた。


 同時にナイフを抜いていたカリトゥの右手が、3回振るわれる。

 光の軌跡を描きながら。


 カリトゥの振るうナイフ。

 刃が光を帯びている。


 その光が、ミノタウロスの2本の角と、その首をほとんど同時に切断していた。

 もちろん、命ごと切断しきっている。


 ドウ、と崩れ落ちるミノタウロスの


 その傍らに着地したカリトゥは、すでにナイフを鞘に収めていた。


「相変わらず、使いどころが上手いな。その『理力光渡鞭』」

「……ワイヤー」


 カリトゥは顔をしかめながら、右手に巻き付いていたアイテムをカチューシャに戻した。


 このアイテムは、使用者の精神力をついやして、持っている武器を強化するという、間違いなく特級品の装備だ。


 かつての探索でカリトゥはこれを手に入れていたのだが、当たり前だがまで手に入れたわけではない。


 そこで、当時のパーティーの中でネーミング合戦が起こったのだが……


「マコトは本当にネーミングセンスがない。それだけのアイテムに金属線ワイヤーだなんて名付けるなんて」

「ネーミングセンスがないのはワルヤさんでしょ? マコトさんは何事もシンプルで素晴らしかった」


 当時も、こんないさかいが起こっていたであろうことは、想像にかたくない。

 2人はごく自然に口喧嘩いいあらそいへと移行していたのだから。


「……君は自分で考えてないだろ? 何事もマコトが基準だ」

「それの何が問題なんです?」

「君も『ワイヤー』なんて呼び方には納得いってないだろうに」

「私が納得いってないのは、今のこの状態です」

「でも、君はついてきた」


 それに対する、カリトゥの反論はない。

 その代わり、というつもりではないだろうが、カリトゥは先ほど切り落としたミノタウロスの2本の角を片手で器用に拾い上げる。


 そのまま2本の角を、ワルヤに向かって放った。


 ワルヤはその角を、マントを広げて受け止める。

 と、同時に角が消えた。まるでマントに吸い込まれたように。


「……相変わらず、不思議ですね。その“よじげん”マント」


 カリトゥが呆れたように声を出す。


「ほら」


 それに嬉しそうに応じるワルヤ。当然、カリトゥはいぶかしげな声を上げた。


「……何がですか?」

「“よじげん”なんて言葉、君知らないだろ? でも、マコトがそれを受け入れたから、君も受け入れている」

「それは……」


 カリトゥが暗闇に粘り気をなすり付けるように言い淀んだ。


「つまり、君はマコトに依存してるんだよ。マコトの言うことなら、何でも受け入れてきた」

「そんな事はありません! マコトさんは朝にだらしなくて、それで悲惨なことになってたし、好き嫌いも多くて、何かと言うとお風呂に――」


 そこでカリトゥの言葉が止まる。

 兜の下から、ワルヤの笑みが覗いているのに気付いてしまったのだろう。


 カリトゥは悔しげに押し黙る。


 そして、カリトゥは改めてワルヤという探索者の事を考えた。


 ワルヤは最初から完成していた――


 それがカリトゥがワルヤに持っていた印象だ。

 

 ワルヤは、カリトゥより先にマコトと組んでいた。だからどこで完成したのかは確かにわからない部分もある。


 しかし、マコトに話を聞く限りワルヤは最初からであったらしい。


 全身を黒鎧で固めて。

 そして“よじげん”マントも最初から持っていた。


 マコトの探索初期には、随分とマコトをフォローしてくれている。

 実際、マコトに匹敵する技量の持ち主で、カリトゥはずっと毎日が続くと思っていたのだ。


 だが、それはワルヤがパーティーから離脱し、マコトのフォローはカリトゥが受け持つことに――なってしまった。


「とにかく、先に進んで“探索”する気になってくれたようで、何よりだ」

「それはワルヤさんが言いだしたことでしょ?」


 恐らくは、ミノタウロスの角を回収したことについて「探索」していると言っているのだろう、とカリトゥはあたりを付けた。

 実際、そういった素材を持って帰らないと、言い訳も出来なくなる。


 それがカリトゥの判断だった。

 

 そして、その判断をワルヤも後押しする。


「それはまぁ……そうだな。だけど、探索しているという心構えでいた方が良いと思う」

「ワルヤさんは――」


 ほとんど反射的に、カリトゥは声を上げた。

 ギュッと拳を握る。さらに自分の声も握りしめ、決意を固めた。


「――ワルヤさんは一体何を知っているんですか?」

「俺が知っているのは、たった一つのことだけだ」


 ワルヤの声が、身につけている鎧と同じような硬質な響きを纏う。


「マコトが引退を決めた理由。それだけだ」


 ――カリトゥの額に、冷や汗が浮かぶ。

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