第10話 白い小さな竜。

「わ、可愛い!」


 璃音は歓声をあげた。

 柔らかな頬をバラ色に染め、手元でキュルンとして璃音を見上げる白いトカゲっぽい生き物をじぃっと見つめた。


 隣から上がったはしゃいだ声にアラクシエルは視線を隣へと遣り、すぐに手元にいる生き物を見つけた。


「ん? 珍しいな、聖竜族の竜の子ではないか。」

「聖竜族・・・?」


 初めて訊く言葉に、璃音は興味を示す。


「お父様、聖竜族とは何ですか?」


 質問する璃音にアラクシエルは優しく微笑む。


「言葉通りの意味だよ。強い聖属性を持つ竜族の子供だ。」

「聖属性・・・。あ! 最近勉強した気がします! 古代竜の血脈をもつ五大竜族のうちのひとつ・・・ではなかったですか?」

 この国の成り立ちを勉強する際、五大竜族も学んだのである。


 嬉しそうに父親に報告する璃音に、アラクシエルは褒めるように頭を撫でた。

「そうそう。良く学んでいるね優秀だ。偉いなイオは。」

「はい! お父様の子供ですから! お父様に恥をかかせぬよう頑張ります!」

 元気よく返事をする愛娘にアラクシエルは愛しいやら可愛いやらで多幸感でいっぱいになる。


 喜びで輝きを増すアラクシエルに、璃音はウッと固まった。

 こんなに美しい人が自分の父だなんて、本当に未だに信じられない。

 ひとつひとつの表情、それから所作、耳に響くうっとりとした声音。

 この父の美貌に慣れる日が来るとは思えない。

 そんな璃音に気付いているのかいないのか、アラクシエルは蕩けた瞳で璃音の頭を撫で続けたのであった。






「まだ人化も出来ぬ幼体か。」


 持って来た焼き菓子を小さな両手で器用に掴み、あぐあぐと美味しそうに頬張る白い子竜。

 小さな身体の何処に入るのだろうか、人間の口でも四口程の大きさの焼き菓子を既に何個か食べ終えていて、大変食欲旺盛である。


「おまえの親が心配して探しまわっているだろう。聖竜族の誰が親だ?」

 お父様の質問に、子竜は焼き菓子を咀嚼するのをやめると「きゅうきゅう」とせつなそうに鳴いた。


「お父様、この子竜は何と・・・?」

「竜化中は念話が出来るはずだが、産まれて然程経過していないのだろう。

 竜族の成長速度はとても早いから、この大きさでも産まれて十日も経過していないのだろう。ということは、まだ習えてないのかもしれないな。

 先程から焼き菓子を頬張るだけで念話を一切してこない。

 ・・・どうしたものか。とりあえず部屋に戻り、聖竜族の長に手紙を出すことにしよう。城へ来て貰い対面させなければ何も分からないな。」


「きゅー・・・」

 会話が分かっているのか、あぐあぐ食べていた焼き菓子を放したまま食べる事を止めてしまった。

 表情では分かりづらいが、何となくシュンとしているように感じる。


「お父様、子竜は何故だか連絡して欲しくなさそうですね・・・? 急に焼き菓子を全く食べなくなりました。」

「連絡しない訳にはいかないさ。こんなに小さな幼体なのだ。いくら強い竜族の子だとはいえ親は心配しているだろう。」

「そう、ですよね・・・」


 白くて可愛い子竜、出来ればお城でこの子のお世話してずっと一緒にいたいなと思ってしまう。竜族の子という事もあるし、そんな簡単な訳にもいかないのだろう。

 連絡して欲しくなさそうだと思ったのも、璃音の願いがそういう風に見えたように感じたいだけなのかもしれない。


「きゅぅ・・・きゅぅー?」

 しゅんと落ち込んだ璃音を、子竜がじっと見つめて鳴く。


 璃音は黙ったまま子竜の小さな頭を人差し指で優しく撫でる。

「きゅぅ・・・・・・」

 子竜は吐息を漏らしたように鳴くと、うっとりとしたように目を閉じ、璃音の指先に甘えるようにスリスリしてきた。


(可愛いなぁ・・・。これは人化をまだしない幼体だとお父様は言ったけれど、人化したら赤ちゃんとかなのかなぁ?) 


 子竜の頭から小さな顎先へと指を滑らしくすぐるように優しく撫でる。


「キュー・・・」

 子竜は気持ち良さそうに目を閉じ甘えた声で鳴くと、そのまま寝入ってしまったのだった。


「お父様、寝てしまいました」

 ひそひそ声で璃音は報告する。

「そうだね。じゃあ、イオはその子竜を抱っこしてくれるかな? それがイオのお仕事。」

 璃音と子竜のやり取りを優しい眼差しで見守っていたアラクシエルも、璃音へひそひそ声で返答する。


 子竜を抱っこしている璃音ごと抱っこし、右腕に璃音を乗せる。


「さ、戻ろうか」

「はい、お父様、小声で話すの楽しいですね」

「うん、秘密の会話をしているみたいだね?」


 囁き合いながら、くすくすと漏れ出る笑い声を抑えつつ、親子と子竜は室内へと戻るのだった。

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