第6話 姫教育の開始と竜王の婚活事情。

 早いもので、あれから一週間が過ぎた。


 大切な御身ですからと物々しい数の魔道具を使って二日間精密検査をさせられたが、全て問題ない事が判明しただけだった。

 竜王であるお父様が顔色を悪くしながら検査中にちょいちょい現れるので、お爺ちゃん先生に叱られていた。

 全く問題ないと言われた時は、私以上に大喜びしていた。

(父が可愛すぎるんですけど…)


 記憶が全くない事が唯一残る憂いではあるが、身体の面での憂いは綺麗に晴れた事で、記憶の方は時間の経過と共に取り戻していくだろうとお爺ちゃん先生の見立てである。


 健康体という事が分かると、ただ眠っていた五年間を取り戻すべく、いよいよ姫教育を始める事となった。

 私は十歳という事だけれど、五歳の頃にも少し習っていた教育も全て忘れている為、何もかもを一から始めなければならない。

 スケジュールはかなり厳しめに設定された。


 ダンスには若い女性教師が、淑女教育には貫禄のある公爵夫人が教師をしてくれるらしい。

 馬術と飛竜術と剣術と魔法は若い男性教師が二人付くみたい。

 お父様が「女性の教師をつけろ。男性などはいらん」と言って抗議していたけれど、

 あの知的イケメンから却下されてしまったようだ。

「姫様を囲いたい気持ちは分かりますが、異性と全く接点がないのは今後に響きます。間違いが起こらないように護衛騎士も三人付いてあらゆる角度から見張らせますから。」

 ちなみに、お父様が用意したらしい護衛騎士は全員女性である。

 インテリイケメンも色々と苦労してるのか、お父様を強引に説き伏せた後に退室する際、お腹を押さえていたらしい。

 胃を痛めてそうで申し訳ない気持ちになった。

 ごめんなさい、うちの父って謝罪して、今度何か胃に良いものを差し入れしてあげよう。

 情報を仕入れてくれたテレサは「陛下が話を素直に訊きいれる相手は、メルキセデク宰相閣下と、ラビエル様だけですから。」と言っていた。

 お爺ちゃん先生はラビエルという名前だとこの時に知った。

 ずっとお爺ちゃん先生って呼んでたし…。


 あの知的なインテリイケメンはメルキセデク・シュヴァインという名で、このヴァーミリオン王国で竜王を支える非常に優秀な宰相閣下だと説明された。


 モノクルを付けてたからインテリイケメンって勝手に渾名つけてたけど、本当に知的なインテリイケメンだったのか。

 この王宮で見かける人の誰もかれもが見目麗しいから、渾名つけるとしたら殆どの人を~イケメンって付けちゃいそうだけど。


 最初に説明された姫教育のリストに座学という何処から何処までを学ぶのか果てしなさそうな名前の教育。

 講師が決まってないのか、そこの欄は何も記入されていなかった。

 お父様を説き伏せた後に宰相閣下がその講師として名前が書かれていた。


 きっとお父様が「信頼出来ない男性講師はダメだ!」とかいってごねたんだろうなぁ…と思っている。






 もはやただの親ばかを通り越して、娘ラブなお父様。

 そんなお父様には伴侶もおらず、子が娘である私しかいない。


 けれど私は、お父様の魔力と特別なスキルから命を与えられた個体である為、将来後継者の竜王に育つ事はない。

 竜王はこの世界で一番の魔力量を誇る者しかなれない為、生み出した主より強くなれない私は竜王候補にすらならない。


 世界の中心のヴァーミリオン王国の竜王なんて肩書き、想像するだけで胃に穴が開きそうになるので、竜王になれないことは、私にとってむしろ大変喜ばしい。


(竜族の姫と呼ばれるだけでも、ファンタジー感にひええっと叫びだしたくなるのに。)



 その為、後継者教育では無く、竜族の姫としての教育のみを早急に叩き込まれる事になっている。

 姫教育だけでもギッチギチのスケジュールが、後継ともなるともっとハードだそうだから恐ろしすぎる。


 五年間眠っていた事もあり、他の竜族の令嬢達よりも随分出遅れているから、ここまでハードなスケジュールらしい。

 通常の竜族の姫教育は、休息日もちゃんと設けられた緩やかな教育だとのこと。

 その代り、普通の貴族の淑女教育が六歳くらいからで少しずつ様子をみながら教育が始まるのに対して、三歳~四歳くらいから姫教育はするらしいけれど。


 学びが始まったら、専属の護衛を含め、幾人か私付きのものが増えるらしい。

 私には赤ちゃんの頃からの専属メイドはいるが、それ以外は一切いない。

 これからは、専属の家庭教師と侍従を付けてくれると言われた。

 侍従は私のスケジュールを管理して、秘書みたいな役割をしてくれるそう。


 前世の私もスケジュール管理は杜撰ずさんだったので、非常にありがたい。


 竜王として年齢も経験も若過ぎるお父様。


(三百歳ってお爺ちゃんイメージだけど、竜族からしてもまだ少年くらいの年齢で、竜王からすると赤ちゃんみたいな年齢なんだって! 年齢っていうもののゼロの桁数が異常よね…)


 竜王としての自覚の為にも地位を盤石にする為にも、側妃を迎えて正規の方法で後継を作る事を切望されている。


(お父様曰はく、魔力量=この世界での強さが竜王を決めるのだから、地位を盤石と周りはいうけれど自分が一番強い事が地位を盤石にしているのだから伴侶など要らないのだそう。)


 竜王の意思はどうあれ、周囲は伴侶の居ない美貌の若き竜王は、間違いなく世界の婚活市場という莫大な規模での第一位に君臨しているのは間違いない。


 ほんの僅かな情けでもかけて欲しいと、切望される存在。

 ヴァーミリオン王国で王族主催の夜会でも開こうものなら、招待状を巡って世界各国から問い合わせが届く。

 それが一番の本命であろう事はバレバレなのだが、ついでですからと申し訳程度に書かれた書面に重なるように他国の王女や令嬢達の釣書も届く。


 望まれれば望まれる程、心は堅くなり、頑なになったそうで―――

 臣下の皆さん、薦め方間違えたんじゃないんですかね…


 そういうのに酷くうんざりして私を産む事にしたとか言われたけど、

 産んでませんよね…?


 お父様の何百倍にも圧縮された魔力の塊からスキルで命を注いで貰って…という説明でしたよね?

 えっ、もしかしてそのスキルは出産とかじゃないよね…?


 産んだと言った時のお父様の顔が冗談を言ってるように見えなくて、気になってお父様を問い詰めたけど教えてくれなかった。

 特別なスキルの詳細は、次代竜王に代替わりする時に、先代竜王から教えて貰うものだから、教える事が出来ないそうだ。



 正妃である竜王妃を迎えないのは、その資格を持つ(いくつかあるらしい)者が、現ヴァーミリオン王国にも、他国にもいない為に、まずは側妃を迎えて下さいとの事になったらしい。

 けれど、お父様は側妃を迎える事を断固拒否しているそうだ。

 そもそも私を作ったのも、そういう煩わしい事から逃げる為に作ったと言っていた。


 煩わしいことから逃れる為に魔力で娘を作るとか…どんだけ規格外の魔力持ちなんですか。

 歴代竜王でも竜族の娘を作る事が出来る程の魔力量を所持していたのは片手で足り程しか存在していないという。


 ただそれはヴァーミリオン王国の竜王の座に居る時に作ったという記録が無いだけで、竜王が死亡しての代替わりでなければ、隠居後に作った元竜王も居たかもしれないとお父様は言っていた。

 

 竜王の寿命はとてつもなく長い為、長い生を共に歩めるのは己の魔力から作った子供だけという寂しくせつない理由もあったりするらしい。


 人族なんて百年も生きないし、他の妖精族や魔族など魔力が高く長生きしても二千年程なのだそうだ。

 稀に妖精族に該当するエルフなどが先祖返りをおこしてハイエルフとして生まれると、四千年くらい生きるらしい。


 前世が人族しか居ない世界の私からすると、千年単位なんて途方もない寿命だと思うけれど…。



 類まれな美貌だけでも懸想する者が後を立たない上に、手にする権力と地位は世界最高峰のお父様には、国内にたくさんの側妃候補がいる。

 愛妾候補の存在まで入れたら、その数字だけ見ただけでうんざりするそうだ。

 他国なんて含めたら、千の桁にいってしまうだろう。



 己の父といえど他人事である。

 自分が竜王になることはないと分かっているので、モテるというのが辛い時ってあるんだなーなんて暢気のんきに考えていた。

 お父様の婚活事情はお父様のものだと、完全に他人事だと思っていたから罰が当たったのか。



 竜王がダメならと、娘の私にツガイ候補が設けられる事になったのだった。



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