第3話 神のようなご尊顔の男性は、パパでした。


「そ…、そんな…。イオ、イオ…」



 青褪めた顔で青年は呟くと、お爺さん先生にギュウギュウ抱きしめるなと言われたばかりなのをすっかり忘れ、璃音りおんの小さな身体を膝に乗せて抱きしめた。



 今度は流石に力加減は忘れなかったのか、先程のように強い力で抱きしめられてはいない。

 ほっとするような温もりと、酩酊しそうな程のいい匂いに包まれ癒される。


 どれほどの時間が経過したのかは分からないが、結構な時間を抱擁されていたと思う。


 時折、青年が璃音の髪や背を優しく撫で擦りながら「大丈夫だ」と少し震える声で囁いている。



(私より、この人の方が大丈夫じゃない気がするんだけど…)



 青年の背中は広すぎて手が回らないので、そっと手だけ添えて背を撫で返す。


 そうしてるうちに居心地のいい腕の中で璃音はうとうとし始め眠くなってきた。


 いつの間にか小さな寝息をたてて眠ってしまった。









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「ああ、イオは記憶が混濁しているようだ。心配ない、私が説明する。」



 あの青年の耳に心地いい声が聞こえる。

 顔がとてつもなく美しい人は、声までとてつもなく良いなんてズルいな。

うつらうつらと微睡みながら璃音は考えていた。


 青年と話してる相手も男の人みたいだ。

 そちらは有能そうで明瞭な声で会話している。


 声だけで判断するなら青年は凄く若いけど、会話の相手は青年より年が上な気がする。

しっかりした仕事の出来る大人の男性といった声だ。



 推理なんてすると正解が知りたくなり、璃音は眠気の残る重たい瞼を持ち上げて声がする方を見た。



「起きたか?」


 頭上で男性のいい声がしたが、璃音は返事をせず目の前の男の人を見ていた。


(正解かなぁ? 多分、今私を抱っこしている男性よりは年上な気がする。)


 藍色の艶々した長い髪を後ろでスッキリとひとつに纏めて、モノクルを片目にかけたインテリイケメンが居た。

 インテリイケメンは璃音と目が合うと、慈しむような微笑みを浮かべた。



「おはようございます。姫様。」


 怜悧な美貌が優しい微笑みを浮かべると、他の人の微笑みの数倍の破壊力がある事を璃音は痛感した。


(うわあ、花がほころぷ微笑みってこんな顔かも!)


 思わずうっとりと見つめてしまった。


「おはようございます…」


 うっとりしつつ挨拶を返すと、頭上に居た男性が「イオ、私には挨拶はないのか」と、拗ねたような声で呟いた。


 見上げると先程のとんでもない美形のどアップがある。


「…!」


 思わずカッと目を見開いてしまった。


 金の髪色と同色の形よく弧を描く眉は中央に寄り、胡乱な目付きのアーモンド形の瞳には長い睫毛が瞬きに合わせて上下している。


(全て金色だから神様みたいに神々しいなぁ、羨ましい程の長い睫毛…何か乗せたら怒るかな?)


 結構失礼な考えを頭に浮かべつつ美貌の男性を見つめ、へらっと愛想笑いをしておく。


 途端に不機嫌な顔つきが破顔し、金色の瞳が喜色に輝きを増す。


「――おはよう、イオ」


 優しく囁くように言われると、私の記憶にはない筈なのに甘くふわふわした気分になった。


(この人といると、すごく落ち着く…)


 まるで温かい湯の中をたゆうようにホッとして身体の力も抜けるような感じがする。


(創生神様が用意した環境って、お姫様になって璃音の時にも見た事ないような凄いイケメンを目の前で日常的に鑑賞出来る存在になれるって事なのかもしれない。)


 璃音はイケメンは近づくより遠くから鑑賞するのが好きだ。

 けれど、鑑賞は出来るが物凄く近くで見る事になっているうえ、しかもぴったりと触れ合っている。

 ちょっと璃音の嗜好とは違う方向ではあるが、そこの知的イケメンも璃音にぴったりくっついてるイケメンも前世では見た事がないくらいのイケメンなので、細かい事は気にしない事にした。


(神様ありがとう!)




「おはようございます」


 一瞬妄想の世界の住人になりそうになり慌てて挨拶を返すと、この人を食い入るように見つめてた事に気付いて、恥ずかしくなって俯いた。


「イオ、君には色々と説明しないといけないね。」


 神妙な声で言われて、真剣話だと璃音は腕の中で背筋をスッと伸ばした。




「まず、私はイオ…君の父親だ。」



「えっ!? ち、ちち、おや? ええっ、とてもお若いですよ…ね?」


 どうみたって前世の私の年齢と同じかちょっと上くらいの人にしか見えない。



「アラクシエル・ドラグーン・ヴァーミリオン、この国で竜王と呼ばれているよ。いそして、イオはイオフィエル・ドラグーン・ヴァーミリオン、私の娘でこの国のたった一人の大切なお姫様だよ。」


「とんでもないイケメンがお父様で、そのイケメンの子供が私……」

 耳を澄ませなけれは分からないような小さな声で璃音は呟く。


 このとんでもイケメンとの恋は始まらないようだ。

 やけに密着してくると思って、もしかして年の差を越えた恋人とか―――

 期待した訳じゃ…いやちょっとは期待していたけれど。

 お父さんじゃ恋愛出来ないもんなー…父親だって実感はないけど。


 この世界ってこんな凄い若くして子供を持つのかもしれない。日本も昔は凄い低年齢で結婚して子を成していた歴史があるしね。


 ああ、残念―――

 この凄い美貌と色気の塊のイケメンは心の中だけで愛でる事にしよう。


 いや? 父親なんだったら抱きついてスリスリしても破廉恥ってならないような?

 良く考えてみたら、合法イチャイチャが出来る相手では!?


 あまりの美しさに嗜好が変わり、遠くから見るだけでいいと語った前世の話をコロリと変えた璃音である。


 ―――そっかー、私今何歳なんだろう。添い寝とかお願い出来たりしないのかな?

 私が姫なら王様だろうから、添い寝は出来ないかもしれないな…

 ああー、良く考えたら父親が居るなら母親も居るって事で、母親が居るなら父親と添い寝してるのは母親では? 添い寝ダメじゃん…一緒に寝れても家族で川の字とかするヤツになるだろうきっと。


 美しい父が璃音の百面相をほほえましく見守られている事には一切気付いてない璃音。


 とりあえず、母親の事を訊いておくことにする。


「おとうさま…。ということは、お母様もいるのですね。」


 父が居るなら母も居る、生命誕生には欠かせないパートナーである。


 とんでもない美形の妻なのだから、選ばれた妻もきっととんでもない美女だろう。


(ということは、美形と美女の夫婦の子が私で…私ってとんでもない美少女なのでは!?)


 美女鑑賞も悪くないと思った所で自分のスペックが高い事に気付く。


(神様が選んで入れてくれたこの顔と身体、わざわざ極上のものにしてくれたのね!)


 璃音が心中で神様に感謝の祈りを捧げていると、先程の璃音の質問に美しい父は顔を困ったように歪ませる。


「お母様はー…いないかな。イオには私しか親はいない。そこもちゃんと説明するよ。それより…」


 アラクシエルは璃音としっかりと目を合わせる。


「イオ、目覚めてくれて有り難う。もう一度父様と呼んで欲しいな?」


 璃音の頬がポッと赤く染まる。


「お、おとうさま……」


「イオ! 私のお姫様…!」


 アラクシエルと名乗り、璃音の父だと告げた男性は、嬉しくて堪らないといった顔をして璃音の頭をしつこく撫でたのだった。


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