第32話 3年ぶりの謁見



 部屋に戻るとイブは心配そうに俺の顔を伺って来た。アイラもイブの様子に「何かがあった」事を理解はしているようだが、話しの内容は一つも理解していないようで、ベッドに丸まりすぐに眠っている。


「何で、アダムが国賊なんて事になってるのよ……」


 イブは誰に言うわけでもなく、小さな声で呟く。


「何が起きたかは知らないが、面倒くさい事になってるのは確かだな……」


 イブは俺の言葉に、頬を膨らませて口を尖らせて瞳を潤ませた。ぶっちゃけた所、国賊だろうが、何だろうが俺にとっては取るに足らない小事だ。


 追ってが来るなら蹴散らせばいいし、都市に入れないと言うのなら、自分でゆっくりとどこかに家でも建てて悠々自適に暮らせばいいだけだ。


 だが、この旅はここで終わりとなるだろう……。イブを巻き込む訳にはいかない。俺が国賊になる事で、イブが危険な目に遭う事は目に見えている。



「この旅はここで終わりだな……」


 俺は部屋の窓から満点の星空を眺めながら、ため息混じりに呟いた。


「アダム……。そんなこと、い、言わないで……」


 泣き声混じりのイブの声にハッと振り返ると、イブはボロボロと綺麗な涙を流していた。心臓がバクッと脈打ち、初めて経験する感情に戸惑う。


「ア、アクアに行くの……。私とアダムは……アクアに行くの……」


 途切れ途切れに懸命に伝えようとするイブに胸を締め付けられる。イブの涙に、俺はイブと離れるのは耐えられそうにない事を自覚させられる。


 泣き続けるイブを抱きしめ、宥めていると、泣き疲れて眠ってしまった。綺麗な目元は赤くなり、絹のように美しい頬には涙の跡が残っている。


 いっその事こと、本当に国を潰してやろうか? とすら考えてしまう。昔、命を救われた国王だが、こんなふざけた事を言っているのなら、もう俺の敵だ。


 イブを泣かせた罪は俺の命よりも重い。



 アイラの寝顔に「ふっ」と微笑み、イブの髪を一つ撫でる。俺は決意を決め、王宮へと時空を繋げる。


(たまには本気の一つでも出してやるか……)


 と薄い笑みを浮かべて、足を踏み入れようとした時、声をかけられた。



「それはそれで面白いけどねぇ〜。その手は愚策だなぁ〜……」


 絶対感知には何も反応はない。つい先程まで聞いていた声である事がすぐにわかるが、声の主がこんな事を言うはずがない。


 俺はバッと振り返ると、薄く笑みを浮かべているイブが立っていた。あまりの変貌に、困惑しながらも、先程の軽い口調には覚えがある。苦笑しながら俺はイブの姿をした、ソイツに話しかける。


「そんな事も出来るのか?」


「イブは知らないけどね〜。こうして下界に降りたのは500年ぶりだよ」


「何しに来たんだ?」


「ん〜? 君が馬鹿げた事をしようとしてるからだよ? そんな事をしてもイブは喜ばないぞ〜??」


「……『俺が』気に入らないから行くだけだ」


「私に嘘を言うなんて、大した男ね。全てを『めんどくさい』で切り捨てるくせに、随分とイブにご執心なのね?」


「うるさい……」


「ふふふっ。3年ぶりね。アダム・エバーソン君」


 俺は時空を閉じ、イブの姿をした「神」と向き合う。イブとはまるで違う雰囲気。まるで違う声色。まるで違う笑顔。


 全てを面白がっているような笑顔に、あの乳だけ女神である事を確信する。




「すっかり可愛げがなくなったわね……。15歳の君は生意気ながらも従順だったのに……」


「お前がスキルを隠せ! とか、あの馬鹿共の成長を促して魔王討伐しろ! とか言って来たせいで、俺がどれだけ面倒だったと思ってる?」


「随分と嫌われちゃったな……。あの私の胸に釘付けだったエロガキだとは思えない。ふふふっ」


(く、くそが……この乳だけ女神め!!)


「誰が『乳だけ女神』よ!! 失礼ね!」


「はっ?」


「あっ。安心して。イブは心の中読めないから。それより、今のうちにイブの身体をじっくり見せてあげようか?」


 女神は俺が造ったワンピースの首元を広げて、その隙間を俺に見せてくる。綺麗な鎖骨からふっくらとした胸の谷間が見えた所で、俺は慌てて上に視線を切る。


「や、やめっ、ろ!」


「や、やめっ、ろ! だって〜!! ふふふふ〜」


 と俺の真似をして下品に笑う女神に殺意が湧いた。イブの身体や顔じゃなければ、即刻「削除」する案件だ。


「イブの顔と身体で下品な笑い方するな……」


 俺は凄みを利かせて低い声で威圧する。女神は少しハッとしたように苦笑する。


「……さすがにやりすぎだったね。ごめん」


「はぁー……。で? 次は何をさせに来たんだ? これがお前の言う『ヤバい事』なのか?」


 俺をからかうのは、きっとこのクソ女神だけだろうと呆れながら、話しを本題に戻そうと問いただす。


「何言ってるのよ? 君はこんなの全然『ヤバく』ないでしょ? 私はね〜、イブの事をかなり気に入ってるんだ! 健気で従順で、神も顔負けに人々を救う姿が可憐でねぇ〜」


「…………それが?」


「だから、イブが泣いてると私もムカついちゃうの! 君の行動が、更にイブを傷つける物だったから止めにきたんだ〜」


 まぁ嘘は言っていないような感じだ。ムカつく奴である事に変わりはないが、イブを大切に思っているのなら敵ではない。


 それに冷静になって考えてみると、この国を懸命に救ってきたイブの行動を全否定するような愚行をしようとしていた事も理解できる。


 かなり癪だが、次の行動をこのクソ女神に聞くのが最善なような気がして、俺は深いため息を吐いた。



「……どうすればいい?」


「そうだねぇ〜……。ゆっくり寝てから王都に戻りなさい……」


「はっ? 『潰して』いいのか?」


「とりあえず、明日王都に着けばなんでもいいよ〜? もちろん、イブも一緒にね?」


「危険じゃないのか?」


「……君、護衛でしょ?」


「…………」


「ちゃんと明日になってから『みんな』で行くのよ? じゃあ私帰るから!」


「あ、おい! ちょ、ちょっと待て! スキルがバレて『ヤバい事』ってなんなんだ!? パーティーを離れて『ヤバい事』って!??」


 俺は「森羅万象」を得てからの3年間、ずっと疑問に思っていた事を投げかける。考えても考えても見えない答えに悩まされるのは、もう御免だ。


 もう女神と会う事は二度とないかもしれないし、このチャンスをみすみす逃すのは惜しい……。バレるのに気を使うのも疲れて来たし、「追放」でもそれが起こるのか、気にするのも面倒だ。


 『ヤバい事』が何かわかれば対処できる。この曖昧すぎる言葉が「何か」わかればどうにでもできる。



 イブの容姿をした女神は微笑んだ。今までの雰囲気とはまるで違う、母親のような慈愛に満ちた優しく、美しい笑顔だ。



「そのうち、わかるわ……」



 女神はそう言って、蝋燭の火が消えるようにふっと居なくなってしまった。俺は意識を失ったかのようにベッドに倒れ込みそうになるイブを、慌てて支え、ゆっくりとベッドに寝かせる。


 スヤスヤと気持ち良さそうに眠るイブにホッとしながら、


(明日か……)


 と呟き、頭に血が昇ったまま王宮に行かなくてよかった……と少しだけ、あのクソ女神に感謝した。

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