第4話 To You

 僕は、大学では柏木信孝(かっちゃん)、英裕樹(エイちゃん)、岩倉昌宏(マー坊)、安藤靖(ヤスシ)と一緒に行動するようになった。

 かっちゃんと初めて出会った時に、部活やサークルについて、空手同好会の怪しい新入生勧誘の話をして、実際サークルに入った方がいいのか、入るにしてもどこに入ったらいいのか、意見を聞いてみた。

 かっちゃんは、

 「たしかに、怪しいサークルや、単なる金集めの為の集団もいるから気をつけた方がいい。ま、焦って決めなくてもいいんじゃない?」と言っていた。

 僕は、「かっちゃん大人だなぁ〜」と感心しながら、とりあえず、この人に付いて行こうと思ったのだった。


 みんなと出会って一週間くらい経った頃、授業が終わった後にヤスシが突然

 「実はオレ、今日クルマで来たんだ。」

と言った。

 みんなは「えーっ?」と驚いたが、エイちゃんが、

 「いージャン!じゃあ、みんなで鎌倉の安藤の家に行こうよ〜」と言うと、マー坊も

 「行くしかないでしよ!」と言い、急遽みんなで鎌倉に行くことになった。

 ヤスシが鎌倉に住んでいることは、既に聞いていたが、僕は鎌倉自体、中学の頃に日帰りの移動教室で行っただけで、おぼろげに大仏やお寺がたくさんあったという印象しかなかった。それよりも、友達が自分でクルマを運転して鎌倉から都内の学校に来ていることが衝撃であった。

 ヤスシのクルマは白の日産スカイライン・ジャパン1800で、サイドに黒のラインが入った、中々カッコいいクルマだった。クルマ自体は親父さんのものだが、親父さんは免許を持っておらず、実質ヤスシが自由に使えるクルマだった。

 学校から甲州街道、環八を経由して、第三京浜から横浜新道に続き、いつの間にか国道一号線になっていて、当時は横浜ドリームランドの大きな看板があった原宿交差点を左折。

 僕が「ここも原宿なんだ…」と言うと、横浜市民のマー坊が「横浜の原宿ネ!全然賑やかじゃないけど。」と笑った。

 鎌倉女子大前交差点を右折して横須賀線の踏切を渡り、突き当りを左折すると、少し走って左手に北鎌倉の駅が出てきた。駅の周りは女性の観光客がたくさん歩いていた。

 「あ、北鎌倉だ!中学の移動教室で来た!あ、明月院だよ~。アジサイがいっぱいあるとこだよね~」

 僕が叫ぶと、かっちゃんが

 「たっちゃん、はしゃいでるネ~」と笑った。

 「もうすぐオレの高校が見えるよ~」とヤスシが言うと、左手に建長寺が見えてきた。

 「あ、コレ、建長寺だ。この辺ずっと歩いたんだよナ~」と僕が言うと、

 「コレ。オレの高校。」と建長寺を指差してヤスシが言った。

 「安藤って、カマガクか~。桑田と一緒じゃん。」とエイちゃんが言うと、ヤスシが、

 「そうだよ~。あとマチャアキとか先輩だよ。」と答えた。

 そういえばヤスシのカーステレオではサザンの最新アルバム「タイニーバブルス」がずっと流れていた。普段ほとんど洋楽しか聴かない僕でも、サザンはもちろん知っていたが、買ってまで聴きたいと思ったことは無かった。ちょうど「To You」が流れていて、何だかオシャレな女性が多い鎌倉の風景にとても合う感じがして、いい曲だな…と思った。


 「思い出を Give it to you

 心に amuse

 待ってよ これきりなんて云わずに

 気持ちは to you

 恋は異なもの すべからくto you 」


 桑田さんの歌詞は英語の使い方がとても上手い。メロディーやアレンジもビリー・ジョエルやクラプトンの雰囲気が感じられ、それがパクリではなく、見事に桑田さんのオリジナリティになっている。

 特にこの曲は原坊のコーラスがとてもいい味を出しているな〜と思った。


 恋は異なもの…

 恋は不思議なもの。いつどこで始まるかわからない。理屈じゃない。

 僕は、今までサザンの曲をちゃんと聴いていなかったことをちょっと後悔した。

 

 「なんかさ、鎌倉で聴くと、サザンっていいネ~」

と僕が言うと、かっちゃんも同じことを思っていたらしく、すかさず

 「ウン!そうだね。」と言った。

 するとヤスシも

 「そうだろ~たっちゃん、ありがとう。嬉しいよ~」

と喜んだ。


 そんな会話をしているうちに、クルマは鶴岡八幡宮の前で右折して海の方に向かった。周りには、お土産屋さんがたくさんあって、平日にも関わらず、移動教室か修学旅行と思われる中高生や、大勢の観光客で賑わっていた。こんな所に住んでいるヤスシが羨ましく思えた。

 マー坊が「安藤の家ってどの辺なの?」と聞くと、

 「坂ノ下。長谷駅の近く。もう着くよ。」と、ヤスシに言われても、みんなどこだかわからなかった。

 しばらくすると海に出た。滑川の交差点を右折して由比ガ浜沿いに134号線を進むと、直ぐにヤスシの家に着いた。ヤスシの家は、本当に海のすぐそばにあった。


 家に上がり、親父さんとお袋さんにご挨拶した。ヤスシのご両親は、僕の両親よりも若い感じに見えた。ヤスシの親父さんは主に日用品を扱う販売会社を営んでいて、クルマが必要な時にヤスシが運転して営業を手伝っていた。二階に上がるとヤスシの部屋と高校生の妹さんの部屋があった。ヤスシの部屋からは由比ガ浜も良く見えた。ビーチにはまだ人も少なく、地元の人が犬を散歩させていたり、ぶらぶらしているだけであった。

 部屋には何故かドラムセットもあり、ヤスシも高校時代にバンドを組んでいたそうだ。それを聞いたかっちゃんが、今度セッションしよう~と喜んでいた。

 部屋には僕の部屋より立派なオーディオコンポもあり、オーディオの上には、ちょうど僕もこの頃、毎日のように聴いていたREOスピードワゴンのニューアルバム「禁じられた夜」が置いてあった。

 僕は思わず、

 「あ、REOスピードワゴン!オレもコレ持ってるよ~。キープ・オン・ラヴィング・ユーいいよね。」と言うと、

 「オレは涙のレターも好きだな。」とヤスシは言った。

 僕は「ねえ、ちょっと海見に行っていい?」とみんなに言った。

 「そうだな、天気もいいし気持ちよさそうだな。行って見っか。」とエイちゃんも賛成してくれて、みんなでビーチに散歩に出かけた。


 僕は、海に来たのも本当に久しぶりだった。考えてみれば小学生の頃、親と南伊豆に旅行に出かけた時以来だった。この日の由比ガ浜は波も湖のように穏やかで潮風も柔らかく、ほのかに海の香りがして、とても懐かしい思いがした。

 「なんだか帰りたくなくなるね~」と僕は言った。

 「夏になったらみんなで泊まりにおいでよ。」とヤスシが言うと、

 みんなで「それはいいネ!」と盛り上がった。

 マー坊が「とりあえずクラスの可愛い子にも声かけてみますか。」と言い出し、エイちゃんが

 「いきなり鎌倉誘うのも怖いでしょ。まずはコンパでもやって仲良くならないと。」と言うと、

 「じゃあ、合コンやりますか~」と、かっちゃんが笑った。

 僕は意味がわからず「コンパって何?」と言うと、「飲み会だよ。たっちゃん。」とヤスシが教えてくれた。

 エイちゃんが「で、誰誘う?」と言うと、マー坊が「たとえばモモマコとかデカマコは?」と即答する。

 僕は、やはり、この二人は手が早そうだナと思った。ちなみに男子校育ちの僕は、まだ女子に対する免疫ができてなくて、クラスの女子と話すどころか、顔も満足に見ることができなかった。なので、「モモマコ」も「デカマコ」も誰なのか全然わからなかった。後でかっちゃんが教えてくれたのだが、マー坊は石野真子のファンで、僕らのクラスには石野真子似の女子が二人いたのだった。一人は小倉桃子という小柄の子で、桃子なので「モモマコ」。もう一人は名前を忘れてしまったのだが少し背が高い子なので「デカマコ」と呼んでいた。後に僕が見た印象では「モモマコ」の方が可愛くて、石野真子に似ている感じではあった。

 「オレは河東(カワヒガシ)さんがいいかな。」とエイちゃんは言った。

 「河東さんと一緒にいる香川さんもいいかも。」とヤスシが言うと、

 「ああ、あの胸が大きいコでしょ。」と、かっちゃんもニヤリとする。

 まだ学校が始まってから一週間しか経っていないのに、僕は、みんなが既にクラスの女子たちをこれだけ把握していることに驚愕した。

 僕はやっぱりガキだな~と思った。


 そんな話で盛り上がっているうちに、由比ガ浜はいつの間にか暗くなりはじめて、潮風も冷たくなってきていた。

 ヤスシが「逗子のデニーズでも行こうか。腹も減って来たし。」と言い、クルマで移動することにした。逗子のデニーズはヤスシの家から車で5分くらいの所で、僕の地元にあるデニーズとは全然違う、とてもファミレスとは思えない、海沿いのオシャレなレストランだった。着いた時はちょうど夕暮れ時で、残念ながら海側の席は空いていなかったが、待たずに座ることができた。窓から見える湘南の海に沈む夕陽、夕焼けに染まる店内は本当に美しいと思った。


 僕はそもそも風景というものに、今まで全く関心がなかったのだ。おそらく僕が風景の美しさに目覚めたのは、初めてヤスシの家に行ったこの日、鎌倉周辺の様々な風景を見た時だった。

 駅までの帰り道、またヤスシのクルマでサザンを聴きながら、なんだかヤスシに「親の事を避けて、部屋にこもって洋楽ばかり聴いていないで、今まで自分が否定していたものにも、ちゃんと目を向けてみなよ。」と言われたような気がした。


 新しい発見って、そういう時にあるんだろうナ。

 当たり前か。今まで目を向けていなかったんだから…





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