第5話 優しい人

「ぼ、僕がどうしてもお伝えしたいのです。だめでしょうか、いつもルイス様は女性と出かけておられるので今まで機会がなく……」


「まあいい。話せ。退屈だったらすぐやめろ」


「はい……。ルイス様、僕がルイス様のお世話係になった日のこと、覚えていらっしゃいますか」


 メロが俺の世話係になった日? そんなの覚えてるわけない。日替わりデートの予定は完璧に覚えてるけどなー。


「質問するな。勝手に話せ」

「す、すみません。実は僕、もともとは給仕係だったんです。それである日、宮廷内の食器を盗んでいると疑いをかけられて」


 ああそんなこともあったな。確か三か月くらい前のことだったか。


「牢に入れられ絶望していたとき、第二王子ルイス様が僕の無罪を主張してくれ、しかも世話係に付けると仰っているから釈放だと牢屋番に告げられました。僕はそのとき、ルイス様を神だと思いました」


 あー、それね。だって食器なくなったの俺のせいだもん。

 つまみ食いしようとよく厨房に忍び込んで皿に乗っけて部屋に持ってきてたんだよなー。食い終わった皿は戻すのめんどくさいから窓からフリスビーみたいに飛ばして捨ててたんだよね。

 バレたら叱られるし、かといって俺のせいで誰かが捕まるとかなんか嫌だし。結局外からの侵入者を見たって言って、架空の犯人をでっち上げたんだよな。


「ルイス様、あのときはどうもありがとうございました」


 メロは振り返って頭を下げた。


 そういえば世話係として初めて俺に挨拶したときもそんなこと言っていたな。デートがトリプルブッキングになっちゃって、どうやって調整しようか必死に考えてたから聞いてなかった。


「松明が落ちるぞ、ちゃんと持て」

「あ、はい」

「話はそれで終わりか」


「……ルイス様は、お優しい方です」


 優しい? 俺が? 俺はいざとなったらお前を囮にしようとしてるんだぞ。持ち上げるのもたいがいにしろ。


「ふん。俺が優しい、か。そうだ俺は優しい。お前、歩きっぱなしでそろそろ疲れたんじゃないのか、少し休んでもいいぞ、疲れただろう」


 俺が疲れた。疲れたというより息がなんだか苦しい。俺が休みたい。

 頭がぼうっとして寒気がする。どうしたんだろう俺。ああ、だめだ目が回る……


「僕はまだまだ平気です……って、ルイス様!?」


 俺はその場に倒れ……なかった。メロが素早く俺を抱きとめてくれたからだ。正確には小柄なメロでは抱きとめきれず、メロは俺を抱えたまま尻もちをついた。


 やわらかい……。こいつ、男のくせにいい匂いがするな……


「ルイス様、すごい熱じゃないですか。さっき水溜まりに入ったから? 僕がちゃんと体を拭かなかったからだ、ごめんなさいルイス様、ごめんなさい」


 メロは俺を抱きとめた姿勢のままぽろぽろと涙をこぼした。おいおい何も泣くことないだろ。


 ……俺のために泣いてくれてるのか? 俺なんかのために。


 俺は優しくなんてないし、ただの女ったらしだぞ。ついでにぼっちだし。


 ……そうだ俺は。

 肖像画でしか知らない母を求めて色んな女とつき合った、ただのさみしがりや。

 そう自覚すると急に足場のない不安定なところに自分がいるような気がした。

 怖い。

 怖い。こわい。


「は、母上も、父上も、兄上も、エリオットも、もう誰もいない。俺には誰も……」

 メロの腹に顔をうずめながら、俺はすすり泣いた。ああ、何弱気になってるんだろう俺。こんなこと突然言われてもメロだって困るよな。


 だけどメロは特に引いたりせずに

「ルイス様、僕がいますよ、僕は、ルイス様のそばに」


 優しく俺の頭を撫でてくれた。気持ちが落ち着く、優しい手だった。





 メロが魔法で氷を出して俺の額を冷やし、解熱剤を飲ませてくれた。解毒剤に負けず劣らず失神しそうな苦さだった。

 メロに膝枕されているので、メロを見上げる形になる。俺は何気なく手を伸ばしてメロの長い前髪をはらう。どきっとした。


 か、可愛い……。こいつ、可愛いな。


 熱が下がってきたようで頭も回るようになった。


 いやいや男に向かって何考えてんだ俺……どきっとした、とか、ついにおかしくなっちまったのか……でももう俺にはこいつだけだ。もうこいつでいいか……




 ってよくない!! よくないだろー!!



「グルルルル……」



 あーほら腹が鳴った。腹減ってるから妙な事考えるんだよなー。


「プシュウウウウウウ」


 ぷしゅー? 息の音? あれ、なんだか生臭い匂いが……


 メロを見ると、驚愕の顔のまま、固まっている。


「メロ?」

「ルイス様、魔物です!!」


 何だと―――!!


 俺はがばと跳ね起きた。目の前に、四つ足の大きな魔物がうなりをあげていた。


 そうだった、俺たち魔物を倒しに来たんだった!

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