第21話 ダマヴンド島へ

 寒冷雨季から熱暑乾季へと変化する短いサルナーン地方の春を大急ぎで北上した俺たちは、一か月の旅を経て港町ポートセルムへと到着していた。

ハルパイア諸島へは、ここから船旅となる。

 自然豊かなハルパイア諸島には交易都市や漁業都市などが点在し、定期便も出ている。

 俺たちはそれに乗って、『風の神殿』があるダマヴンド島へ向かう。


 馬車は載せていけないので、馬のパルシアとは一時ここでお別れだ。

 幸い、島をめぐる商人たちのために、長期預かりをしてくれる馬屋もあり、パルシアにはそこで待ってもらうことにした。

 ここまで、随分と頑張ってもらった。彼女にも休息は必要なのでちょうどいいだろう。


「船は初めてなんだ。何か気を付けることはあるか? アシュレイ」

「船酔いに気をつけろと言いたいが、今の君たちなら大丈夫だろう。念のため、酔い止めの魔法薬も用意しているので、万が一気分が悪くなったら言ってくれ」

「わかった」


 ここのところで、この黒騎士とも話をよくするようになった。

 ナーシャやティナのことで疑っていたこともあり、それが素直にするのを邪魔していたと今更ながらに気が付いて謝罪した俺を、アシュレイは笑って許した。

 それ以来、俺は先輩騎士としてアシュレイを頼っている。


 少しばかり素直になってみれば、この黒騎士ほど優れた人間はそういない。

 剣術、知見、心遣い、勇気……王はどこの英雄を連れてきたのかと、驚くばかりだ。

 彼の助けがあれば、魔王と戦うのもそう恐ろしくないとすら思える。


 ……頼ってばかりでもいけないとも自戒するが。


「どきどきするのです、こんな大きなものが水の上に浮いてるなんて信じられないのです」

「ほんとだよね。魔法も少し使ってるみたいだけど、驚くばかりだよ」


 乗船予定の船を見上げてリズとティナが顔をこわばらせている。

 俺も緊張しているが、興味のほうが大きい。ボートなら湖で乗ったこともあるが、帆船にのるのは初めてだ。


「ナーシャ、そろそろ行くぞ」

「うん」


 駆け寄ってくるナーシャの笑顔に違和感はない。

 俺たちがジャルマダを出るときすら、例の男は現れなかった。

 ナーシャの性格的に考えにくいことだが、やはり行きずりの男だったのだろうか?

 それを確かめられないまま、俺はこの美しい幼馴染のことを心配している。

 彼女が望むなら、ジャルマダに残ってもいいと提案すらするつもりだった。


「ん? どうかした?」

「いや、なんでもないんだ。緊張してないかと思ってさ」

「わたしが? 大丈夫よ。ありがと」


 快活に笑うナーシャ。

 普段通りで、無理をしている様子はない。


「さ、行きましょ。船旅って初めて! 楽しみだわ」


 乗船を待つ仲間たちのもとへ向かうナーシャの背を歩いて追いかける。

 そんな俺の横に黒騎士が並んだ。


「……ナーシャのことが気になるのかね?」

「黒騎士殿はお見通しか」

「ふっ、勇者殿がわかりやすいだけだ。気になるなら尋ねてみればいいのではないか?」

「あんたに忠告された日、手遅れだと知ったよ」


 俺の言葉に、黒騎士が小さく固まる。珍しいことだ。


「あんたは正しかった。ナーシャは、もう手の届かないところにいる」

「それは違う」

「違わないさ。でも、今の俺にはリズがいる。引きずることはしないさ」


 俺の言葉に、黒騎士が鉄仮面の裏で小さくため息をついた気がした。



 いくつかの島をめぐりながら、船旅は進む。

 補給が密であるためか、船上レストランでは各島の名産物も並び、俺たちは穏やかな船旅を楽しんだ。


 ……昨晩までは。


 朝から雨が降り、にじんだ朝日の中で俺たちは目覚めた。

 雨風は徐々に強まり、昼頃には雷雨となって船を大きく揺さぶるようになってゆく。

 そして、空が薄闇に染まるころ、この海域では珍しい巨大な嵐に巻き込まれた俺たちの船はついに座礁し、転覆した。あっと間の出来事だった。

 大きな衝撃に足元がよろめいたかと思えば、先ほどまで壁だった場所が床となり、あっという間に海水が客室に流れ込んできたのだ。


 そして、二度目の大きな衝撃とともに船は真っ二つに分かれて、嵐と海流に俺たちは流された。

 押し寄せる水が迫ってきて、足元が掬われて……それから──……俺は。


「……──ヨシュア!」


 夢の中から浮き上がるようにして目を覚ますと、そこは海岸だった。

 目の前には、心配げなナーシャの顔。


「ナーシャ……。ここは……?」

「よかった、大丈夫? おかしいところはない?」


 体中痛いが、目は見えているし、声も聞こえている。

 五体満足ではあるようだ。


「みんなは?」

「わからない。無事だといいんだけど……」


 体を起こすと、海岸には船の残骸や積み荷、それに船の乗っていた者たちが流れ着いているのが見えた。


「ぐっ……探そう。どこか別のところにいるのかもしれない」

「うん。ほかの人にも聞いてみましょ」


 よろよろと起き上がり、ナーシャとともに白砂の海岸線を歩く。


 生きている人。

 死んでいる人。

 船の残骸。

 浸水した荷物。


 一つ一つ、確認していく。

 ……が、仲間たちの姿はなかった。

 ハルパイア諸島は海流も入り組んでいる。もしかすると別の島に流れ着いているのかもしれない。

 それ以外の可能性については、考えないようにした。


「いない、ね」

「何、きっと無事だよ。ティナはいざとなれば魔法で水の中でも息ができるし、アシュレイならこのくらいへっちゃらなはずだ。リズも冒険者なんだし、トラブルには慣れてる」

「そう……そうよね。うん」


 無理やり笑顔を作るナーシャに、うなずいて見せて島を見やる。


「『風の神殿』へ向かおう。そこで合流できるはずだ」

「でも、どうやって? 船がないわ」


 ナーシャに首を振って、俺は背後に広がる森を指さす。


「『清風の水晶』の気配がする。おそらく、ここがダマヴンド島へだ」

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