イカリオスと一緒に
「準備はできたか」
「はい」
「では行くぞ」
どこまでも、感情のない声だった。
私は、イカリオス隊長と一緒に、ラスタリア本国へ向かって馬を走らせる。
乗馬なんて久しぶりだけど、勘は鈍っていないようで安心……ここで「馬に乗れません」なんて言ったら、イカリオス隊長は私を置いてさっさと行っちゃうに決まってるよね。
私は、イカリオス隊長と並走する。
「おい、何度も言うが……」
「妙な真似をしたら斬る、ですよね。そう何度も言わなくてもわかっています」
「ふん。いいか、ライラップスとガルムを手懐けたようだが、私はそうはいかん。常に目を光らせているということを忘れるなよ」
「……はぁ」
「返事もできないのか?」
「……はい」
さすがに、イライラする。
確かに私は元敵兵。でも、今はラグナ帝国軍の一員だ。
カディ様に忠誠も誓ったし、剣も受け取った。その光景を見ていたくせに、こうも頑なに私を認めない。まぁ、別に認めなくていいけど、あからさまな敵意は見過ごせない。
ただでさえ二人切りなのに……ライ君と一緒がよかったな。
イカリオス隊長は、フンと鼻を鳴らす。
「まずは、ラスタリア本国周辺の農村を調べる。国民の生活や流通などを調べるんだ」
「はい」
「それと、不本意だが……ああ、本当に不本意だが!! 私とお前は旅の夫婦……っく、旅の夫婦ということにしておく。いいな」
「……はい」
嫌そうに言うイカリオス隊長。
私だって嫌に決まってる。
だから、私は冷静に言った。
「イカリオス隊長」
「なんだ」
「私が嫌いなのは理解しました。私から歩み寄ろうとは全く思いませんし、イカリオス隊長も私を認めることはないと断言できます。ですが、今はその感情を胸にしまっていただけませんか? 私と隊長は、殿下の命令で偵察任務を行っているのです。私への悪感情を剥き出しにして任務を行えば、必ずどこかで失敗します。私は、あなたと仲良くするつもりは微塵もありません。ですが、殿下のためにあなたと夫婦になって、偵察任務を行います」
「…………」
私は、冷たい声で言う。
イカリオス隊長は怒り出すかと思ったが、意外にも冷静に言う。
「そうだな。殿下のためだ」
「はい」
「大陸統一はもう少し。こんなところで躓くわけにはいかん」
「はい」
「すまなかったな。少し、熱くなりすぎていた」
「……は、はい」
「……なんだ貴様、その表情は」
「いえ。素直で驚き……あ、何でもありません」
「……まぁ、いい」
イカリオス隊長は、それっきり何も言わなかった。
最初に向かったのは、ラスタリア王国近くの農村。
農村に入る前、近くの藪で準備をする。
「隊服はここに置いておく。後で私の部下が回収に来る」
「はい」
「平民の服に着替え、馬も一頭だけ連れて行くぞ」
「え……一頭だけですか?」
「当たり前だ。平民の夫婦の家に、馬を二頭飼うほどの余裕はない。荷物とお前を乗せて、私は馬を引いて歩く」
「で、でも」
「いいから、言う通りにしろ。さぁ、着替えるぞ」
と───イカリオス隊長はいきなり服を脱ぎだした。
「え、ちょっ……い、イカリオス隊長!?」
「なんだ」
「その……」
「……やれやれ。やはり女だな」
「……」
心底呆れたように言うイカリオス隊長。
そういえば、軍では男女平等。着替えも食事も就寝も、兵士になれば関係なく一緒と聞いたことがある。私が一人用の天幕を使ったりしているのは、本当に例外だったのだ。
イカリオス隊長は私を気にしていない。
「…………っ」
私は馬から降り、平服の上を脱ぐ。
一応、下にシャツは着ているので、肌を晒しているわけじゃない。
でも……男性の前で脱ぐのは、やはり恥ずかしい。
「はぁ~……わかった。二分だけ待つ、さっさと着替えろ」
イカリオス隊長は、着替えを持って藪の中へ消えた。
隊長なりの気遣いなのか……私は急いで服を脱ぎ、質素なロングスカートと服に着替える。
髪は金色に染め、帽子を被った。
この間約二分。帽子をかぶると同時に、イカリオス隊長が戻ってきた。
平民の服を着て、帽子を被っている。
「ふむ。平民の服も、なかなか動きやすいな」
「…………」
「なんだ?」
「いえ、お似合いです」
「……バカにしているのか?」
そうじゃない。
イカリオス隊長は、本当に似合っていた。
顔立ちはもともと整っていたが、ラフな感じの平民服を着ると、高貴な印象から一気に親しみやすい男性へと変わったように見える。身長も高く、身体の肉付きもいいので、スタイルは抜群だ。
腰には護身用の剣を差しており、これがまたよく似合っている。
まるで、どこかの商会に所属する護衛剣士のようだ。
「そういうお前も似合ってるじゃないか。貴族令嬢とは思えんぞ」
「ありがとうございます」
私は、笑顔でお礼を言った……嫌味だろうけど、その通りだもんね。
イカリオス隊長は、馬を繋ぎ、最低限の荷物をもう一頭の馬に積む。
「イカリオス隊長、お手伝いします」
「いい。それと、隊長と呼ぶな。私のことはイズと呼べ」
「え……」
「お前の愛称は?」
「えっと……」
「なんだ、ないのか?」
「……はい」
愛称で呼ばれたことなんてない。
ラプンツェル、お姉さま、お嬢様……そんなのばかり。
「ふむ。なら、ラプンツェル……ラプ、ラピ……ラピス。よし、ラピスと呼ぶ」
「……ラピス」
「ああ。なかなかいいだろう?」
イカリオス隊長は笑った。
どこか小馬鹿にしているようだったが……私には、とても優しい笑顔に見えた。
まるで、友人のような。
「言っておくが」
「気を許したわけじゃない、ですね」
「ああ。わかっているならいい。いくぞラピス……乗れ」
「は、はい……」
イカリオス隊長は、馬の背を指さす。
そうか、私は平民。イカリオス隊長……じゃなくて、イズの妻ラピスなんだ。
馬に乗ろうとしたが、ロングスカートのせいで跨れない。
「お前は馬鹿か?」
「なっ、どういう意味ですか!」
「跨ってどうする? 淑女らしく、腰掛けろ」
「え、でも、手綱が」
「手綱は私が引く。平民の夫婦はこうやって乗るんだ」
「きゃっ!?」
イカリオス隊長は、私を軽々と持ち上げ、そのまま馬の背に乗せた。
椅子に座るように、真横に座るなんて初めて。
「さ、行くぞ。くれぐれもイカリオス隊長と呼ぶな」
「はい、イズ」
「ああ。では、行こうかラピス。新婚旅行へな」
「……」
イカリオス隊長の笑顔が眩しく、私は顔を赤くしてそっぽ向いた。
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