柳生獣兵衛、降臨

 番外地の中心近くへと、突如天から降り来たった一条の稲光。

 しかしわずかに数人、その正体を見極めた者が居た。


「あれは……長を殺した雷剣!」


 番外地外れの山の中。

 片腕を失う深手を負いながら、強運とすら言うのもはばかる確率で生き残った夜烏の一人。


「見えた。刀が見えた」


 未だ渦中で忍者刀を振るう者。

 かつて長唄に面を叩き割られた、髭面の忍び。


「出るか……柳生獣兵衛……」


 番外地のいずことも知れぬ川岸。

 帯刀した、白い着流しの浪人。


 そして。


「まさか、本命が現れるとは……」


 今まさに雷を見た、忍装束の中村剣兵衛。


「来やがった……」


 獣兵衛を憎む、朱鞘の大太刀を担ぐ男。浄瑠璃長唄。


 そのすべての視線が、雷の向こうに立つ男へと捧げられる。


 しかしその男は。

 ボサボサ長髪に無精髭、擦り切れ服の異様な男は。

 全員に目もくれず、大きく口を開いた。


「有象無象どもぉ!」


 ビリビリと、番外地全土に響かんばかりの怒声。

 長唄が、剣兵衛が。ただちに臨戦態勢に入る。

 だが獣兵衛が発したのは、彼らの想定を上回る言葉だった。


「眠りを遮る小鼠どもが居たかと思えば、あっちこっちで小鳥がピーチクパーチク! うるっせぇたらありゃしねえ。おまけに話を聞けば、幕府が俺の首に百金だぁ? くだらねえ。くだらなすぎて、あくびが出そうだ。ここで待っててやるから、雁首揃えて討ちに来やがれ!」


 抱える鬱屈を、全部解き放ったが如き長口上。

 それだけ告げると獣兵衛は、どっかとその場に座り込んだ。


 ***


 一条の雷光が、巨体戦闘を強引に打ち切った。

 巨体同士がぶつかる、その只中を突き抜けた雷は、今は一本の刀に戻っている。

 問題は、その雷光に撃ち抜かれた両者だった。


 まずは埴輪武人像だ。

 目を赤く光らせ、番外地を破壊せんとばかりに暴れていた十五尺の巨体。

 しかし今は、無力な青年の姿へと変じていた。武人像が、力を失ったのだろう。


 続いて、鋼鉄はがね丸だ。

 こちらは深刻だった。両腕の剣が大地へとこぼれ落ち、その形のまま、地面に突っ伏していた。

 はたして、狂狂四郎くるいきょうしろうは無事なのか。


「疾ッ!」


 柳生獣兵衛があぐらをかき、時が止まったかのように凍りついた空間。

 頭を切り替え、最初に動いたのは、中村剣兵衛だった。

 軽功を駆使し、風の如く走る。


 目的は獣兵衛か? 否。彼は武人像の跡地を目指していた。

 今ここで獣兵衛を狙っても、怒りを増幅させるのみ。

 それよりも、やるべきことがあった。



うるさいぞ、羽虫」


 獣兵衛が、一言漏らす。同時に、鼻をつくような悪臭が剣兵衛を襲った。

 いかに身体が鋼となろうと、気体を相手には無為となる。

 されど剣兵衛には、策があった。


「失敬。されど」


 懐から取り出すは、鉄製の面頬。素早く口元に引っ掛ける。

 鼻から下が、装甲に覆われた。

 いかな悪臭といえども、吸い込まなければ効き目は皆無!


「こちらの二名は、もはや戦意なし。離脱、許し給え」


「……ハン」


 獣兵衛が鼻を鳴らす。

 それを了承ととらえた剣兵衛は、手際よく青年を小脇に抱え、続いて鋼鉄丸の操縦席を蹴り開けた。

 結果として、ものの数分で救出劇は終わりを告げた。


「……」


 これを見て、長唄が動いた。

 彼の宿命は、柳生獣兵衛の殺害にある。

 一族の恨みを、すすがねばならなかった。


「柳生獣兵衛」


 だからこそ、長唄は己に強いて数歩進んだ。口を開いた。

 大太刀を握り、声を掛けた。


「待つと言っておろうが」


 しかし獣兵衛は、圧をもって長唄に応えた。

 獣兵衛を囲うように膨らんだそれは、制空圏と言い換えても過言ではなかった。


「うっ」


 未だ十歩以上の距離があるというのに、長唄は足を止めてしまった。否、動けなかった。

 地面から足を掴まれたかのように、彼の足は動かなくなった。

 そうこうしている内に、外輪から声が響き始めた。


 崩折れた家々の上から。

 砂塵の吹き荒ぶ道の向こうから。

 次々と獣兵衛を狙う者どもが現れた。


「獣兵衛だ」


「絶対にブッ殺す」


「柳生獣兵衛。一度死合ってみたかった」


「世界最強最悪、如何ほどか」


「百金の首、ここに見たり!」


 おお、見よ。決して広くはない番外地に、これほどの者どもが生き残っていたというのか。

 多士済々、千差万別。風体から得物まで、なにもかもが異なる戦人たちが、この場に顔を連ねていた。

 その数、五十を越えて百に迫ろうか。


「来たかい」


 戦気が満ちたのを察してか、柳生獣兵衛が目をかっ開いた。

 おもむろに立ち上がり、辺り一面をめ回す。

 その姿すら、堂に入ったものであった。


「うっ!」


「かはっ!?」


 しかしその仕草だけで、群れの中の幾人かが膝をついた。

 心の臓を押さえ、倒れる者もいる。


「弱敵、小兎が混じっておるな」


 静かな、しかし地の底から響くような声が、一面を圧した。

 風体とはあまりに異なる声色。しかし紛れもなく獣兵衛のそれだった。

 立てる者どもは気付いた。今しがた起きた出来事は。


「間引かねばな」


 獣兵衛の圧――闘気めいたなにか――が、爆発的に膨れ上がった。

 それは周囲の各所へと伸び、家々の瓦礫を捕捉する。

 瓦礫は操られるかのように、空へと浮かび上がり。


「征け」


 獣兵衛を囲む剣客たちへと襲い掛かった。

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