嫌われ狂歌の一生

 浄瑠璃狂歌が目覚めたのは、知らない路地裏の路上だった。

 すでに夜となっており、きらめく星々が最初に目に入った。


「うぐ……」


 起き上がろうとして、頭を押さえる。

 戦闘の後遺症だろうか。未だにジンジンと痛む気がした。

 だがそれよりも。


「なぜ生きてる」


 五体満足な自身に、彼は驚いていた。

 狂歌は甥――浄瑠璃長唄に、啖呵を切ったはずなのに。


『さあ、オイラをその刀で両断しな。それが、合格の証だ』


 ここまでのたまったのに、なぜ生き恥を晒しているのか。

 その答えは。


「峰打ちしたからだ。勝手に負けを認めないでくれねえか」


 やはり甥だった。

 家々の木壁を引っ剥がし、焚き火にくべていた。

 よく見ると、手足が少々震えていた。


「オメェまさかオイラを運んで」


「そっちが勝手したんで、こっちも勝手をしただけだ」


 ぶっきらぼうに板を叩き割り、焚き火に投げ込む。

 しばし無言が続いたあと、先に口を開いたのは甥だった。


「なあ」


「あん?」


「いきなり叔父が出てきて、いきなり戦で。正直良くわかんねえんだ」


「そうだろうな」


 火を見つめ、言葉をかわす。

 夜烏衆という不安要素はあるが、今の甥ならどうにでもなるという予感もあった。


「……俺は、アンタを知りたい。浄瑠璃狂歌が、どういう人間だったのか、を」


「知ってどうする? 一族から消された人間だぞ」


「だからこそ、だ。俺がアンタを記憶する。消えたまんまじゃ、寂しいからな」


 一瞬呆気にとられた狂歌だが、やがて正気を取り戻すと、ポツリと口を開いた。


「わかった。そこまで言うなら聞かせてやろう。ただし」


「ただし」


「閻魔帳やらに書くのはよしてくれ。ちぃと気恥ずかしい」


 冗談めかして狂歌は言うが、長唄はただただうなずいていた。


 ***


 浄瑠璃狂歌が初めて才を示したのは、三つの頃だった。

 他の子らが指南役の指示を理解できぬ中で、一人十全に果たしてのけた。

 一度ならず、三度五度ともなれば、もはや抜きん出た才覚は明らかだった。


 それから彼の日常は、鍛錬一色となった。

 夜明け前、他の子らよりも早く起きて鍛錬を始め。

 夜遅く、大人さえ寝こける時間になってようやく布団に入る。


 父母に甘えることなどなかった。

 文句を言うという選択肢さえなかった。

 遊びというものは、頭に入ることさえなかった。


 人形浄瑠璃と出会ったのは、そうした生活が五年目に入った頃だった。

 無論、英才教育の一環である。

 人形浄瑠璃を見ることで、あやつりのイメージをより高めるためだった。


『わあ……』


 しかし狂歌の場合は、それが違う方向に出てしまった。

 あやつりの能力も高まったが、人形浄瑠璃への興味も高まってしまった。

 事実翌朝には、初めての物言いをつけた。


『僕、人形浄瑠璃がやりたい』


 両親は、彼が一族のルーツに興味を持ったと解釈した。

 狂歌という才能をより伸ばす。狂歌を一族史上に残るものにする。

 そのためならば、何事をも惜しまない。いわば、偏愛だった。


 だからこそ、反転は凄まじいものとなった。


 狂歌が十五となった時。

 すでに両親との対立は最高潮を迎えていた。


 あくまで人形浄瑠璃をやりたい狂歌。

 浄瑠璃一族の当主に押し上げたい両親。

 遂に狂歌は、父との真っ向勝負を余儀なくされた。


『狂歌! 私に従え! 狂歌!』


 父の攻勢は凄まじいものだった。

 狂歌を殺しても構わぬという気迫があった。

 年端いかぬ弟――都々逸――という存在があったとはいえ、内弟子が慄くほどのものだった。


 だからこそ。だからこそ狂歌は使ってしまった。

 あやつりの絶技。

 という極限の浄瑠璃を。


 狂歌は二年前にそれに気づいた。


 多くの刀をあやつるよりも。

 多くの物品をあやつるよりも。

 自分自身を思い通りに動かすほうが難しく、しかし凄まじい力を出せる。


 かくして、決着はついた。


 狂歌は親と名を捨て、内弟子の追走さえも振り切って浄瑠璃から逃れた。

 親は狂歌を勘当とし、一族のすべてから存在を抹消した。

 浄瑠璃都々逸はそれに従い、我が子にさえも浄瑠璃狂歌の存在を伏せ、消し去った。


 ***


「あとは簡単だ。オイラはある浄瑠璃一座に飛び込んで彦六になり、オメェは生まれて養子に出された。一族の滅亡は風のうわさで知ったが、別にどうでも良かった」


 一刻近く話しただろうか。

 狂歌は、つばを飲んで喉を潤した。

 ちらりと見た長唄は、首を傾げていた。


「じゃあなぜ、この番外地に」


「同じだな。風のうわさよ。稼業的に耳が早かったのもあるが、お上がしきりに喧伝してたからな。耳にしたくなくても入ってくらぁ」


「はあ」


 甥の飲み込めない様子に、狂歌はそっと息を吐いた。

 ため息ではない。気持ちはわかる。

 なぜ、見限ったはずの一族に奉仕するのか。一通り思いを巡らし、正直に告げた。


「……ハッキリ言えば、テメェでもわかってねえ。だがほっとけなかった。オメェの未熟を見たら、さらに増した。それだけだ」


「ご迷惑を、おかけしました」


 長唄が静かに頭を下げる。

 そうじゃねえと、狂歌は思った。

 思ったがそれでも、彼は静かに謝罪を受け入れた。

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