浄瑠璃長唄、巨大甲冑に出会う

 柳生獣兵衛が夜烏衆を相手に恐るべき戦ぶりを見せた頃。

 浄瑠璃長唄たちは苦戦を強いられていた。


「シッ!」


 夜烏衆の一人が、吹き矢を放った。

 長唄は恐るべき動体視力で回避する。


 しかし吹き矢は、地面への着弾後にその真価を現す。

 矢が衝撃で割れ、さらに小さな刀が辺りへと飛び散るのだ。

 長唄たちにとっては、これが曲者だった。


「くっ」


 跳ぶ、回るなどで回避するのはたやすい。

 しかし吹き矢の射手は一人ではない。常に複数が飛び交う。

 般若忍者たちのような見せかけではない。真の物量戦法だ。


「ぐあっ!」


 鋼腕はがねうでの防御を掻い潜られたのか、中村剣兵衛から声が上がった。

 長唄は考える。どうすれば精神力を食う大技に頼らず、この包囲を突き崩せるか。


 吹き矢を弾いて突進? 

 すでに試みた。炸裂したあとの刀がより無軌道になり、手傷を負った。


 ならば、先刻のように旋風を起こすか? 

 否。練り込みに時間がかかり、剣兵衛の負担が増す。

 また自身が隙だらけになり、獣兵衛に挑む前に倒れかねない。


 ならばいっそ、浄瑠璃一族の技を使うか?

 それこそ却下だ。精神力を使い切れば、身体が動かなくなる。

 そうなれば、この場を切り抜けても他に討たれる。獣兵衛に挑めない。


「せめて一人……」


 剣兵衛の声が、長唄の耳を打った。

 長唄ははたと気づいた。

 全員をいっぺんに払おうとするから、大技を望んでしまうのだ。


 すう。長唄は、朱鞘の大太刀を抜いた。

 はあ。動き続け、撃ち続ける包囲陣に狙いを定めた。

 構えは正眼。剣先はぶらさず。そして。


「ちぇえええいっっっ!」


 奇声咆哮。

 足音を頼りに放たれたのは、高速の突き。

 無論、間合いは届かぬ。が。


「があっ!」


 もうおわかりであろう。

 突きに乗せられた衝撃波が、円陣の一人を撃ち抜いた。


「剣兵衛どの!」


「応!」


 撃ち抜かれた男が斃れるのを待たず、二人は動いた。

 円陣が崩れるのを待たずに飛び込み、切り伏せる。殴り倒す。


 あとは、率直に言えば制圧行為だった。

 四半刻の半分もしない内に、夜襲の群れは打ち倒されていた。

 気付けば夜明けもほど近い。眠るよりも、死体の始末を優先することにした。


「冷静になれば、といったところか」


 死体を家影に隠しつつ、長唄はふとぼやいた。

 無論、反省混じりである。奇妙な確信が、彼にはあった。

 この程度で苦戦していては、柳生獣兵衛には到底届かない。


「この土地の戦で、もっと磨かねば」


 考えが思わず口に出て、剣兵衛がこちらを向いた。

 目を合わせる。そうだ。この男も。

 鋼腕の防御を断たねば、己には勝ち目がないのだ。


 改めて暗中模索であることを思い、長唄は下を向いた。

 しかし下を向いていても始まらない。

 口の端を噛み、強いて空を見上げようとした。


 ……視線の先には、巨大な甲冑が鎮座していた。

 十尺、十二尺……否、それ以上か?


「え」


 思わず声。


「な」


 背後から、剣兵衛の声。

 つられてこちらを向いたのか。

 後ろは向けない。襲われる恐れがある。


「いや御無礼! こちらに敵意はござらぬ!」


 甲冑から声が響いたのは、まさにその時だった。


 ***


「いやー、すまなんだ! いかんせん夜襲があちこちで起きとってのお、ワシは混乱してどこを走っとったやら。ようやく一息ついたとこじゃったのよ!」


「はあ……」


 四半刻後。

 朝飯などとはとてもならず、甲冑の足元で男たちは言葉を交わしていた。


 それにしても、見れば見るほど奇妙な甲冑だ。

 形こそ平安絵巻の武者を思わせるが、両腕が巨大な刀となっている。

 二刀流、二天一流の名は耳にしたことはあるが、実物はこの甲冑が初めてだった。


くるい……狂四郎きょうしろうどの、でしたか」


「ええ、その通り! ま、蘭学狂いでほうぼうから見放され、ヤケと酔狂で名乗っておりますがな!」


 はっはっはと眼鏡をかけた痩せぎす、白衣の男が笑う。

 瞳には、爛々と狂気が滾っていた。なるほど、名乗りの通りだ。


「ええと、この大甲冑……」


鋼鉄丸はがねまると呼んで下され! これぞ蘭学の極み! 無力に泣いた私が、十年は不意にして作り上げた大刀おおかたなですからな!」


「はあ……」


 ついていけない。

 長唄からの第一印象は、まさにこれだった。

 敵意はなく、今もこうして会話をしている。だが、どうしたものか。迷っていた。


「狂どのは、なぜ、番外地に?」


 場をつないだのは、剣兵衛だった。

 そしてこれにも、狂四郎は快活に笑った。


「柳生獣兵衛! 討伐で百金と聞き及びて候! いかんせん、鋼鉄丸の強化には金が入り用なのでなあ!」


 なるほど、と長唄は思った。

 たしかにこの大甲冑ならば、柳生獣兵衛を倒せるやもしれぬ。

 しかし。


 そうそううまく、ことが運ぶのだろうか?


 口に出さずとも、思ってしまった矢先。

 事態は異様な方向へと動き出した。


「長唄どの、アレを!」


 北東の方向を、剣兵衛が指差す。

 長唄と狂四郎が、それに応じる。

 次の瞬間、二人は絶句した。


 土煙の向こうに見えた姿は、巨大な埴輪武者の銅像だった。

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