第9話 焼き肉シリアス

 札幌に帰ったら何をすれば良いのか。今更友達なんていない。地元を離れ仕事に没頭した報いだ。

 久しぶりの実家なんて観光地と印象は変わらないだろう。

 完成されていると思っていた札幌の都市計画も、まだまだ発展の余地があったらしい。

 あの頃は、狸小路がパチンコ屋に侵食されビルのテナントが入れ替わるくらいしか変化が無かった。

 しかし、まさか札幌駅と大通り公園駅が地下通路で繋がるとは、思っても見なかった。

 それがどれだけ大きい事か道外の人にはわからないだろう。住民、取り分け若い学生にとっては画期的な事だ。

 高校生の頃は、その1駅の区間を地下鉄に乗る200円をケチり、よく地上を歩いていた。

 札幌といっても、雪国に立地している事には違いなく、冬場の雪は激しい。

 距離にして約700m。その間吹雪と寒さに耐えきれず、途中にある書店などで暖をとり20分以上かけて歩いていた。その距離をノンストレスで歩けるなんて、そんな革命的な事があるだろうか。

 しかし、便利になった反面自分の知らない所で変化が起こると言うのは、寂しさも感じる。

 札幌の良い所は、便利さと不便さが共存している点であった気もする。観光名所の狸小路も、端の方に行けば昔ながらの汚い店が残っていた。


 あれは大学3年の時だった。当時好きだった先輩に連れられて焼肉屋に行った。食べ放題じゃない焼き肉に行くのは初めてで、少し緊張したのを覚えている。

 焼き肉なんて、テーブルに肉がついた時にはなんの肉なのかわからなくなっているものだが、先輩が注文したドモという肉だけは印象的だった。

 その先輩とは何度かこの店に通ったが、結局付き合う事は無かった。



「君はさ、私の事をそんなに好きなんじゃないんじゃないかな?」


 自分でも気が付かない内心を言い当てられた気がした。先輩の事が好きだったのは事実で、先輩も僕の事が好きだった。

 それでも、俺が目の前に無い誰かを常に視界の端で探しているのは事実だった。

 今が楽しくて、この先も一緒にいて幸せでいられる可能性があるならそれで良いではないか。

 いずれ本気で好きになる可能性があるなら、先輩の好きと言う気持ちを満たすために、俺を利用したって良いではないか。

 なぜ、目の前にある確実よりも、どこにあるかもわからない不確実に目を向けてしまうのか。

 不器用な人だと思った。


 それ以降、度々ほかの焼き肉屋にも行ったが、ドモを見つける事は無かった。

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