第23.5話 ユフィの思い

 私は、人の心を読むことができる。


 心の奥深く――深層心理まで全て読めるわけでは無いけど、それでも本来隠されているはずのものを勝手に覗き見るこの眼は、まさしく魔眼と呼ぶにふさわしいものだと思う。


 だから、私が生まれた時から1人ぼっちだったのは必然だったのかも知れない。


 物心がついて両親に私の眼のことを話した時、両親は私のことを気味悪がって教会へ入れた。


 それ以降、両親と会ったことは一度もない。


 ただ、それも仕方のない事だと思う。


 誰でも、自分の秘めた気持ちや感情を見られるのは嫌悪するから。


 教会に入った後に、私が周囲から腫れ物の様に扱われたのも、やむを得ないことだと思う。


 後ろめたい事がある人はもちろん、そうでない人もみんながみんな私を避けた。


 私は、幼い頃から常に1人だった。


 ――だから私は、せめて少しでも力を弱めるために瞳を閉じて過ごしてみることにした。


 瞳を閉じていても、ぼんやりと喜怒哀楽位は読めたけれど、開けている時よりはずっと精度が落ちたから……。


 当然瞳を閉じていれば日常生活を送るのにも苦慮したけれど、それでもこれで私も少しは普通の人と馴染めるかも知れない……そう思ったら苦では無かった。


 ――でも、そんな甘い考えはすぐに砕かれた。


 瞳を閉じていても周囲の人々は私を恐れ、怖がったのだから。


 そして同時に私は、この眼がある限り受け入れられることはないんだろう……そうあきらめた。


 知人も、同僚も、友人も、何もかも私には生涯できないのだろうと、あきらめた。



 ――もしよければ、私のところへ来ませんか?



 お婆さまに、そう言われるまでは。


 修道院に後継者探しに来ていたお婆さまに声をかけられた私は、特に何も考えることなく返事した様に思う。


 だけど、これが私の人生を変えることになった。


 お婆さまは、私を普通の人間と同じように扱い――まるで実の家族の様に接してくれた。


 叱り、慰め、褒め、一緒に泣いて、喜んでくれた。


 同時に、お婆さまと一緒に教会に来られる方々と話をし、薬草を育て、販売等をしている中で……親しい知り合いと呼べるような信徒の方々も出来た。


 それは、私が得たくてもずっと得られなかった環境。


 温かくて、優しい世界……。


 ずっとその温かさに包まれていたい……そう思っていたけれど、ある日そんな幸せな世界に異物が入ってきた。


 異物の名前は、天神教徒。


 彼らはある日突然訪れ、私たちが祀っている遺物を差し出せという。


 初めは交流の無かった別教徒の人たちだったけれど、お婆さまは手厚く扱っていた。


 だけれど彼らは一向に遺物を渡す気配がない事に痺れを切らしたのか、信徒の方々を威嚇したり、私たちの教会の悪い噂を流していたりする。


 次第にウチに来る信徒の方の数は減り、信徒の方々の厚意で頂いていた食材で過ごしていた私たちの暮らしは苦しくなっていったけれど、それでも私はお婆さまと暮らせればそれでよかった。


 ――我慢することには、苦しいことには慣れていたから……。


 そんな状況の中でのことだった、彼と初めて出会ったのは。


 普段なら人にぶつかる事なんて無かったけれど、教会のこれからなどを考えていた私は彼とぶつかり――咄嗟に眼を開いて彼の心を読んでしまった。


 彼の心にあったのは、衝撃、驚き、哀愁……そして、お婆さまと同じくらい大きくて少し種類の違う愛情。


 彼が持っていた処理できない程多くの情報の波に圧倒されたけれど、その中の一つに彼が私の瞳について理解していることを知り、衝撃を受け……同時に彼が私を忌避していない事に、更なる衝撃を受けた。


 これまで私の眼のことを知ってなお受け入れてくれたのは、お婆さまだけだったから。


 だからだろうか、これまで男の子と出かける事なんてした事が無かった私が、彼と一緒に街中を歩いたのは。


 ……だからだろうか、彼がショックを受けた顔で立ち去っていった事が気にかかるのは。


「セン……」


 彼が何に衝撃を受けていたのか、咄嗟に確認しなかった私には分からない。


 ただ彼の心には悲しみと、恐怖、そして悔しさが滲み出していた様に思う。


 彼が、もう一度教会に来てくれるか……それは分からない。


 ただ彼は、もうここには来ない方がいいのかもしれない。


 昨日までと打って変わって荒れ果てた薬草畑を見て、思わずそんなことを考え……同時に、胸がチクリと痛むのを感じた。

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