第13話 三人一緒に

「はぁっ……はぁっ」


 呼吸が乱れ、心臓は跳ね回り、足が鉛のように重くなっている。


 酸欠のためか頭はボーッとして、まともに物事を考えるのさえ億劫おっくうだ。


 ただ前に、前に……それだけを考えて、昨日の雨でぬかるんだ地面を必死に踏みしめる。


「オラッ、足が止まってんぞ!」


 ライラの姉御からそんなげきが飛んでくるが、最早それすらどうでもいい。


 入団した日から3日が経過したが……正直、オレは騎士団の訓練を甘くみていた。


 魔力量が人並み以上に多いし、前の世界の体より遥かに身体能力に優れるこの体なら、訓練くらい楽にこなせるだろう……と。


「オイコラ! いつ寝て良いっつった! 立て! 立って走り続けろ!」


 頭からぬかるんだ地面に突っ込んだオレのすぐ側で、そんな風に怒鳴ってく

るが……正直、もう立つ気力も起きない。


 そりゃあ、ミヨコ姉やナナの為にも努力しようと決めていたが、まだ10歳に過ぎないこの体に、大人と同じレベルの訓練をさせるのは如何いかがなものか。


 てかこちとら、学生時代まともに運動すらした事ない根っからの引きこもりだぞ!


「ねぇ、副団長ちょっと厳し過ぎない?」


「だよな。18の時に入団したオレも最初の1ヶ月は何回脱走したかわかんねぇのによ……」


「……お前それ、脱走成功したの?」


「いや、すぐに副団長に見つかって、翌日の訓練が倍になっただけだったわ」


 ハハハ、と乾いた声が聞こえてくる。


 その笑い声に混じって、近づいてくる足音が一つ。


「ったく。ほら、手貸してやるから起きろ」


 伸ばされた手を取ってなんとか立ち上がると、ジェイが分身して見えた。


「ほら、あそこから嬢ちゃん達が見てるぞ。後ちょっとだから頑張れ」


 そう言われて指さされた方向を見てみれば、本舎の上の方にある階から心配そうに見ているミヨコ姉とナナの姿があった。


 二人が見ていると分かると、不思議と先ほどまで折れかけてた心に火がついて、顔に付いた泥を袖で拭うと足を前へと送り出す。


「ラスト一周だ、踏ん張ってけ!」


 そんな激励を受けながら、オレは午前中の訓練をなんとかやり終えた。


◇◇◇


 病室が五階と六階に入っている本舎の、一階にある大食堂。


 そこでオレは、ミヨコ姉やナナと一緒に食事を取っていた。


 なお、オレの今日の昼ごはんはハンバーグ定食だが……ライラの姉御の指示でご飯は超特盛となっており、茶碗の上を飛び出したご飯は最早山になっていた。


「弟くん、大丈夫?」


 ミヨコ姉が心配そうに見てくるのに対し、オレはから元気を出しながら頷いた。

 

「うん、まぁこの位ならなんとか食べれるかな」


 ご飯を口いっぱいに頬張ると、走り過ぎたせいで一瞬胃が拒絶しようとするが、水を飲んで押し流す。


「えっと、ご飯じゃなくて、訓練の方かな」


 箸で上手く魚の身をほぐしながら食べるミヨコ姉が、少し眉をひそめながら尋ねてきた。


「んー、正直キツくないと言えば嘘になるかなあ……」


「その、キツイなら辞めても……」


「でも! 辛くはないよ!」


 辞めても良いと言おうとしたミヨコ姉の言葉を、途中で遮る。


 本当に、辛くはなかった。


 シンドイし、多少辞めたいと思ったりもするけど……自分のためにも、2人のためにもなると思えば、辛くはない。


「……でも、お兄ちゃんここ最近怪我してばっかいるよ?」


 デザートのさくらんぼを咥えたナナが、そんな事を言ってくる。


 ソレを見たミヨコ姉が、「ナナちゃん、お行儀悪いから食べながら喋っちゃダメだよ」と注意していて、思わず微笑ましくなる。


「このくらいの怪我はヘッチャラだよ。何せ、もっと凄い怪我してたしね」


 そう言って力コブを見せると、2人からジト目で見られた。


 ヤメテ! そんな目で見ないで! ただの冗談だから!


 二人から視線を背けながらご飯を突いていると、後ろからここ最近聞きなれた声がかけられる。


「よぉボウズ、へばってるかー?」


「ぜんっぜん、へばってないっての!」


 バシバシとオレの背中を無遠慮に叩いてくるジェイの手を跳ね除けながら振り返ると、そこにはしばらく見ていなかった人が一緒に立っていた。


「久しぶりだね。最近はちょっと外で色々やってて顔を出せず、すまなかったね」


 気さくな調子で声をかけてきたのは、甲冑では無く青を基調とした制服を着たレイ団長。


 確かにここ最近全然見かけていなかったが、俺たちの件の後始末で忙しかったんだろうと容易に想像は出来た。


「そんな。むしろ私達の方こそお礼を言えず申し訳ありませんでした」


 慌ててミヨコ姉が立ち上がって頭を下げたので、オレとナナも一緒に頭を下げた。


 だが、そんな風に頭を下げるオレ達の事をジェイが止めた。


「いやいや、子供がそんな事気にすんなって。むしろウチの団長は、将来有望なのが新しく入ったってんで喜んでたくらいだしな」


 ワハハと笑うジェイに対し、団長は肩をすくめた。


「まぁ、確かにセン君が入ってくれたのは良かったと思っているけど、無理して入る必要はないと思ってるからね。なんといっても君たちはまだ幼いんだ。学校へ通いたいと言うなら、その援助をするのはやぶさかじゃないよ」


 そんな提案を、団長がしてくれる。


 この世界でも、以前いた地球のように小学校や中学校にあたる学校は、存在している。


 実際、ゲームにおける主人公は設定では初等部、中等部と卒業し、高等部に入学したところで、ゲームが開始していた。


 だから、学園に入学するという選択肢もゼロでは無いんだが……。


 色々考えた結果、オレの目的のためには、騎士団に所属しているのが一番いいと考えていた。


「いえ、オレは騎士団で頑張りたいと思っています」


 目に力を込めて団長に言うと、ジッとオレの顔をみた後に頷いた。


「うん、まぁセンくんの意思は尊重するよ。ただ、二人は必ずしも騎士団に入る必要は無いからね」


 そう団長がナナとミヨコ姉へ言うと、それまでトマトをつついていたナナが反応した。


「ヤダ! ナナもお兄ちゃんと一緒に騎士団に入る!」


 はっきりと、ナナは自分の意思を言い……それに合わせてミヨコ姉も口を開いた。


「……私も、弟くんやナナちゃんと一緒に騎士団へ入って、2人を守れる様になりたいです。まだ、体も治っていないので先の話になりますけど……」


 ハッキリと、強い瞳で意思表示したミヨコ姉に、団長は頬をかいた。


「えーっと……私の話を聞いていたかい? 2人とも無理して入る必要は――」


「団長、そう言う野暮な事は言うなって。2人がこう言ってんだ、すんなり受け入れてやんのが大人の役目ってもんだろ?」


 途中、団長が考え直すように言いかけたのを、ジェイが遮った。


「いやジェイ、それは良識ある大人とは言えな……」


「はぁ。そこのオッサンに同意する訳じゃないが、ガキどもの好きにさせてやれば良いんじゃないか? 同意するのは癪だけどな」


 ジェイに遮られてもなお言い募ろうとした団長の言葉を、後ろから来たライラの姉御が止める。


「私の訓練について来れんなら入れておけばいいし、耐えられないなら学校にぶち込む。それが一番わかりやすいだろ?」


 やや挑発する様にライラの姉御に言われるが、ミヨコ姉やナナと視線を交わして頷き合うと、ハッキリと言葉にする。


「自分達も、副団長の提案でお願いしたいです」


 一方団長は、オレ達の意志がそこまで固いと思っていなかったのか、しばらく頭を抱えた後頷いた。


「わかったよ、君達が団に入ってくれる事は皆歓迎しているんだ。ただ、もし意見が変わったら遠慮なく言ってね……」


 団長はそう言うと少しだけ肩を落としながら去っていき、ジェイや姉御も俺たちに手を振って去っていった。


 正直なところ、ジェイや姉御だけでなく、団長にも感謝しかない。


 意見は違っていても、それぞれがオレ達のことを考えてくれていると分かるから。


 だからこそ、オレはココでやって行きたいと思ったのも理由の一つなんだけど……少し気になったことも有った。


「まさか、ミヨコ姉も騎士団入るつもりだったとは思わなかった」


 思わずオレがそう口走ると、ミヨコ姉がオレのことをジト目で見てきた。


「弟くんは、私が騎士団に入るの反対なの?」


「いや……まぁ、どうだろう」


 ナナに関しては、ゲームの時も騎士団に所属していたから、その方がいいと思ったし、そもそもオレ達の体質の事やその他諸々を踏まえると、騎士団と縁を持つ事はいい事づくめなんだが……体調面で心配なのは事実だった。


 何せ、ミヨコ姉の寿命はオレ達三人の中で最も短く、それだけ魔力核に負担もかけられないのだから。


「ナナは、お姉ちゃんとお兄ちゃん2人と一緒がいい!」


 だが、そんな事情を知ってか知らずかナナが元気よく主張し、ミヨコ姉はそれを見て笑顔になる。


「やっぱり3人一緒がいいよね、ナナちゃん!」


「うん!」


 目の前で、2人が満面の笑顔でそんなやりとりを交わした後……ミヨコ姉が少しかがんで、上目遣いになりながらオレの事を見てきた。


「それでも、やっぱり弟くんは賛成できないかな?」


 青く輝く、宝石のような目を少し潤ませながらミヨコ姉が聞いてきて……オレは思わず目を逸らした。


「体調、治ってから、無理しなければ……いい、と思う」


 自分の頬が熱くなるのを自覚しながらそう言うと、パチンと乾いた音――ミヨコ姉とナナがハイタッチする音が目の前から聞こえた。


「やったね、ナナちゃん!」


「けいかく通り、だねミヨコお姉ちゃん!」


 ニコニコと笑いあって楽しそうにしている二人を見て、この先もきっと振り回されるんだろうなぁなんて事を予感すると共に、その事が少し嬉しくなったりした。

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