第4話 オレという人間が死んだ日

「さて、何か使える物は持ってますかっと」


 ナナに倒されて気絶している2人に近づき懐を探ってるみが、持ってるのは名前の書かれたプレート位で他は特になかった。


「完全に意識が戻る気配がないな……やっぱり、ナナの魔力量は伊達じゃないな」


 本来なら、術式を通してしか世界に干渉出来ないはずなのに、なんの術式も習っていないナナが、2人も気絶させられた理由……それは、彼女の持つ莫大な魔力量に起因する。


 この施設――御使の園では、ある目的の為に各地から子供達を集め、肉体や魔力を強化している。


 その魔力量は、常人の数倍以上――中でも、飛び抜けて優秀なミヨコとナナは成長次第で10倍近くにもなった。


 ……というか、考えてみればオレも魔法は使えんのか?


 ミヨコやナナ程の素質がないからこそ、ゲーム開始時点では死んでいたにしても、この施設にいる以上は体を弄られている筈だ。


 そう思い立ち、試してみることにする。


「確かゲームでは、体内を循環じゅんかんする血流を知覚して放出するイメージって言ってたから……」


 ストーリー序盤のシナリオを思い出しながら、自身の体に意識を向けて見れば、確かに体の中をナニカが循環しているのを知覚した。


 その感覚を維持したまま杖を前方に掲げて、インクを垂らす要領で術式を宙に描こうとして――頭に靄がかかっている様な感覚に陥り、思わず魔力の循環を止める。


「アレ、ド忘れしたか? 火の魔術が一番簡単だった気がするんだけど……まぁいいや」


 何千、何万と見た火の魔術式だったが、どうにもその形を思い出せないので、水を思い出そうとして見るが……それも思い出せない。


 土、風、氷……手当たり次第思い出そうとするが、どれも頭にハッキリとした形が浮かんでこなかった。


 別段ゲームでは自分で術式の形を描く必要があった訳ではないけれど、何万回と見た魔術式を全く覚えていない訳がなく、どこか薄気味悪さを感じてしまう。


「ま、まぁ、夢なんてそんなもんだよな」


 思わず自分でそう無理やり納得しつつ、最後の一つを試そうとした所で、左手にある廊下の先から、足音が近づいて来る音が聞こえてきた。


 ――失敗した。こんな人通りのある所じゃ無くて、一旦寝てた場所に引き返すべきだった……いや、それもあの研究員たちが転がってる状況じゃ無理か。


 仮にその場を去っていたとしても、気絶した研究員達を見つけた奴らによって、犯人を徹底的に探されていた事だろう。


 ――なら、打って出るか?


 そう思いたつと、足音がする曲がり角の奥を覗こうとして――全身から汗が噴き出すのを感じた。


「っつ!」


 訳もわからないまま、足が動くままその場から飛び退ると、先ほどまで俺の頭があった辺りを、高速の物体が通過した。


 ――石の、槍?


 通過して行った先、壁にめり込んでいるものを見てみれば、そこには長さ1m程の石の槍が突き立っていた。


 それを見た瞬間、背筋を冷たいものが走った。


 ――今のは、かわさなければ確実に……。


「ほう、ただのモルモットかと思ったら、どうやら動けるネズミだったらしい」


 そんな言葉を呟きながら、通路の先から現れたのは、体長2mはあろうかと言う体躯に加え、オレンジの西洋風甲冑を身に纏い、大型の斧を背負った男――グンザークだった。


 グンザーク・ライオット――御使の園の幹部であり、守護者でもあるこの男は、現時点で最も会いたくない男だ。


「……すいません、ちょっと道に迷ってしまったんですが」


 無垢な子供を装ってそう言って見たが、帰ってきた返答は、斧による一振りだった。


 ――運よく紙一重でかわせたが、正直目では殆ど追えていない。


「道に迷っただと? なら、ソコに転がっている研究者は何だ?」


「それは……」


「別に答えずともいい、大方実験体を運んでいる最中に暴れられただけだろう。……これだから、研究者にも最低限の訓練はしておけと言ったんだ」


 後半は、ここにいない誰かへの愚痴だったんだろうが、正直今こうして目の前に武装した男が立っているだけで、足の震えが止まらないし、胃の中の物を今にも吐き出しそうだ。


「大人しく捕まるならよし、もし抵抗するなら……死ぬ覚悟をしておけ」


 そう言ってグンザークの目が細まると同時、思わず恐怖から叫びたくなった。


 思考なんて、微塵もまとまらず、考えるのはどうやって逃げるかと言うものだけ。


 今まで生きて来て、殺気に当てられる事なんて一度たりとも無かったのだから、正気でいろと言う方が無理な話だ。


 ……故に、反応が遅れた。


「そうか、応える気がないなら――死ね」


 その言葉を理解すると同時、眼前に迫る凶刃。


 残り1秒もない時間で、俺は真っ二つにされるのだろう。


 そう思いながら考えるのは、思い返すのは死んだらどうなるだとか、夢は覚めるのか……ではなく。


 ――ナナの泣き顔だった。


 途端、視界が霞んだのを感じた。


「ほぉ?」


「かはっ、はぁっ、はぁっ……」


 何が起こったのか、自分でもわからない。


 気がついた時にはグンザークの斧が振り下ろされ、俺がその凶刃をかわした後だった。


 ――体が重い、肺が張り裂けそうだ、それに……何かが焦げるような匂い?


 先ほどまでは無かった焦げ臭い匂いと、バチバチと何かが弾けるような……帯電する様な音を不快に思うが、今はなぜか生き延びられた事に感謝する。


「これは……直ぐに殺すには惜しいか」


「はぁっ、はぁっ……」


 なら見逃してくれ、そう言おうとするも、肺が暴れ回ってまともに口を開くこともできない。


 だが、何とか次の攻撃もかわして――。


「――まぁ、ここで死んだ方がお前は幸せだったかもしれんがな」


 そう言われると同時、腹部に強烈な衝撃が走り、俺はあっけなく意識を手放した。


◇◇◇


 何だか、周囲が騒がしい。


 加えて、体全体が重く、動かしにくい気がする。


 俺の体は、一体どうなってるんだ?


 そう思ってボーッとした意識の中目を開けると、白衣を着た男達が見たことも無い機械をいじり回していた。


「しかし、本当なのかねグンザーク君。こんな落ちこぼれが、術式も使わずに魔力を帯電させたなんて」


 耳に触るキンキンした声で、1人の研究者がそう言うと、周囲に比べて頭ひとつ以上大きな男がただでさえ険しい顔を歪めた。


「貴様、俺の言うことが信じられんと言うのか?」


「いや、そう言う訳では無いんだけど……ただ、魔力量や適正は他と比べて目を見張る様なものも無い”未処置”の個体だからね。せいぜい良くて何かの実験台、普段なら処分対象なんだけど」


 そんな物騒な言葉が聞こえてきて、次第に意識が浮上してくる。


 周囲には、グンザークと研究者らしき男達――見覚えのあるここは、ミヨコの回想シーンで登場した実験室だ。


 何とか逃げ出そうと体を動かそうとしてみるが、椅子に縛り付けられているのか、手や足はおろか、首も動かすこともできはしない。


「んんーっ」


 声を出そうとしてみるも、何かを咬まされているのか、出て来るのはくぐもった声だけだった。


「おや、お目覚めかい? 1076号」


 何が嬉しいのか、ニコやかな顔で俺の目を覗き込んでくる眼鏡の研究者と目が合い……背筋が冷たくなった。


「君はすごくラッキーだよ。何せ本当なら君のような劣等は、切符さえ貰えずに捨てられる運命だったのにさ、この度”切符”をもらえる様になったんだからね!」


 グンザークの殺気の籠った目も恐ろしかったが、この男の目はまた別種の――まるで人を虫けらでも見るような目をした男も恐ろしかった。


 しかも、その男の前でオレは身動き一つ出来ない状況で……正直、この後のことを考えると頭がどうかなりそうだ。


「おいアルファ。やる事が有るならさっさとしろ」


「はぁ。グンザーク君は気が短いなぁ……まぁ、僕もこんな出来損ない相手にしてるよりは、345号や1077号を相手にしてた方が有意義だしね。君たち、やっちゃって」


 眼鏡の研究者がそう指示すると、全身に防護服の様な物を着た男達が、赤黒い何かをピンセットのような物で持って、近づいて来た。


「んーっ!」


 いや、アレは見た事がある。


 エンブレの元凶とも言ってもいい、アレは……。


「さぁ、救済の時間です」


 赤黒く禍々しいソレが、羽根を模した何かである所まで見え、オレの胸もとに触れ……。


「あ@れ%tぺ@あ$あれ@あえあ#あああえq*えあ+<あああ;あぁぁぁぁあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」


 ――全身が焼ける。


 ――意識が焼かれ、脳が溶ける。


 ――存在が灰になり、魂が砕ける音が聞こえた。


 そう、オレはこの時、確かに一度死んだんだ。


――――――――――――――――――――――――

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


 本日から連載開始した本作の連載開始記念として、本日「8月15日」は3時間置きに一挙5話公開致します。


 次回の公開時間は21:25になります。


 是非ご一読頂ければと思いますので、何卒よろしくお願いします。

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