第16話「十四歳のハロー・ワールド その1」

 初めて死のうとしたのは十四歳のことだった。まぁ死んじゃいないから今こうして生きてるんだけどな。理由なんか説明するのも恥ずかしいんだけどさ……


 一言で言えば、「大人に絶望してしまった」とか……

 そんな、フワフワした理由だったよ。学校と家と塾の往復で大人の何がわかるんだろうな……って今では思うけどさ、まぁそれでも「学校と家と塾」が俺の世界の全てだったんだよな。確かにさ。


 まだ、愛に飢えて死んだ、だとか、死ぬほど頑張って作った動画が五再生しかされなかったから死んだとか、ウソップみたいな鼻で生まれたことが嫌で死んだとか……そんな素敵な訳でもあれば絵になったんだけどなぁ。俺は好きだけどよ。ウソップの鼻。大好きだよ。


 さぁ、いざ死ぬぞ!! って時さ、アンタならどうするよ?

「さらば現世!! よろしく来世!!」って意気込みながらロープとか練炭とか買ってみるか? 校舎の屋上から飛び降りでもしてみるか?


 自宅にパソコンもないからググることもできないくらいには昔のことで、でも、おばあちゃんがやってるエロガキ御用達の古本屋に置いていた『完全全自殺マニュアル』なんかの内容は古すぎて試せないくらいには最近の話な。


 俺はさ、何もできなかったんだよ。勉強だけしてきたガキが得られる知識で自殺なんかできるものじゃないよ。屋上からの飛び降り? あれはダメだよ。だって怖いもん。当たり前だよ。怖いのは嫌だよ……

 

 死ぬのって難しいな……って思ったガキが次に何をすると思う……? 答えは「家出」だ。月並みですまんね。だけど、普通が一番尊いって、流行歌ではいつも歌われているんだぜ。だから、自信持てよな。あの頃の俺。虎舞竜がついてるぜ。


 家出するには金が必要だ。金は可能性だ。極端な話、金さえあれば何処へだって行ける。金、十四歳が金を稼ぐのってどうすればいいと思う? どこにも雇って貰えないよな。せいぜい、ママやパパの肩を叩いて、百円玉をねだるのがやっとじゃないか……? それじゃいつまで経っても家出なんかできないよな……駄菓子で腹膨らませて、そこそこ幸福になっておしまいだよ。


 中学生には中学生の社会がある。一言に中学生と言っても、色々な環境の奴がいるんだ。家が金持ちで、たくさんのマネーを持ってる奴だってもちろんいる。マネー。俺は恐ろしいよ。マネーの恐ろしさを知りたいやつは「ハマショー マネー」でググるといい。


 合法的に、そいつら、お金持ちの家の子からメイクマネーする方法を考えることにしたよ、俺は。お金。どうしたら得られるんだろうな……

 俺は必死で考えたよ……模試で偏差値五十くらいの高校のB判定をもらった、平凡すぎる脳みそでさ。


 ……お金ってのはさ、多分、相手が求めているものを提供した対価として与えられるものなんだ。当たり前の話なんだけどな。会社とかで働いていると、忘れちゃうんだよな。


 男子中学生……俺は学生の頃、女子と話せなかったから、主な顧客は男子に限られる……男子中学生……それもそこそこ、ご両親に大切にされていて、自由なようで自由がない感じの……


 そんな男子中学生が求めているもの……そんなんやっぱり……


「エロ」だ。


 これは、古今東西、往古来今、そうである。そうだと決まっているんだ。アンタが大好きな、純朴そうなアイツやコイツだってそうだったんだ。残念だったな。俺だってそうだった。

 毎日毎晩、あの子はどんなシャンプーを使ってるんだろう? お母さんと共有なのかな? 頭から洗うのかな? 体から洗うのかな? 彼氏とかはいるのかな……? もう手を繋いだりしたんだろうか……? 一緒に入るお墓の見学とか行ったんだろうか……嫌だなぁ……とか。そんなことばかり考えてしまう生き物なんだ。男子中学生ってやつはさ。


 「エロ」を金にする。学校中の男子のリビドーを牛耳ってやろうという気持ちだった。そして、金をたくさん貯めて遠くまで家出をするんだ。

 どうだ? 完璧な作戦だろう?


 最初に、思いついたのは……俺が「完全自殺マニュアル」を買ったあの古本屋でエロ本を買い占めて、学校中の男子に売りつけることだった。しかし、そのためには、資本金、つまり元手となるお金が必要だ。


 手持ちは二百円しかない。ブックオフでエレファントカシマシというバンドの、七百五十円もする中古盤を買ってしまったからだ。おかげさまで、その月の昼食は、水道水が中心となり、俺は、尊敬するエレファントカシマシのボーカル・宮本のスレンダー・ボディに少しだけ近づくことができた。


 幸い、資本金の調達先には、アテがあった。俺は、学校の近くの河川敷の橋の下に、大量にエロ本が不法投棄されていることを知っていたのだ。ここから始まるんだ……俺の小さな小さな大冒険がさ……

 夏の日の、塾帰り、暗くなった、いつもの道で、俺はいつもの、ぬるい風に吹かれながら、死にたかったことなんかもとっくに忘れて、少しだけニヤつきながら、今宵の月を追いかけて帰路についた。


 ——翌朝、土曜日。


 空の大きなリュックサックを背負って自転車を走らせた。小学生の頃、親に拝み倒して買ってもらった中古のマウンテンバイクだ。息をするようにチェーンが外れるというチャーミングな個性がある。左側のハンドグリップが取れていて、中身の鉄? みたいなのが剥き出しになっているのが荒々しくてかっこいい。


「惑星ループ号」と名付けた相棒のギアを上げながら向かった、茜色に染まった河川敷で見たものは……


「もう、こんな人生嫌だ〜〜〜〜!!!!!!!」

 と叫び、橋の上からダイブした、制服姿の女の子だった。

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