DAY 89

「勇者様。近々、勇者の剣を継承して頂く為の儀式を執り行いたいと、賢者らの意向がありまして⋯⋯」

 白い衣装に身を包んだ城の警備兵は、ベレスに勇者として全うして欲しい役割を長々と説明していました。


 しかしベレスはあまり聞く耳を持たず、窓から映る景色を見つめてばかりいました。

「警備兵さん」

 ベレスが唐突に口を開きました。

「は、はい。如何されましたか、勇者様」

「怖いなら、紙にでも書いて私に寄越してくれればいい。勇者なんて肩書きが無ければ、私はただの魔族の生き残りだ」

 勇者と言えど、見た目は異形の者。身体の震えを抑えながら、警備兵は答えます。

「い、いえ、そういう訳には⋯⋯仕事ですので⋯⋯」

 そうは言われてもすぐには震えは収まりません。

 ベレスは緊張を和らげる為に語りかけました。

「警備兵さんには、大切な人はいるか?」

「は、はい⋯⋯妻がおりますが」

「⋯⋯もし旅先で怪しい賊に絡まれるような事があったら真っ先に頼ればいい。守るくらいなら出来る。勇者じゃなくても、そのくらいは⋯⋯」

「⋯⋯!! あり難きお言葉⋯⋯!」

「ひ、人は見かけによらないって奴だ。ほら、分かったなら早く戻れ、あと報告は紙にまとめて簡潔にまとめてくれ、長い」

「失礼致しました!」

 警備兵は徐々に嬉しさが籠ったような声色になっていき、最後には足取りを軽くして部屋を後にしました。

 部屋を去ったと同時、ベレスは大きくため息をつきました。

「勇者なんて、ならなくても⋯⋯でも⋯⋯」


 自分のことを考えるたびに少女の言葉が脳裏をよぎります。

 捻じ曲がった自分のまま生きるのか、勇者として生きるのか。


 ベレスがこの世界で生きるには、どちらかを選択しなければなりません。



     ✳︎


 久しぶりに日記を書く。


 白いローブの女は私に選択肢を残していった。

 何故そんなことを言ったのかと聞いてみたら、どうやら私の寿命は長くないかららしい。

 せいぜい後十三日後だってあいつは言ってた。

 余りにも短くて、余りにも実感は無い。

 いつも通り元気なのに、私は死んでしまうのだろうか。

 死にたくない。


 死にたくない。まだアンジェに箒を返していないのに。


 死にたくない。

 死にたくない。


 そう言えば、最近頭の調子がおかしい。

 知らない場所の、知らない人の記憶のような物が映るような、そんな感覚ばっかりになる事がある。


 カロンの家みたいな、機械だらけの場所だけど、全く知らないものばかり置いているように見える。

 この幻覚も寿命によるものなのだろうか、それも分からない。


 カロンはというと、城から遠ざけられているらしくて、もう会う事は難しいのだろうか。


 私も このままここで暮らすしかないのだろうか。

 勇者として、生きるのが良いのだろうか。


 勇者の剣の継承式は後日行われる。


 そこには他の大陸からも民が押し寄せて、その儀式を見に来るらしい。


 私なんて、そんな特別じゃないのに。


 どうして? 


 どうして?


 どうして?


 メアト、ガンドゥ、エミル、アミー、アンジェ、カロン。


 私、皆んなと同じになりたかったんだよ。


 強くなることで、皆んなと同じになれるって信じながら、一生懸命魔法を覚えたし、一生懸命パパの力を借りて強くなってきたよ。


 何か、間違えたかな。

 

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