勇者編

DAY 80

 我には家族が居た。

 魔王の身でありながら天使の身であった彼女に、グシオンに一目惚れをし、恐らく世界で一番の壮絶な告白をした。

 グシオンはどうしてか心良く受け入れて、天界からの追放を受け堕天した。


 グシオンと二人で居た時間はとても暖かくて、どうしようもないほどに、この世界を愛してしまった。

 

 我もこのどうしようもなく惰性に塗れた世界の一部なのだと気づいてしまったのだ。


 そんな時、一人の少女がグシオンの前へ現れ、一冊の本を渡していった。

 中身にはまさしくこの世界の未来を示す内容が書き留められており、それらは全て真実なのだと我は感じ取れた。


 そしてその内容は、決して覆ることの無い未来の事象なのだと、自身の命が朽ち果てる直前に思い知る事になる。


 グシオンには元々付き人の天使がいた。名前をアーガルミット、彼も天使であった。


 しかしグシオンの堕天と共に、彼もまた堕天の道を選び、魔王軍の元へ降った。

 それ以降、アーガルミットは我らの娘の世話係を命じた。

 娘のベレスはアーガルミットの事をよく思っては居なかったが、『仲良くなりたいんだ』と、良く我の元へ訪れてはそう言っていた。


 時は流れ続け、幸せは勇者たちの手により壊される。

 世界中の種族を束ねてやってきた彼らはまず、力の証明として我ら魔王軍が拠点としていた樹林を一瞬にして燃やし尽くし、辺りを余燼も残らぬ程の物としてみせた。


 未来からやって来た娘の為に半分の力を使った我は当然勇者になす術なく打ち倒されてしまう。しかしその未来は既に知っていた。

 だから、我とアーガルミットでグシオンとベレスを封印し、守る事に決めた。

 世界には平和が訪れる。ここまでがあの一冊に書かれた内容。


 未来の娘に賭けた時点で覚悟していた事だ。後悔などは一つも無かった。


 しかしその先はまだ、分からない。

 娘はどんな未来を選び、どんな世界を選択していくのか⋯⋯。


 だから我は、アーガルミットに「この世界を捨てろ」と言い放ち、共に戦い、世界から姿を消した。

 我の死に際の笑顔に勇者が驚愕していた事が、一番新しい記憶の残滓である。


 未来からやってきた我が娘を見た時に感じたのと同じだ。

 

 勇者ならば、絶対に立ち止まるな。

 いかなる境遇であれ、前に進み続け、世界を照らす光となれ。


 未来の娘に言えなかったこの言葉は、呪いとして"勇者"に刻んでおく事にする。


     ✳︎


 そう、これがパパの力を感じ取った事で見えた真実の記憶だと、ベレスは意識を戻しながらも振り返っていました。


 真っ白な部屋の暖かい布団に包まれながら、ベレスは目を覚まします。

 

 視界の端にはあの少女が映っていて、そこに目を向けると、少女はこちらを見つめて微笑みながら、「まだ、ママの話を知らないよね」と言いました。


 まだ完全には目覚めない意識の中でベレスは、その言葉を耳にしてから暫くして、口をゆっくり開けて言いました。

「教えて欲しい──」

 少女は頷くと姿を消して、ベレスもまた晴れるような意識を感じながら、再び眠りにつくのでした。


 そして眠りにつく瞬間、一つの剣と、小さな泉が眼前に映った気がしたのです。

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