DAY 68-2

 ベレス達はカロンの家を出ると準備の為の買い物を済ませ、そのまま船へ歩いていました。


「その丈夫な紐さえあれば、後は素材を継ぎ接ぎに、金具を中心に繋げていけば完成出来ますよ。船に乗ったら、早速作ってみましょう」

「ああ、助かる⋯⋯ん? なあ、港の所、黒い奴で一杯だな」

「はぁー⋯⋯まったく、この人達はどこまでも邪魔を⋯⋯」

 大きくため息をつき、頭を抱えるカロンの前に居たのは、黒い装束を見に纏ったアルターの警備兵でした。

 何十もの警備兵は港を囲むように並び立っていて、ベレス達が通る隙など微塵も感じさせません。

「何してるんだ? 皆んなの邪魔だろ」

「目的はワタシ⋯⋯ですよね、父さん!」

 カロンは警備兵に向けて声を張り上げました。

「父さん?」

「一人だけ仮面を付けているでしょう、あの人がワタシの父さんです」

 仮面を付けたカロンの父は堂々と警備兵の中から歩き始め、やがて先頭へと立つと、ゆっくりと口を開き始めました。

「カロン⋯⋯何故魔族の肩入れをする? そいつは世界の危険分子、世界中を回られるよりもこうして今、アルターで排除してしまうのが一番安全なのだ。船に乗せる訳にはいかない。離れるのだ」

 威厳ある父の声が仮面の男から放たれる度、カロンは眉間にしわを寄せながら怒りを露わにしていきました。

「久しぶりの娘に言う言葉がそれかっ⋯⋯!! ワタシのせいで母さんを亡くした時からアンタは何も変わっていないなっ!! 危険だと判断した物から、どうせそうやって隠してきたんだろう!」

「お前を国から隔離したのは、お前の時間を作る為だった。それにお前と魔族では話が違う! コイツは生きていては駄目なのだ! 世界の毒は一刻も早く取り除かねばならない!」

「世界の毒なんかじゃない!! ベレスさんは⋯⋯」

 お互いの感情をぶつけ合う事でしか測れない物もあるのかと、ベレスはカロンを後ろで見ながらそう考えていました。

 カロンは言葉を止めて静かにベレスに振り返ると、その言葉の続きを言いました。

「ワタシの⋯⋯大事な友達です。友達という地位に種族の壁など関係しない。たとえ友達が魔族であっても同じ事だから。だから、ワタシは⋯⋯友達のお願いには最後まで付き合うとそう決めたんです。心がそう判断したんですよ」

「友達⋯⋯」

 ベレスに対して笑顔を見せながら、ゴーグルからポロリと、一粒の涙が頬を伝っていました。

「ワタシは小さい頃から機械を友達と思っていましたが、それは違ったんです。機械は⋯⋯貴方に出会うまでの道しるべだと、貴方と触れ合う中で、話していく中で、気付かされた」

「やめろカロン、そんな感情は捨てろ!! その魔族に近寄ってはならぬ!」

「⋯⋯カロンの父さんは、そう言ってるぞ。私は構わない。ここで足止めを食らっても、カロンだけは──」

 カロンはベレスを抱きしめました。

 それ以上は言わなくても良いと、想いを止めるように。

 または、カロンの決意を示す為に。

「大丈夫、貴方はワタシが守ります。だからこのまま、警備兵を突破しましょう」

「⋯⋯本当に良いのか? 多分、追われる身になるぞ」

「引き篭もるよりも、スリルがあって楽しそうじゃないですか⋯⋯」

 二人は横並びに立ち、決意の表情を浮かべながら、警備兵達を眺めました。

「全員、いけそう?」

「ワタシの魔法だと活動限界があるので、ここでは使いたくありませんねぇ。ここで一番効果的なのは⋯⋯父さん!」

 カロンはいつもの調子で父親を呼びました。

「もうやるしかない⋯⋯と言う事か⋯⋯いいや、元々お前の家ごと、魔族を叩き潰す計画だったのだから⋯⋯同じことか⋯⋯」

「あはー、やっぱりそういう事でしたか。連日家に警備兵が来ていたのは、ワタシを外へ誘き出してベレスさんを一人にする為、ですよねぇ」

「⋯⋯!? 気付いていたのか、カロン」

「結構酷い本性してるな、カロンのパパ」

「そうでしょうそうでしょう、だから好かないんですよね、ワタシの父さんは。顔も見せない種族ですから尚更。ワタシの反抗期は絶頂を迎えたまま下がる事を知りません」

「全員で、娘共々捉えるのだ⋯⋯そして、ここで排除する!」

 警備兵達は一斉に構えを取って、ベレス達の方へ近づいてきました。

「よし、では見てて下さいベレスさん、ワタシの発明をっ」

 しかしそれを合図として、カロンはセルビアの町で見せた時と同じように、服の内側から薬瓶を取り出し、今度はそれを床に向けて思い切り投げつけました。


 すると薬瓶が割れた箇所からたちまち赤い煙が立ち上り、アルターの港を一瞬で覆いました。

「ぬう、目眩しか。そんな物は効かぬぞ! 警備兵、風だ!」

 カロンの父親の言葉に、一部の警備兵が前に出ると、自衛用の風魔法を手のひらから放ち、煙を晴らさせようと動きました。


 しかしその動作を確認したカロンはニヤリと口角を上げ、不敵に微笑みました。

「良いですねぇ、現状貴方達の出来る最善手でしょう。ほらほらもっと、煙を排除しなさ〜い!」

「この間に逃げなくて良いのか?」

「逃げては駄目なのですよベレスさん⋯⋯ここからが、ワタシの独壇場ですよ」

 赤い煙はすぐに晴れて、警備兵達はベレス達の姿を視認出来ました。

 しかしそれと同時、カロンは不敵に笑ったまま次なる一手を仕掛けました。

「こんな子供騙しで、我らアルター警備兵をだし抜けると思うたか!」

「勿論、思うたとも父さん。この煙を排除するなら、風魔法を使うと予知してたんだ⋯⋯」

「なに⋯⋯!?」

「風魔法に当てられた煙はワタシの身体へ収束し⋯⋯」

 カロンは空へ両手を掲げると、霧散したはずの赤い煙がカロン目掛けて身体の中へ収束し始めました。

「何か始める気だ! その前に抑えつけろ!」

 カロンの父親の指示で、警備兵は一斉に襲いかかってきました。

「遅いです。さあベレスさん、ワタシの手に捕まって」

「なにするんだ?」

「⋯⋯魔法ですとも」

 警備兵達は大型の盾を展開して、カロン達を押しつぶす形で包囲しました。

 が、その勢いは無を叩くように、煙に触れるように、カロン達は煙と化して消えていました。

「よし、そのまま確保して⋯⋯なにっ!?」

 暫くしてようやく消えた事に気付いた警備兵達。

 どこを見渡してもベレス達の姿は港にはありません。

 そして、船は汽笛の音を五回鳴らして、出港を開始しました。

 慌てふためく警備兵達、それもその筈です。

 船に乗っているのはわずか二人だけ、ベレス達なのですから。

「光魔法、やっぱり便利ですねぇ」

「こんな使い方もアリなんだなー」

 余裕のある表情で、二人はアルターを旅立ちました。

 アルター警備兵は追うことも出来ず、ただ立ち尽くす事しか出来ませんでした、攻撃に扱う為の魔法を備えていなかったからです。


 カロンはアルターの方を振り返り、コソッと一言呟いて、再び前を向くのでした。


「世界に囚われてしまった、哀れな国ですよ、本当に⋯⋯本当に」

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